原論の大いなる秘密 ~賢者たちの悪戯戦~
猫隼
第一幕『平行線問題の歴史』
古代ギリシャの数学者エウクレイデスの〈
この本は基本的には、当時の数学体系の教科書のようなものと考えられていて、最初に与えられたいくつかの定義から出発し、幾何学、あるいは数学上の様々を証明していくという内容。直角三角形の三つの辺の関係を示す「ピタゴラスの定理」や、素数が無限に続くことの証明などは、そこだけ抜粋されることもなかなか多い。
宗教が科学の道を閉ざした大暗黒時代とされている中世のヨーロッパ。その状況を打開するために、当時、最も科学の進んでいたアラビア世界に、異教徒のふりをして、命がけで潜入した少数派の科学者たち。彼らが優先して手に入れて、ヨーロッパの言語に翻訳した科学書の中には、この原論もあったとされている(元々これがヨーロッパ起源という事を考えると、妙な話ではあるが)
ところでエウクレイデスは、原論において、体系を構築するのに、前提として認めてもらう、五つの
1、任意の点より任意の点に直線をひける
2、直線は延長できる
3、任意の中心と半径を持つ円を書ける
4、直角はすべて相等しい
5、与えられた直線Lの上にはない、与えられた点Pを通って、どれだけ延長してもLと交わらない直線が、ただひとつだけひける。
五つ目のものだけ妙に長くて目立つが、そのために、様々な議論を後の世代に起こさせた。
つまり平行線問題というやつだ。
平行線というのは、ようするにどれだけ延長しようとも決して交わらないふたつの線のこと。そして第五公準の典型的解釈では明らかに、ある点を通る、ある線に対する平行線は、ただひとつしかないということを定義している。
最初、平行線問題は、それがそもそも公準として定義する必要のないことなのではないか、というものだった。ようするに、他の公準を使って、そのことを証明することが可能なのではないか、基本要素とは言えないのでないか、というもの。
しかし、ガウス、ボーヤイ、ロバチェフスキー、リーマンなど、18~19世紀の偉大な数学者たちが、その状況をすっかり変えてしまう。
彼らは、原論の幾何学体系|(いわゆるユークリッド幾何学)が、基本から適用できない世界の幾何学|(いわゆる非ユークリッド幾何学)を開発してしまったわけである。彼らが考えた世界を簡単に言うと、曲がった空間の幾何学だ。そのような世界を前提とした幾何学体系を作るとなると、ユークリッド幾何学における第5公準は、基本要素として間違いということになってしまう。
それも簡単に言うと、曲がった空間の世界では、平行線というものがそもそも存在しなかったり、あるいは一つの点を通る平行線がいくつも存在することが、明らかにされたわけである。
ちなみに、実際のこの宇宙の時空間が、物質の質量が発生させる重力という効果により、曲がりくねっていると仮定。そのような世界での物事の発生を予測するために、非ユークリッド幾何数学を利用した最も有名な理論が、アインシュタインの、いわゆる一般相対性理論とされている。
では、ユークリッド幾何学は結局、特定の条件下でしか適用できない、欠陥品の幾何学体系だったのであろうか。
それは違う。
19~20世紀にかけては、そもそも数学という学問の本質自体が見直された時代でもあった。
それまでは、数学というのは、この世界の真理を説明できるような 、そうゆう究極的な叡知の道具だと考えられていたわけである。だが、そうではないということの証明が、次々と明るみに出てきてしまった。
今、有力となった説の一つとして、このような考え方がある。つまり数学とは、「ある条件を前提として定義された世界における、真理を追究|(あくまで追究)するための道具」
かつて原論は幾何学を定義した書物とされていた。しかし現在では、あくまでそれは、最初の五つの公準が適用されるような世界での幾何学を説明している書物とされている。ようするに、平行線問題というのはある意味、この世界はユークリッド幾何学的世界という勝手な推測。それに、そもそも真の世界とは、そういうものでしかありえないという思い込み。さらには数学なる学問が、前提としてそういうものな(ユークリッド幾何的な)この世界を考えるための万能道具みたいに、遠慮なく決めつけられてたために生じた誤解であったわけだ。
エウクレイデスは紀元前3世紀ぐらいの人とされているから、この誤解の歴史は、実に2000年ほど続いたということになる。
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