019_questlog.延焼

 フェリクス・モクレールは焦っていた。

 

 二か所に絞った末の盗賊団アジト襲撃は、ほぼ空振りに終わった。

 ほぼ、というのは、完全に失敗したわけではなかったからだ。

 逃げ遅れた欲深い盗賊の一人を捕縛することに成功したのだ。

 その盗賊は、こちらが取引を持ち掛けるまでもなく、早々に身内を売った。

 森の奥にある魔銀ミスリル鉱山の廃坑に、ヴァロー盗賊団を名乗る連中の首魁がいるという。

 だが、このことは既に手遅れであるということも示していた。

 逃げ遅れた間抜けがいるということは、逃げおおせたすばしっこい盗賊もまたいるのだ。神殿騎士団の動きは既に伝わっていると見て間違いない。

 この時点で、モクレールは騎士団を部隊として運用することを諦めた。


「スランジュ! 馬術の優れた騎士を上から3人集めろ!」


 モクレールの叫びに、副団長のスランジュがすっ飛んで来た。

 しかし、その表情は苦渋に歪んでいた。


「団長、異端掃滅官が……いません」


 モクレールの眉間に皺が寄る。


「さっきまで一緒にいたろうが……」


 検邪聖省から派遣されてきた異端掃滅官は、珍しいタイプだった。

 唯我独尊を地で行く連中のはずだが、協調性のある者だったのだ。騎士団と歩調を合わせ、必要とあれば呼んでくれという一歩引いた姿勢を見せていた。

 その異端掃滅官がいない。


「その……目撃した騎士によれば、このアジトから逃げる馬影を見た瞬間、それを追っていったそうです……」


「野郎! 抜け駆けしやがったな!」


 文字通り抜け駆けである。

 思わず叫んだモクレールは、騎士団以前の地が出てしまっていた。

 油断していた。協調性があると、思い込んでしまったのだ。

 自分が一番美味しいところを食らうために、虎視眈々とその機を窺っていたのだ。

 異端掃滅官は「殺してから考える」という手合いだ。もし、盗賊の首魁が遺物アーティファクトをどこかに隠していたら、死人に口無し状態で二度と見つからない可能性すらある。

 南方教区枢機卿団にとって、あがないようのない大失態となる。

 捜索費用で予算が食いつくされるばかりか、せっかく築き上げた南方騎士団の名声すら地に落ちる。

 それはすなわち、部下たちの生活に陰を落とすことになるだろう。


 憤怒の表情を浮かべたモクレールは、愛馬に飛び乗った。


「ついて来れる奴だけ、ついてこい!」


 フェリクス・モクレールはどうしようもなく焦っていた。


    ○


 ルルエの言う親分の部屋は、一階層上の坑道にあった。

 上の階層は初期の坑道らしく、稜線を超えた丘の反対側に入り口が開いているらしい。

 俺たちが入った穴は、言うなれば地下二階の出入口だったというわけだ。

 

 ルルエを助けられたことで、俺の心情的にはここでの「仕事」は終わっている。

 ささくれ立っていた心も大分落ち着いてきた。

 それでも、ここのボスが生きているのなら、放置するわけにもいかない。ルルエではないが、落とし前はつけさせてもらおう。

 

 親分の部屋からは、かすかに明かりが漏れていた。ただ、会話は聞こえないし、人が移動している音も拾えなかった。

 ルルエが盗賊の死体から奪った鉄の両手メイスを握りしめて突入しようとしたが、慌てて止める。

 狭い部屋だった場合、待ち伏せを受けると厄介だからだ。

 

 俺はスカウト七つ道具の一つ、指先スコープをするするっと伸ばす。

 極細ケーブルの先にカメラとマイクがくっついた覗き見ツールだ。曲がり角の先をこっそり見るのによく使っていた。けっして、やましい用途に使うものではない。

 

 指先スコープをドアの鍵穴から侵入させ、中の様子を窺う。

 

 部屋の中にはヒゲもじゃの大男と、ひょろっとした小男。その二人しかいなかった。

 あの大男が親分だろう。

 親分と小男は金銀貨、宝石、その他もろもろ金目のものを麻袋に放り込んでいた。

 

 夜逃げの準備かな?


