第41話:王都ギルド長二つの悩み(side:オリヴァー・"ザ・ボム"・ドボルザーク)

 ルシアたちの合格発表日、エルグランド王国王都冒険者ギルド長オリヴァー・"ザ・ボム"・ドボルザークは頭を抱えてた。


「ここ最近、大胸筋の調子が悪いとは思っていたが、まさかこんなことになるとはな……」


 ため息をつきつつ、オリヴァーは手元の二枚の報告書を見つめる。

 一枚目は勇者パーティーから昨日申請されたもので、パーティーメンバー変更の手続き用紙だ。

 そして、二枚目はラ・ピュセルから今朝届いた緊急の報告書だった。


「筋肉は関係ないと思われますが、それほど深刻な事態なのですか?」


 書類を持ってきたセリーヌが、頭痛薬と水を手渡しつつ尋ねる。

 オリヴァーを悩ませる二つの事案は最高機密であり、本来セリーヌが関与していい案件ではない。

 しかし、受付嬢まとめ役としてギルド内人事を取り仕切り、元A級冒険者として確かな実績もある彼女には、むしろオリヴァーの方から頼らせてもらいたいと思っていた。

 そこで、いつものように雑談という形で話を振る。


「"死領域"の代わりにどんな奴を入れるかと思えば、よりにもよってこの二人だぜ……」


「どれどれ……こっ、これは……!」


 オリヴァーから申請書類を渡されたセリーヌは、そこに並んだ名前を見て驚愕の声を上げる。

 一人目はエルグランド王国一の破壊力を持つと言われるS級魔術師"人工災害アーティフィシャルディザスター"コーラル・イージー。

 二人目は神聖ルミナリエ皇国を追放された元・聖騎士のS級魔術師"廻葬廻忌そうそうかいき"トーマス・エルドリッジ・エメラルド三世。

 戦力としては申し分ないが、両者ともに世界的に有名な人格破綻者だった。


「"人工災害"の野郎は、紛争地帯に赴いては民間人ごと爆破して喜ぶ快楽殺人者。"廻葬廻忌"にいたっては、城塞まるごと闇魔術の実験台にしてたサイコ野郎だ」


 オリヴァーは自身の禿頭をぺチンと叩き、テーブルの引き出しからギルド長のハンコとペンを取り出す。


「この二人に加えて、他国じゃ殺人容疑もかけられている"殺嵐"と、脳筋の"翠山獣"、陰謀巡らす腹黒アン王女だぜ。"速贄"の胃に穴が開いちまう」


「"勇者"アイザック様は、仲間が殺人者だと知っているのでしょうか」


「ウワサくらいは聞いてるだろうが、アイザックは超がつくほど純真だからな。本人が『必要なことだった』とでも言えば納得しちまうだろうぜ」


「しかし、承認しないわけにもいかないのでしょう?」


 セリーヌに書類を返され、オリヴァーはそこにハンコをつきながら頷く。


「そんなことしたら"勇者"は他国に拠点を移すだろうな。そうなったら、満場一致で俺はクビだ。それだけじゃなく、エルグランド王国としても大損失になっちまう」


「……どうしてS級はこう、人格破綻者ばかりなのでしょうね」


「そりゃ、力に溺れちまってるからよ。実際、A級が一番まともだって思うぜ」


 オリヴァーはサインも済ませ、セリーヌに申請書類を手渡す。


「"死領域"さんのような方ばかりだったら、受付も楽なのですが」


「あれはあれで無口すぎんだろ」


「それもそうですね……では」


 セリーヌが席を立とうとすると、オリヴァーは「ちょっと待ってくれ」ともう一枚の書類を見せる。


「これは例の箱についてなんだが、どうやら紛失したらしい」


「……は?」


「ダミーを含めて五つ、俺はラ・ピュセルにあれを送った。んで、本命だけが届かなかった」


「何があったのですか?」


 セリーヌは報告書を受け取って仔細を読み取る。


「俺は向こうのギルドに『確かな実力者を"ストレンジャー"にしろ』と頼んだんだ。それが何を思ったか、C級の酔っ払いに依頼したらしい。なんでもそいつは前ギルド長の息子で断れなかったんだとさ」


「それで、酔った勢いで紛失したと?」


「ああ。本人は箱なんて知らないと言っているらしいが、受付嬢の"大戦斧"サリッサが『魔女見習いの二人組から箱をもらっていたよ』と証言してくれた」


 オリヴァーは椅子から立ち上がり、両腕を頭上に掲げてアブドミナルアンドサイのポーズを取る。

 これは彼が本気で苛立っている時のポーズだ。


「フンッ……今はギルドの総力を挙げて箱の行方を追っているらしい。まったく、事の重要性を理解していなさすぎる……ぜっ!」


 今度はサイドチェストのポーズを取って、オリヴァーはその筋肉をモリモリと主張する。

 滅多に見ないギルドの本気の怒りに、セリーヌはブルリと震える。


「あの、私、箱の中身については『国際機密級』であることしか知らないのですが……そんなにまずいのですか?」


「ああ、ここだけの話だがな。あれが良からぬ者の手に渡れば……」


 オリヴァーはゆっくりと身体を動かし、モスト・マスキュラ―のポーズと共に全身に魔力を漲らせる。


「世界がッ、滅びるぞッ!」

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