ep6.抹茶とアイス①
スイーツが並べられた一角に立ち、陳列された商品を眺めながら僕は先ほどからずっと悩んでいた。抹茶のシフォンケーキと宇治抹茶どら焼き、どちらを買うべきだろうか。実に悩ましい問題だ。
放課後、僕の家に向かっている途中で、コンビニに寄っていいかと高森が切りだしたのだった。
「シャーペンの芯を買いたいんだけど」
今日の授業中に最後の一本を使い果たし、それから予備がないことに気がついたらしい。
あとでもかまわないが、できるなら忘れないうちに買ってしまいたいのだという。コンビニは帰路に何軒かあるので、ついでだと思えば手間でもないしべつだん断る理由もない。
「別にいいけど」
僕は承諾し、そのときいちばん手近にあったコンビニに入った。高森が話を切りだしたちょうどおりよく、コンビニが見えてきたところだったのだ。まあ、高森もコンビニの看板を見てシャーペンの芯を買わなければいけなかったことを思いだしたのだろう。
自動ドアが開き、ピロンピロンとよく馴染みのある音楽が流れてくる。それに被せるように、店員のいらっしゃいませー、という溌剌とした声が上がった。レジにいるのは恰幅のいい女性だった。
高森はまっすぐに文房具の置かれたコーナーへと歩いていった。僕はその後ろ姿を見送って、高森とは別の方向に歩く。何も買うところまでぴったりついていく必要もないだろう。高森が用事をすませるまでのあいだ、少し店内をぶらつくことにした。
ただ僕は特に買うものはない。シャーペンの芯はまだストックがある。消しゴムもあるし、ノートもある。ほかに切れそうな筆記用具も思い当たらない。
そもそも僕は自分の持ち物の状態は常に把握しているので、ストックを切らしたことはないのだ。予備の残りが少なくなってくると落ち着かなくなるたちだった。
雑誌棚から週刊の漫画雑誌を手に取り、ぱらぱらとめくって読んだ。ひととおり目当てのものを読み終えてしまうと、今度はスイーツの並んだコーナーへと向かった。何か新作が出ているかもしれないと思いついたのだ。
そこで抹茶のシフォンケーキと宇治抹茶どら焼きを見つけたのだった。今の時期はちょうど抹茶を使ったスイーツが展開されているところだった。抹茶は好きだ。
「何かお菓子買うの?」
そのとき背後からいきなり声をかけられて、僕は驚いて思いきりびくりと肩を震わせた。高森はそれを見て、ごめん、と小さく謝った。僕が睨みつけるともう一度、え、ごめん、と言う。
もうとっくにレジをすませたものだとばかり思っていたのに、手にはまだ会計前のシャーペンの芯を持ったままだった。目当てのものがあったのに、レジにも行かずに何をちんたらしているんだ。
「……急に話しかけてくるなよ。しかも背後から」
「すごく真剣そうだったから、何してるのか気になって」
「真剣にお菓子選んでて悪いかよ」
「別に悪いとは言ってないだろ。……それで、お菓子買うの?」
「買うけど。あとで食べようと思って見てたからな」
「へえ。じゃあおれも買おうかな」
あとでというのが具体的にいつであるのかには言及していないのに、高森はもう僕と一緒に食べる気でいるらしい。あとで、は勉強の合間のつもりでいたので間違ってはいないのだが、何となく面白くない。
「高森は、何でまだ会計すませてないんだよ。シャーペンの芯はあったんだろう」
そう言って高森の手元を指差す。
「あったけど、ほかにも何か買うものがあるかもしれないと思っていろいろ見てたんだ。今、抹茶のフェアをやってるんだな。抹茶は好きだな」
意識はもう完全にスイーツに向いている。コーナーには抹茶特集のポップも掲げられていた。高森はそれを見て、どんな商品があるのかを確かめている。シフォンケーキやどら焼きのほかに、ミニパフェやババロアなどもあった。たくさんあって目移りしちゃうな、と笑って僕に言う。
それから僕が両手に持っているシフォンケーキとどら焼きに視線を向けた。
「織部はそれ、どっちにするか迷ってんの?」
「別に、もう決めた」
僕はそう言って手に持っていたシフォンケーキをさっと棚に戻した。高森を置いて、宇治抹茶どら焼きを持ってレジに向かう。高森は少し慌てた様子で、おれも選ぶからちょっと待ってて、と僕の背中に声をかけてくる。僕はそれには返事をしなかった。
レジは空いていた。お客は僕たち以外にも数人いたが、まだ弁当などを選んでいる様子なのでしばらくかかるだろう。レジの恰幅のいい女性と目が合い、僕は女性の立つレジに向かった。持っていた宇治抹茶どら焼きをレジの台の上に置く。レジ袋の有無を訊ねられていらないと答えた。財布から小銭を出して代金を払うと、購入した宇治抹茶どら焼きを通学鞄に放り込む。
それから雑誌棚に戻ると、今度は先ほどとは別の漫画雑誌を手に取った。ぱらぱらとめくる。あまり読んでいない雑誌のため知っている漫画が少ない。僕は巻末の作者コメントが掲載されたページを参考に、興味のありそうなものを選んで読んだ。
ちらりとレジの様子を窺ったが、今会計をしているのは弁当を選び終えたらしいサラリーマン風の男性で、高森はまだのようだ。
二冊目の漫画雑誌もあらかた読み終えた僕は、最後には週刊誌の下世話なゴシップ記事などを読んでいた。某清純派女優と人気絶頂の若手俳優の密会現場を激写した何とかかんとか。煽り文句と一緒に、信憑性があるのかないのかわからない画像の粗い写真が載っていた。とてもどうでもいい。
「お待たせ、織部」
やがてようやく高森が会計を終えて、僕に声をかけてくる。シャーペンの芯を買うために少し寄るだけだったはずが、予想外にずいぶんと長いことコンビニにとどまることになってしまった。
高森に返事をして下世話なゴシップ記事の載った週刊誌を棚に戻しながら、こいつふだんの買い物とかも遅いんだろうな、と思う。
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