 親分が金貨をブーツの中に滑り込ませながら、おもむろに口を開いた。


「で、他の連中は何してんだ? 逃げる準備できてんだろうな」


「静かになったんで、迷い込んだ騎士ってのは始末したと思いやすけど……身ぐるみ剥いでんじゃねえっすか?」


「どいつもこいつも欲の皮ばっかり突っ張りやがって。神殿騎士に追われてるって分かってんのか?」


「いいんじゃねえっすか? そういう奴は追っ手を足止めする時間稼ぎになってもらいやしょうよ」


「よかねえよ。ヴァロー盗賊団は仲間を見捨てねえ!」


「仲間が大事なら、なんで教会の遺物なんかに手出したんすか……」


「王都でブイブイいわしてる再生者が、遺物を買いあさってるって聞いたんだよ」


〈だいたいこいつのせいだった訳ね……〉


 錆子がぼやいた。

 俺もぼやきたい。こいつらのせいで、イシュの仲間が死んだと言っても過言ではない。

 しかし、王都に再生者か。俺以外にもいたんだな。


「ほんとなんですかねえ、その話」


「うるせえ、とっとと逃げるぞ。遺物とあのエルフ娘を売り飛ばしゃあ、いい金になるんだからよ!」


 あのエルフ娘なら俺の隣にいるぜ。

 遺物というのは、親分の傍らにある異様な艶を見せる真っ黒いサイコロのことだろう。大きさは10センチ四方。明らかにこの時代の物じゃない臭が漂っている。


「お頭、『延焼』はどうしやす?」


「あー、あの魔法使いか。『延焼』なんていう物騒な二つ名ついてるぐらいだ、そこそこの値はつくだろ」


「誰が運ぶんです? 俺は嫌ですぜ。下手を打ったら燃やされちまう」


「袋にでもつめとけよ。自分も燃えるかもしれねえって思やあ、火なんかつけねえだろ」


 あいかわらず、人を人とも思っていない連中だ。

 しかし、『延焼』って、酷い二つ名だな。たぶん、火炎系の魔法使いなのだろうけど。

 ひとまずは、この二人に落とし前をつけてもらって、『延焼』って人を探すか。


 俺は背後に控えるルルエとイシュに頷き、小声で説明をする。


「中に二人。正面に親分。入って左手に賊一人。賊のほうはイシュに任せる。生け捕りで頼む。ルルエは俺の後ろに」


 ルルエとイシュが頷いた。

 

