奏とホールケーキと その3

 夢を追って走り続け、10年近く花が咲かなければ芽も出てこない。奏は、そんな僕でも包み隠さず胸を張って、周囲に嬉しそうに自慢するそうだ。

 世間一般論から言えば、誰しもが彼女から僕の話を聞くと「そんな奴と早く別れろ」と口にするんじゃないだろうか。僕が第三者の立場だったら、きっと奏にそう言っているに違いない。

 30歳を過ぎて、年間250万を超えるか超えないかの稼ぎしかない1K暮らし。夢はあるものの、ほんの一握りしか将来を約束されないし、約束されても安定するとは限らない。

 誰よりも僕自身が、自分の置かれている状況をよく理解しているつもりなので、そんなきつい言葉が返ってくることも容易に想像している。

 奏だけが知っている『僕』は、目指しているものがあるからこそ、コツコツと修練を繰り返しているそんな奴だ。

 そう、誰も知らない誰も見ていないところで我ながら本当にコツコツやっている。役者とは、そういう生き物だ。だが、まだまだ自分への甘さがよく目立つ。その甘さが、この10年近い闇を構築してきたという事実を、奏も気付いているだろう。ホールケーキ誓約に甘んじて、毎年結果を残せないでいる現状がいい証拠だ・・・

 長い沈黙を破り、

『一年間、様子を見たい』

 奏はそう言うとスッと立ち上がり、部屋着のズボンだけをサッと履き替えてしまった。

 そして、それ以上は何も言わず笑顔で僕の手を取り、コンビニへと連れ出した。

『甘いもので私を満たしてくれたまえよ』

 僕の尻に火を付けたかったのだろうか? それとも外部からの入れ知恵だろうか? 様々な考えが頭をよぎったが、全ての根源は僕にある。

 わかってる・・・

 わかってるよ・・・

 そう、しっかりしなきゃ・・・



 あれから数ヶ月の月日が経ち、まるで何事もなかったかのように充実した毎日を過ごしている二人。

 大事に抱えて帰ってきたケーキを一口頬張っては、幸せな表情を見せる奏。次の一口は、なるべく沢山食べさせてあげたいと、遠慮をしている僕の口へ運んでくる。

「その人、絶対に離しちゃダメだよ」

 そう周囲から言われるようになり、ちょっとお高めのコンビニスイーツとスナック菓子を引っ提げ『むふぅ』と鼻の穴を膨らませて帰ってくる。そんな幸せそうな奏の顔を想像すると「友人関係になる」だなんて選択肢を選ばせるわけにはいかない。

 結婚という人生においての一大イベントを待ってくれている奏は、僕を大好きでいてくれている。

 優先順位を付けると、家族、姪っ子や甥っ子、ペットの猫、友人に次いで、僕は常に5番目くらいなところが不満ではあるけれど、今も隣で『このケーキは当たりだよぅ!』と満面の笑みで、幸せを分け与えてくれる僕の世界一大切な女性。

 大月 奏。

 彼女には、愛してます以上の何か大切な言葉を贈りたい。きっと言葉では表現しきれない素敵な時間を贈りたい。

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