〈エピローグ〉そして開かれる 新たな扉



サアアァァァァァッ……


「……ん」


 静かな、心地よい風が木々を通り抜ける音で目を覚ます。

 目に飛び込んできたのは森に開いた空を見渡せる小さな木々の隙間、そこからはたまにどこから飛んできたのか桜の花びらが舞う

 晴れ渡る空、どこまでも続く青。


「気がついた?」


 その下には深い青、風に舞う深海の青髪。

 二つの弾む大きな山の向こうから顔を覗かせたのは

 後光差す、穏やかな女神のような優しい顔


「……れいんさん」


 俺は雨さんの膝の上に頭を乗せ横たわっていた。


 森の中、ここからだけははっきりと空が見える。

 形容するならばまるでここだけが天国へと通じる光の道

 そんな風に見てとれた。


「ごめんね、ビックリしたでしょ?」


 雨さんは穏やかに話す

 二つの山を除けば触れ合いそうなくらい近くに、桜の花を纏う女神の顔がそこにあった。


「私もね、初めはビックリしたなぁ」


 空を見上げ、雨さんは続ける。


「私ね、物覚えとかそういうの悪くて……勉強もあまりできないんだ」


 そんな風には……一見すれば見えない、どちらかというと優等生に見える。

 ただ、少しだけ雨さんを知ってしまった俺にはそんなフォローの言葉をかけられなかった。


「だからね、毎日つまらなかった。だって何やっても人並みにできなかったから」


 俺ははっとする。

 理由は違えど俺と同じだっただから

 毎日がつまらなかった


「毎日荒れてたんだよ、学校にも馴染めなかった」


 雨さんは悲しそうに語る。

 後光が差しているせいか、二つの意味で顔に影がさす。


「でもね、雪ちゃんと夜ちゃんに誘われて部活に入って……毎日が楽しくなったんだ」


 楽しい……楽しいのか、これは。


「二人はね、リアじゅうを目指すためにこの部を創ったんだって」


 リア充……一学年しか違わないのに時代を感じる。

 今は陽キャと言ったりするんじゃなかったか。

 まぁ呼び方なんてどうでもいい。


 俺は黙って雨さんの話に聞き入る。


「だからね、リアルをじゆうに生きるんだって」


 自由過ぎるような気がするが。


 (ん? リア充……リアじゆう……?)


 もしかして漢字を勘違いしているのだろうか。


「あの……リア充のじゅうは充実しているのじゅうで自由って事ではないんじゃ……」

「一緒だよ」


 雨さんは言い切る。


「だって充実してる人は皆、自由に生きてるもん。自由に生きてない人が毎日充実してるなんて言わないでしょ? だからリア充は自由なんだよ」


 微妙に確信を突くような事をれいんさんは言った。


 (自由に生きれば充実する……か)


 雨さんは何かを思い出すかのように、少しずつ言葉を紡いだ。


「二人はね、それを教えてくれた、だからね、私も出来ない事を気にしないで何も隠さないで自由に生きてみたの」


「そしたらね、毎日楽しいんだ」


「だって何でも気にせずできるから……それからかな、まだ人並みにはできないけど……少しずつできる事も増えてきたんだよ」


 日が隙間から差し、れいんさんの顔から徐々に影が消える。


「それで気付いたんだ、毎日をつまらなくしてたのは私自身だったんだって」


 その言葉は、俺に向けられた言葉だった。

 俺は、雨さんの過去の姿だった。


「響木くんもね、さっきは少ししか話せなかったけど……何か昔の私と同じ感じがしたんだ。でもね、ここに来て皆と話して何か色々と感じる事ができたと思うんだ」


 色々どころではなかったが。


 確かに俺はここに来てから……きっとこうなんだろうと決めつけた事をことごとく外していた

 皆自由で、想像の斜め上に吹き飛んでいったから。

 あんなの予測できるわけがない


 そして俺は気付く。


 そうか     


 これが


 俺の知らない、知らなかった



        『自由』か



「上手く説明できないけどね、ここはそういう部活なんだよきっと。だからね、もし響木くんが今ここで何かを感じてくれたなら……いつでも来てほしいな、そうしたら嬉しいよ」


