第6.5話 大和撫子の見せるギャップに癒される的なお話 そのに


「きゃああっ!!」


 一瞬、金の亡者の店長の悲鳴かと思ったがそれにしては若すぎる声だった。

 夜永さんの叫びだと判った瞬間には、夜永さんの胸が視界いっぱいに広がっていた。


 夜永さんが飛び上がりながら俺に抱きついてきたのだった。

 顔がたわわな夜永さんの胸に埋もれる。


「ダメ! ダメなんだ! うちぃ! 虫ぃっ!」


 夜永さんは泣きながら足を俺の後ろの腰あたりでクロスさせ

 頭に両手でしがみつき

 俺にぶらさがっている。


 さすがにいきなり飛びつかれて腰がイキそうになったが、そこはふんばって支えた。


「いって! いって! お願いっ!」


 夜永さんは俺に胸を押し付け

 切ない涙ながらの表情で

 俺を縛っている自分の足腰ごと俺を揺らす


 再度繰り返すがR18的な光景ではなく

 夜永さんはゴキブリに対して言っているだけだ。


 初めて部室に行った時、バッタが部室に侵入した時はこんなに怖がってなかった気がするが……どうやらあの時は太陽が素早くキャッチ&リバースをしてバッタはすぐに外に逃げたから平気だったらしい。


「まあまあ大丈夫よ、夜永ちゃん。外だから直ぐにどっか行っちゃうから。しっしっ」


 店長は平気なようで足でゴキブリを追い払うような仕草をする。


バサバサバサッ


 するとゴキブリは羽根を広げて飛び

 夜永さんの肩に止まった。


「~~~~~~っ!!」


 夜永さんは声にならない声をあげ


ドゴォッ!


「へぶっ!」


 渾身の右裏拳で店長を吹き飛ばした。


 店長は再び店の中に空中で回転しながら舞い戻り

 カップラーメンの棚に激突した。


ドサササッ……


 衝撃でカップラーメンは崩れ、店長に降り注いだ。


「よ……夜永さん、大丈夫です、ゴキブリは飛んでいきましたよ」


 裏拳を放った際に逃げていったようだ。

 ハッとしすぐに夜永さんは俺から降りる。


「す……すまぬな、見苦しい姿を見せた」


 夜永さんは頬をあからめ、バツの悪そうに俺から目線を外し照れていた。

 その勇ましい普段からのギャップにほっこりしたいところだが店長の安否が気にかかった。


 店の中に二人で入り、カップラーメンの山に駆け寄る。


「す……すまん、大丈夫か店長」


 カップラーメンの間から顔を出した店長が言った。


「だっ……だいじょーぶよお金様……お金をください……」


 欲望を隠す事なくありのままの姿を晒しながら

 店長は気絶した

 色々な意味で今世界で一番哀れな生き物だった。


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 店長を奥の部屋に運び布団に寝かせ介抱した俺達はもう完全に遅刻だったので開き直り、店の中で少しゆっくりする。


「済まない……またお主を迷惑に巻き込んだな……」


 落ち込む夜永さん、俺は別に気にしてないのでフォローする。


「大丈夫ですよ、夜永さんの可愛い姿を見れたのでチャラです」


 顔を赤らめる夜永さん。


「か、からかうんじゃない!」


 恥ずかしがりながら夜永さんは続ける。


「ダ……ダメなのだ! 普段は平静を装い落ちついているように見せてはおるが……うち……うちは実は恐がりなのだ……虫だけではない……幽霊も血も絶叫系の乗り物も高い所も暗い所も全てダメなのだ……」


 どうやら普段の凛とした佇まいは、それを隠すための装いだったというわけらしい。

 別に怖がりなのがダメとは思わないが。


「この事は……主とうちの秘密にしてほしい……」


 懇願するように涙目で上目遣いをするその姿はまるでどこにでもいる、ただの美少女だった。


「勿論、誰にも言わないですよ」


 その言葉に安堵したのか可愛い大和撫子はほっと胸を撫でおろす。


「さ……さて! 主には迷惑をかけたしな! この店にあるもので必要な物があれば持っていくがよい!」


 まるで照れを隠すように大きな声で夜永さんは言う。


「そんな……別に構いませんよ」

「それではうちの気が済まん! 遅刻までさせているからな、詫びとして受け取ってくれ。そんなに値の張る物もないからな」


 まぁ、コンビニみたいなものだし確かに高価なものはないだろう。

 金も払わずに持っていくのは泥棒だが授業料として払っている分から差し引いておく、うちの驕(おご)りだと夜永さんは言って聞かない。

 それならと適当に飲み物や菓子パンから選ぼうとしていたら


タッタッタッタッタッタッ……


 夜永さんが奥から何か持って現れた。


 豚足だった。


「これなどどうだ? コラーゲンたっぷりの豚足……豚足!? うわぁぁぁぁぁあっ! 豚の足こわいぃぃぃぃぃ!!」


バキィッ!!


 自分で持ってきておいて自分で怖がり

 渾身の右ストレートを俺に放った夜永さん。

 気絶間際に俺は思った

 きっと怖がりを隠し通すのは不可能だろう


 だって

 自由部の部員そのものが

 恐怖の集合体なのだから


 【黒檀夜永】ーー錯乱怖がり暴力系変態大和撫子も、俺にとっては恐怖の一員だった。
















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