ep7.すりおろし林檎のヨーグルト①
スマホが振動してメッセージの新着を告げる。開いてみると高森からだった。もっとも家族以外で僕にメッセージを送ってくるような相手は高森しかいないのだから、開く前からわかっていたようなものだ。
僕は朝起きて身支度をすませてから絶賛朝食を食べている最中で、つまり家のなかにいるのだから家族であれば直接話せばすむ話だった。
父親は今しも家を出る直前で、母親は家事をすませるためにばたばたと忙しそうに家のなかを動きまわっていた。風呂場の掃除を終えたようで、濡れた手をタオルで拭きながら洗面所から出てくる。それから自分の身支度を整えるためにまたばたばたと二階へ上がっていった。
朝の時間は忙しない。
シンクには朝食を終えたあとの食器が重なって置かれていた。食器の後片づけは僕の担当なのだ。ただ僕が家を出るまでにはまだ余裕があった。そのため、慌ただしく家のなかを動きまわる両親を尻目に悠然と朝食を食べていた。
高森からのメッセージを読む。
内容は、熱が出たので今日は学校を休むというものだった。いつも必ずといっていいほど送ってくるスタンプもなく、文章も簡素だった。体調が悪くてそんな気力もないのかもしれない。昨日の放課後僕の家に来たときには特に具合が悪そうには見えなかったが、別れたあとに体調を崩したのだろうか。急に悪寒が走ることもあるだろう。
僕は左手にマーマレードジャムを塗ったトーストを持ち、ジャムがこぼれないように気をつけてひと口ずつ囓りながら、右手を使って「お大事に」とだけ返信した。スタンプはほぼ送らない。そのうちめぼしいやつを購入しようと思いつつ、まだ微妙なキャラクターの無料スタンプしか持っていないのだ。高森の使うスタンプに比べて見劣りする気がして、何となく送るのを控えているうちにどんどん送る機会がなくなっていった。
高森への返信をすませるとスマホを脇に置いて、僕はゆっくりとコーヒーを堪能した。
「それじゃあ行ってくるから、あとよろしくね、真咲」
ばたばたと階段を降りてきた母親にそう声をかけられて、僕はマグカップを手に持ったまま軽く頷く。ひらひらと僕に手を振って母親は出勤していった。ばたん、と大きな音を立てて玄関が閉まる。両親が出払って、急に家のなかが静かになった。
それから僕はトーストを平らげ、コーヒーを飲み干した。皿を下げて、シンクに溜まっていたほかの皿と一緒に洗い物をすませる。ふきんで拭いて食器棚に片づけ、使い終わったふきんも洗って干す。後片づけ終了だ。
忘れ物がないことを確かめてから、僕は通学鞄を持って家を出た。玄関にきちんと鍵をかけることも忘れない。
今日も天気はよさそうだ。陽射しが少し眩しく、目を細める。空を見上げながら、高森は律儀だな、などと考える。もしも僕が突然の体調不良で学校を休んだとしても、たぶん高森に連絡はしない。自分の体調のことで精一杯で、連絡しようとすら思い至らないかもしれない。
それにわざわざ連絡をしてくるようなことでもないんじゃないかと、そのときはそんなふうに思ったのだ。
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