 れいんさんは小さく声を出し笑う。


 れいんさんは

 いや

 きっと皆、普通なんだ。

 普通に自由を求めて普通に生きたい。

 皆、ただそれを求めただけの人達だったんだ。


「ごめんね、私バカだから上手く説明できないや」


 もう俺の心は決まっていた。


 何故なら今の俺もきっと不自由だから

 俺も自由になりたいから


「自由部」

「……え?」


 突然言葉を発した俺に、れいんさんは目を見開く。


「自由を求める人の、リア自由を目指す『自由部』なんてどうですか? 部活の名前」


 俺は下かられいんさんの目を見据えて言う。


「当面の活動はそれぞれのやりたい事を皆で探す……顧問も必要ですね。理解ある教師を探しましょう」

「響木くん……入ってくれるの?」

「ええ、是非。入部させてください」


 雨さんは今までの優しい微笑みと違い、辺り一面に光が射すようなとびきりの笑顔で俺に笑いかけた。


「やったぁ、これでやっと正式な部活だね! これからよろしくね響木くん! ねえねえまずは何しようか? 皆で歓迎会やろっか!」


 満天な笑みではしゃぐ雨さん。

 落ち着いた、清楚なイメージから一転する。

 きっと元来は太陽に負けないくらい明るい人なのだろう。


「俺も……こうなれるのかな」


 いや、そうするのは自分自身だ。

 きっと大丈夫だろう


 だって俺達は自由に生きていくんだから



「あっ」


 はしゃいでいたれいんさんが突然うつむく


「……? どうかしましたか?」


 膝枕をしてもらっているのでうつむいた雨さんの顔は唇が触れあいそうな程に近づいていた。

 青い髪が鼻をくすぐる、とてもいい香りがする。


「来ちゃった」


 来ちゃった?

 誰が?

 誰かか側にいるのだろうか?

 しかし、雨さんの顔が目の前にあるので起き上がって確認する事ができない


「はぁっ……はぁっ」


 雨さんは汗をかき苦しそうにしている。

 漏れる吐息からは甘い匂い

 苦しそうにしている雨さんには悪いが

 少し鼓動が高鳴る。

 端から見れば恋人達の情事にも見えてしまいかねないような体勢。


「んっ……はぁっ……」


 雨さんがようやく顔を上げる

 そのまま天を仰ぎ何かを我慢するかのように苦しそうにしている。

 その隙に俺は起き上がり、雨さんを気遣う。


「あの……大丈夫ですか?」


 雨さんは再びうつむき、震えながら言った。


「に……逃げて……」


 ?

 逃げて?

 何から?


 とても嫌な予感がしたのと同時に遠くからこちらへ走ってくる三人の姿を視界に捉える。

 部長と部員達。

 雪音さん、夜永さん、太陽だった。


 皆から逃げろということだろうか?

 しかし入部の覚悟を決めた今となってはあの三人はただ自由を求めるただの個性的な人達に思える。

 逃げる必要などない。


「今月は早い! もう来おったか!」

 

 夜永さんが焦っている。


「どうしたんですか?! 皆さん何を……」

 

 先週入部したばかりの太陽だけは事態を理解しておらず、皆について走っているだけのようだ。


 そして部長の雪音さんが、太陽と俺に説明するかのようにキャラに似合わず声を荒げた。


「逃げて! れいんはーー生理が始まると狂人になってしまう!!」


 顔をあげた雨さんは

 目を限界まで見開き

 ニタリと笑いながら


 血まみれだった。

 顔が。


 生理ってそんな感じだったろうか?


 声にならない叫びをあげ逃げ出す俺に

 150メートルくらい飛び上がった彼女が

 血と汗とを撒き散らしながら俺にのしかかった。


 そしてスカートをたくしあげた彼女は


「キーマカレースプラッシュ!」


 とわけのわからない単語を叫びながら体からでる液体を全て俺にかけーー


「れろれろれろれろれろ」


 ーーとそれらにまみれた俺を舐めていた

 血と汗と尿とおりものまみれになった俺は思う。


 (これで俺もーー自由になれウヒヒヒヒヒ)


 こうして再び自由へ羽ばたき始めた俺は、やれやれハーレムハイスペック系主人公から


 はちゃめちゃが押し寄せてくる系主人公に進化(クラスチェンジ)して新たな扉を開き始める。



              プロローグ  完










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る