転校したら家族を好きになってしまった
丹頂
第1話 序盤は負けイベント
突然だが俺は今、この14年間を生きてきて1番緊張している。なぜかって?ラノベとかアニメとかが好きなそこのお前らだったら大好きな展開だ。そう、転校イベントだ。
廊下は冷たい空気が流れるなか、淡々と、それでも噛まないようにロボットじみた発声をする日直の声。そして子犬のように震える俺。寒いのも相まって今にも吐きそうだ。
「次は先生からです」
日直が言ったのが聞こえた。
「来る。自己紹介イベントだ」
イベントはイベントでも会場は処刑場と言ったところか。あの状況は何を言っても正解はない。だが失敗はある。そんな負けイベントを俺は今から行う。初見クリアは不可能か、なんて緊張しすぎてバグっている俺に、ドア越しで先生が呼ぶ声が聞こえた。
ドアの向こうはザワザワとしていて女子も男子もウハウハなのだろう。
「俺はオエオエだけどな」
まああまり時間をかけて期待をさせるのも嫌なので勇気を決しては教室に入る。先程までのざわざわとした雰囲気が俺のドアを開ける音によって一瞬で静まりかえり、レーザーポインターのように集中する視線。一旦ドアを閉めることで背中を向けて落ち着く。
「マジか」
その一言が俺の背中を貫いた。男の声だった。誰とか特定するつもりはない。それにただ女子の転校生じゃなくて悪気がなく言った発言だっただろう。だが今の精神状態ではダメだったらしい。
「すみません」
震えながらそう発言していた。自分でも謝る必要のない事だとわかっている。だがもう顔と顔を向けることは出来なかった。怖かった。
「一旦落ち着こうか」
先生の声が聞こえた。冷たい空気が流れる廊下にまた戻ってきた。だけど教室よりは空気が吸えた気がした。
「大丈夫?自己紹介だけでもできそう?」
先生の優しい発言は俺にコンテニューを促す。負けイベをまたやるのか。怖くて仕方がなかった。そんな中カツカツと何かが迫ってくる音さえする。
「タイムリミットもあんのかよ」
と、心の中で嘆いた矢先。音が止まった。それと同時に静かな廊下に荒い息遣いが聞こえる。
「頑張れ!」
その声の先を見ると、俺より少し小さい、おそらく160cmほどの女性が胸を大きくはりながら、両腕を腰に当て、女性らしい細身の足を肩幅程に開いて体を少し揺らしていた。彼女の奥からは日が差し、長髪の中から少し目立つアホ毛が光に照らされ茶色く輝いていた。
「はい」
いつの間にかそう返事していた。彼女はそれを聞くや否やニカッと絵に描いたような笑顔で、大きくもなく、小さくもない純粋な目を長いまつ毛で隠れさせた。
「じゃあ行ってみようか」
先生の女性特有の細い柔らかい指が背中を押した。先程まではその指は針のように感じていたのに。
教室に入ればレーザーポインターが当たる。だが今は1回死んだあとの無敵時間だ。
「鈴木 鷹斗です。よろしくお願いします」。
送られた拍手はステージクリアを示していた。
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