第87話:友達になりたい

「みんな! 楽しんでいるところすまないが聞いてくれ!」


 すっかり宴もたけなわになったところで、カルメン先輩が立ち上がって手を叩く。


「ソレイユ・カレッジの料理は堪能してくれたかな? これからは、朝は五時から八時半、夜は五時から九時の間に食事を頼むことができるよ! 昼は自炊するか、エントランスの掲示板で弁当を注文すると翌日に受け取れる。校舎にもいくつか食堂があるから、そちらを利用してくれてもいい!」


 その言葉に、ミーシャが「食堂コンプリートしよ~」と瞳に闘志をたぎらせる。


「離れの大浴場は昼の三時から夜の十二時まで開いているよ! シャワーだけなら二十四時間、いつでも使える。その他、分からないことがあったら先輩たちに気軽に聞いてくれ!」


 カルメン先輩はそして、杖を取り出して斜め上に掲げる。

 それは魔術使いなら誰でも知っている誓いのポーズ。

 食堂内の魔女見習いたち全員が立ち上がり、同じように杖を掲げる。


「フォルティス・デラ・ソレイユ!」


「「フォルティス・デラ・ソレイユ!」」


 カルメン先輩に続いて、古セストラル語で「ソレイユ・カレッジに勇気あれ」という言葉を唱え、歓迎会はひとまずお開きとなった。


(……結局サリアは、一人だったな)


 ソフィアたちと部屋に向かいながら、私は食事中の光景を思い出す。

 和気あいあいとした雰囲気の中、実は私は他のグループのこともさりげなく観察していた。

 冒険者時代も新しい地方に行った時は、よくそうして酒場を見渡していたものだ。

 個人個人の繋がりは、食事の場でこそ浮き上がる。

 酒はなくとも、美味しい料理を食べたなら、みんな気分が良くなって、親しい友人とおしゃべりに興じるのが普通なのだ。


(他はみんな、集まってたけど……)


 多くの生徒はルームメイト同士で固まって、そこにどちらかの友人が合流する形で四人くらいの集まりを作っていた。

 私たちのように旧知の仲が固まっているグループも、他に二つくらい見受けられた。

 あぶれた者たちもあぶれた者同士で固まり、積極的に繋がりを作っていたように思う。


(サリア、もしかして、私と同じ、コミュ障……?)


 そんな新入生たちの中で、サリアだけがぼっちだった。

 テーブルのすみっこに座って、サリアは一人黙々とパンを千切っていた。

 その表情は不安げで、怒りを抑えているようにも見えた。

 隣の席や前の席の子に話しかけられても、サリアは目を合わそうとさえしなかった。


(ソフィアとは、話してたし、他人を避けてるってわけでも、なさそうだけど……)


 ソフィアのコミュ力が特別だっただけで、サリアは元々、ああいう感じなのかもしれない。 

 あるいは、食堂みたいな大勢の人がいるところでは、人見知りを発揮するタイプの可能性もある。


(……似てるな)


 一人でパンをちぎっていたサリアの姿は、冒険者時代の私にそっくりだった。

 ソフィアと出会っていなかったら、私もサリアと同じように、一人でパンを千切っていただろう。

 みんなと食べる食事の楽しさも知らずに、黙々と義務的に食事をしていたに違いない。


(サリアともっと、仲良くなりたい)


 我ながらびっくりだけど、一人ぼっちのサリアの姿を見ていたら、あり得たかもしれない私みたいで、放っておけないって気持ちになった。

 この感情が身勝手なもので、サリアにとっては余計なお世話だろうってことも分かっている。

 私はしょせん自分の分身を救いたいだけで、サリアがそれを望んでいるとは限らない。


(でも、ちゃんと伝えれば、分かってくれるはずなんだ)


 思い出すのは、ソフィアを助けた時のこと。

 ソフィアは私が引いてもお構いなしに、自分の気持ちを赤裸々に告げてきた。

 私が本気で厭がらないギリギリのラインで、大好きだって伝えてくれた。

 ソフィアがグイグイ来てくれたおかげで、私たちは自然と仲良くなれて、他のみんなとも知り合えた。

 私にソフィアのようなやり方はできないだろうけど、大切なのは、きっとあの誠実さなんだ。


「……がんばろう」


 私はサリアと仲良くなりたい。

 できれば一緒にご飯を食べられるような間柄……そう、友達になってみたい。


(まさか私が、こんなことを思う日が来るなんて……)


 生まれて初めての感情を胸に秘め、私は部屋へと戻ってきた。

 扉の音に反応したサリアがこっちを向く気配がしたから、私も左奥のスペースに顔を向ける。

 目が合った瞬間、サリアは露骨にプイっと顔を逸らし、仕切りのカーテンをシャッと引いた。


(前途多難だ……)


 仲良くなるには、まずはどうしてこうも避けられているのか知らないといけないだろう。

 私の顔が良すぎるってこと以外にも、きっと理由がありそうだ。

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