奏と休日と その3
軽く頬を赤らめながら、無事に帰宅。
冷蔵庫に食品類を詰め込むだけ詰めたら、外出気分が冷めないうちに、近所の TUTAYA へ足を延ばす。
僕と一緒にDVDを手に取り、あれやこれやと映画談義をしながら、小一時間ほど過ごすのが大好きな奏。
今日のこの表情は、男女の関係を描くキュンキュンするような、でもクスクス笑えるラブコメ系を物色したい気分のようだ。
しかしお店に到着するや否や、レジ係の人が若いお兄ちゃんであることに気付いてしまった。
奏の表情に、ちびまる子ちゃんでよく見かける「ガーン線」が浮かび上がる。
せっかくの休日。私のルーティーンに二度までも高くそびえ立つ壁があっていいものなのか?
スポーティーなイケメン風お兄ちゃん。ダメだ、ピアスが沢山ある。唇にもしてる。
怖い・・・どうしよう。
素敵な作品に胸がときめき手に取っても、涙をぬぐって立ち去らなければいけなくなるぞ。
いつもの眼鏡のおじさんはいないのか・・・
鼻の穴を大きく広げ、怒りと憎しみの鼻息を解き放つ。その間も、店頭の自動扉は開いたままになっていた。
西部劇で使用される音楽が流れてきそうだった。もちろんカメラポジションは、足元を後ろから。
格好いい無精髭を蓄え、葉巻を咥えた賞金稼ぎの視線の先。奥の通路。そこを横切る女性店員さん。
返却された DVD を陳列してるお姉さんだ!
おぉぉ! ナイスだお姉さん! 私はあなたがレジに立つのを待つよ!
レジ前を小走り気味に無事通過した奏。先程までのクリント・イーストウッドは、見る影もない。
新作コーナーの前で『うぉぉぉ』と心の中で小さく叫び、グランドキャニオンを目の当たりにしたような表情で立ち止まる。
劇場公開されてからずっと気になっていたタイトルが、余裕の在庫数でズラリと並んでいた。
だが、新作は宅配レンタルで借りるというマイシステム。新作だというのに返却期間など気にせず、好きな時に好きなだけ何度も視聴ができるんだよ。凄くない?
とは言うものの、しっかりと裏表紙の説明書きを読み、大事そうにそっと棚に戻す。
一通り周回して満足し終えた奏は、本日の収穫を大事そうに胸に抱えていた。
むむっ! お姉さんはどこに行ったのだ?
お姉さんを探す・・・
まだ陳列している。そしてレジには未だお兄ちゃんただ一人。この状況。仕方なくそのまま店内を徘徊すること数分が経過。
レジをチラチラ確認しながら、見たくもないホラー作品の前とアダルトコーナーの暖簾前を『キャッ』と嬉しそうに何度も横切る。だがその間も、お姉さんがレジに立ってくれそうな気配は一向になかった。
何度か、お兄ちゃんともお姉さんとも目が合ってしまったし、
「あの女の子、怪しくないっすか?」
「ねっ、なんか怪しいよね・・・」
いよいよ、二人が交わしてもいない会話を勝手に想像して、居ても立っても居られなくなった。
むぅ・・・
意を決して勝負に出るか。
少しだけキリリと男らしくなった表情。
ポンチョ姿の後ろ姿。拍車が音を立てながら一歩また一歩とレジへと足を進める。
目線が下向き加減なのは仕方ない。
「何泊されますか?」
『いっひゅうかんで・・・』
「一週間ですね」
『はいっ!』
肩には力が入っていたし、無駄に元気よく返事もしてしまった。挙句の果てに噛んでしまうとは恥ずかし過ぎる。
きっと心の中で笑われてる。私が店を出てった後に笑うんだよチクショー。
顔がリンゴみたいに赤くなっていることを、鏡で確認しなくても分かるほど、体中が熱く火照っていた。
しかし、本日の私は一味違うぞ!
「ありがとうございましたー」
お兄ちゃんの声が響くレジを後にして、自動扉を出た奏。
むふーーー!
渾身の鼻息を吹き出す。
どうだ今の私の背中は!
静かに、だが確実に、コルト・シングルアクション・アーミーが、火を噴いていた。
勝ったぞっ!
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