#011 少女マイン


「……ものの数分で家を造りあげてしまうなんて……ソウルさんは神様なのでしょうか……?」

 

 出来上がった『箱庭』の中でマインは大げさにそう言った。

 

 俺達は家を造った後、二人で森の中に食糧を探しに行った。

 未だに雨は降り続いていた為マインにはここで待つように言ったのだが『どうしてもついていきたい』と頑だったし水風呂が熱せられるのにも時間がかかりそうだったので二人で森林を捜索した。

 マインはさすがに三年この島にいたからか……色々な食糧の採取ポイントや口に出来る野草の種類を知っていた。

 おかげで向こう何日か分の備蓄は迅速に集まった。


「助かったよ、この島には初めて目にするような野草が沢山あったから一人じゃこんな簡単に集まらなかった」

「いえ……こんな事くらいしかできずに申し訳ないです……」


 礼をしたのにマインは申し訳なさそうにした。

 色々と気を遣ってくれてるのか警戒しているのか……マインの身体は強張っているようにぎこちない。

 

(……まぁ見知らぬ男と室内に二人きりだからな、仕方ないか……)


 この状態で『風呂に入ってこい』など言ったら下心のようで余計にぎこちなくなりそうではあったが、風邪をひくよりマシだと思い俺はマインに言った。


「……そろそろ温まったんじゃないかな? マイン……」

「ソウルさん」


 突然、俺の言葉を遮るようにマインは俺の名を口にする。

 その顔は真剣そのもので自然とこちらも自ずと緊張してしまう。


 マインは一呼吸置いた後、予想外の言葉を発した。



「ソウルさんの復讐、私にもお手伝いさせてください」



 その真紅と紺碧の瞳は一辺も揺らがない。

 悪ふざけや冗句の類いではない、そもそもマインが冗談でそんな事言うようには思えない。まだ出会って間もないがそれくらいは印象でわかった。半端な気持ちでは言ってはいないだろう事を察する。


「……………」


 俺は判断に迷う。

 何故そんな事を言うかなんて理由は決まっている、マイン自身もあいつらに復讐をしたいからという以外他にはない。

 住む場所を奪われ、大切な人を奪われ、これからの自由な未来も奪われたのだ。復讐する権利は大いにある。

 それを俺がダメだなんて言えるはずもない、俺だって同じ事をしようとしてるからだ。


 それに話を聞く限りマインに他に行く当てはない。

 俺がこの島を出てしまえばマインは島に一人きりだ、生きていけなくはないかもしれないが……13才の少女にそれは酷だろう、と俺は熟考したのちに口を開く。


「……………わかった。だけど一つだけ条件がある」


 俺はマインに一つだけ条件を課す事にした。


「……はい、何なりと」


 マインは何を想像したのか肩を寄せて構える。


「俺達はこの島を出て別の居住地を探す事になるだろう、その過程でもいつでもいいから何かを探すんだ」

「…………? 何か……とは?」

「何でもいい、夢中になれる事……夢やなりたいもの、自分の欲しい物……自分の服や家、身を寄せ会える人達……友達や家族、手離したくないもの……立場や守るべきもの。何でもいいんだ。あ、何でもと言っても自分の飼い主とか買い手とかはダメだな」

「…………それは……何故でしょうか……?」

「それらがあれば復讐なんて馬鹿馬鹿しくなって復讐心を捨てる事が簡単にできるからだ」

「…………?」


 マインは言ってる意味がわからないといった感じでキョトンとしていたが、構わず俺は続ける。


「『復讐は何も産まない』なんて無責任な台詞は言わない、他に何も見つけられなかったら思う存分復讐すればいい。だが、マインはきっと他に大事なものを見つけられる、その大事なものが復讐する事で壊れてしまうんなら……その時は止めた方がいい。だからその大事なものを探すんだ、それができるんなら……俺も協力するよ」


 もう何もない俺とマインは違う。

 マインはこの島で居場所を見つける事ができたんだ、きっとこれから外に行っても新しい居場所を作る事ができるはずだ。

 それを見つけられたんなら……復讐を止めてくれるはずだ。

 

「だから……それまでは俺に力を貸してほしい。もしもそれが馬鹿らしくなったんならいつでも離れてくれていい、それが条件だ」


 この方がいい。

 13才の少女に自分の復讐の手伝いをさせるなんて倫理的にどうかと思うし、何よりそっちの方がきっとマインは幸せになれる。

 

「……では……もしも何も見つからなかったら……?」

「その時は復讐すればいい、俺とマインであいつらを地獄の底に叩き落としてやろう」


 俺はもう決めた、この【箱庭】であいつらを……いや、世界中のクソ野郎達に死んだ方がマシと思えるほどの苦渋を味あわせてやると。


 特にあいつに、サクラには。


「…………ふふっ………優しいのですね、ソウルさんは」


 初めて、マインが可笑しそうに笑う姿を見る。

 マインはそう言ったのちに微笑みながら続けた。


「かしこまりました、では、それが見つかるまで……私はソウルさんの所有物となる事を誓います。何なりとお使いくださいませ」


 マインは微笑みながら他所に聞かれると誤解を受けそうな事を言った。

 俺が反応に困っているとマインはキョトン顔をする。


「……違いましたか……? 奴隷として御主人様を持つのはこれが初めてなもので……親族に引き取られた時は叔父と叔母なので御主人様と言うには少し違いますし……奴隷商は売り手なので御主人様ではありません。買われる直前には逃げ出して……この島では孤児扱いでしたのでソウルさんが初めての私の御主人様となります。大丈夫です、奴隷としての心得は自分で勉強しましたから」


 マインは何かの勘違いをして延々と俺を御主人様扱いしてきた。

 俺は奴隷を買った事はないし、少女にこんな事を言われるのは初めてなので反応できずにいる。

 

(……マインって少し天然なのか……? 俺は奴隷として一緒にいてほしいなんて言ってないんだけど……)


 すると、マインは勘違いを暴走させ濡れた服をこの場で脱ごうとしていた。

 それはさすがに慌てて止めた。


「……違いましたか……? 奴隷とは御主人様のお背中を流すものだと書物に書いてありましたので……てっきりご一緒するものかと……」

「いいか? マインは俺の奴隷じゃない、目的を一緒にする相棒だ。そんな事はしなくていい。浴槽の前に仕切りがあるからそこで脱いでくるんだ。わかったか?」

「……かしこまりました、ソウルさん」


 マインはそう言って浴室へ向かった。

 俺は肩をすくめて一人言を呟く。

 

「まるで年頃の娘でも出来た気分だ……娘を持つというのは中々にして難しいものなんだな……だが、きっとあの子はいい子だ。俺みたいにはならないだろう……何か見つかるまでちゃんと面倒を見てやらなきゃな」


 成り行きとはいえ、俺が身寄りの無い幼い女の子をを引き取る形になったのは変わらない。

 人としてきちんと導いてやらねばご両親や町の人達に申し訳ない。

 間違っても、俺のようにならないようにしなければ。


 俺は固くそう誓った。


「………………ありがとうございます、ソウルさん。ソウルさんのお心遣いに感謝致します。私に何かを見つけられるかはまだわかりませんが……あなたの為に頑張ります。いつかあなたの居場所に私がなれるように…………それにしても……私の年齢ではソウルさんにとっては『娘』扱いなのですね……もう少し成長すれば変わるでしょうか……」


 マインも何か一人言を呟いていた。

 外を見ると、雨はいつの間にかあがっていた。

 

<よぉ、くっさいセリフ吐いて茶番劇やってるとこ悪いんだがよ>

「うわぁぁっ!?」

「どうかされましたか!? ソウルさんっ!?」


 突然ハコザキに声をかけられた俺は大声をあげてしまい、マインに心配される。

 マインは裸でこちらに来ようとしていたため急いで何でもないと取り繕った。


 俺は小声でハコザキに話しかける。


(今まで出てこなかった癖になんだよ!? 色々聞きたい事があるんだけど!!)

<それどころじゃねぇ、してやられたなお前さん>

(……?)


 珍しくハコザキが『なはは』と笑いもせず真面目な口調で話している事に俺は最大級の嫌な予感を抱く。

 そして悪い予感が的中している事を、ハコザキが続けた言葉と何気なく眺めた風景により知った。


<奴さんら、徹底的にやるつもりみたいだぜ>


 水平線の向こう側、そこには島を囲うかのように船団がズラリと並んでいた。

 そして……次の瞬間、その横並んだ一列の船団は一斉に閃光を走らせる。


 俺は走り、マインの元へ向かう。

 風呂の最中だろうが、どう思われても構わない。

 そんな事を気にしている猶予などありはしなかった。


「えっ!? ソっソウルさんっ!? まだ心の準備がっ!!」


 俺は真っ白な肌を輝かせているマインの手を掴み、床に手をやり叫んだ。


 この島は、魔法による集中砲火に呑み込まれる。


 




 

 

 

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