 俺はバーンと扉を開く。


「話は聞かせてもらった……ヴァロー盗賊団は、滅亡する!」


 ビクッとして俺を見た盗賊二人は、何が起こって、何を言われたのかしばしの間理解が及ばなかったようだ。


「てめえは――」


 親分が慌てて立ち上がり、腰の剣を抜こうとするが、遅い。

 パスっと俺の左腕から音が鳴って、親分の額に風穴があいた。

 もう一人の小男は、イシュに両腕を射貫かれ、のたうちまわっていた。


 小男をルルエとイシュに任せ、遺物っぽい黒いサイコロを手に取る。


「これって、何だろな」


 錆子が無表情にボソっと呟いた。


〈ゴミ……〉


「え……?」


〈反物質を全部使い切った、反物質電池〉


 まさかの切れた電池。


「……再利用とかは?」


〈この体の反物質が溢れそうになったら、考えてもいいかもね〉


 アリエネエー。

 マジで、ゴミだった。

 ちょっと親分が不憫に思えたが、もっと悲惨なのはイシュの仲間だろう。

 これは言わないほうがよさそうだ。


「なあルルエ、これって見たことあるか?」


 俺は切れた電池をルルエに見せる。


「え……これって、領都の神殿に安置されてた遺物じゃ……」


 小男の止血をして、ロープで縛り上げたイシュが口を開いた。


「なるほどな。このバカ共が盗んだということか。神殿騎士団が血眼ちまなこになって探すわけだ」


「この遺物って、何なのか分かってるのか?」


「いいえ……長い間調べたそうですが、何も分かってないみたいですよ」


「そうかー、わからないのかー、ざんねんだなー」


 つい棒読みになってしまったが、俺は確信した。

 これの正体を明かしてはならない。

 誰も幸せになれないのなら、謎は謎のままのほうがいい。


「テツオ、こっちだ」


 イシュが部屋の奥から声をあげた。

 どうやらこの部屋、奥にもう一部屋あったようだ。

 その部屋に入るための扉は鉄製で、周りの石壁と半ば同化していた。


「この奥に『延焼』が囚われているそうだ」


 鉄扉は施錠されていた。

 蹴破れなくもないが、中に人がいる以上さすがにマズイ。

 俺はスカウト七つ道具の一つ、「マスターキー」を指先からシャキっと出す。キーと言っても、見た目はただの棒だ。

 こいつは、物理的な錠前なら理論上なんでも開けられる。全自動ピッキング棒と言ってもいい。いやまあ、この世界の鍵はピンなんか使ってないと思うけども。

 鍵穴の形は昔懐かしのウォード錠に見えるが、大丈夫だろう。

 マスターキーを突っ込むと、2秒で開いた。

 心なしか、マスターキー君が、こんな錠前に俺を使うなと言っているような気がした。


「なんで、そんなことがさらりとできるんだ……?」


 イシュが半ば呆れていた。


「遺物の力だ……」


 もうヤケクソである。

 俺はさっさと扉を開けて、中に入る。

 扉を開けた瞬間、イシュが「うっ」と言って鼻を押さえて半歩後退った。ルルエも顔をしかめている。

 ぶっちゃけ、かなり臭い。

 とはいえ、眩暈がするほどの臭さは感じないようフィルターがかかっている。

 

 『延焼』なんていう二つ名から、勝手に暑苦しそうなオッサンを予想していたのだが……思ってたんと違った。

 部屋の中には、鎖に繋がれた女性が一人いた。

 その女性は、何も衣服を着ておらず、両手には鎖で編まれたミトンをはめられていた。

 なにより目についたのは、その体の細さだ。

 ミイラのようにやせ細っていた。

 目は硬く閉じられており、こちらの気配に反応をする様子もない。


「生きてるか……?」


〈一応ね。かなり衰弱している。どうみても脱水症状起こしてるし〉

 

「ルルエ、なんとかできる?」


 ルルエは強張った顔を左右に振る。


「病気や衰弱は、回復魔法じゃ治せないんです」


 まあ、そうだろうな。

 あの透明な蜘蛛くんには無理そうだよな。


 この女性、顔は典型的なコーカソイドに見えるが、平たい顔族の特徴が少しばかり出ている。この人も色んな種族の混血なんだろう。

 肌の色は白っぽいがルルエよりは濃い。髪は真っ赤だ。紅色と言ってもいい。長い髪を頭の後ろで束ねている。ちゃんと洗えば綺麗なんだろうなと思うが、泥にまみれて錆子の親戚になってしまっている。もったいない。


〈いわれのない中傷を受けた……〉


 スペクトルは、深い青よりまだ暗い、紫っぽい青だった。

 

〈強いて言うなら、花紺青はなこんじょうって色かな。こんな暗い色は初めて見る〉

 

 ガリガリに痩せてはいるが、体のラインはとても整っている。

 細めだが歪みのない綺麗な骨格。しかも、しっかりと鍛えられた筋肉がみっちりとついている。

 魔法使いというより、陸上のアスリートみたいだ。ほんとに魔法使いなのかね。


「でも、綺麗だな」


 俺がボソッと漏らした言葉に、ルルエがドン引きしていた。


「え……テツオさんって、こういう……」


「あー、違う違う。絶対、それ勘違いだからね、ルルエ。骨格と筋肉の付き方の話だよ」


「ああ、そういうことですか。ん……? 骨格と筋肉が好きなんですか?」


「もういいです……ひとまず、命を繋ごう。本気で危なそうなら、俺が抱えて走る」


 俺の言葉にルルエも頷いた。


 さしあたって鎖を外し、俺の指先からスカウト七つ道具の一つ、生理食塩水を飲ませる。

 道具でもなんでもないが、気にしてはいけない。俺の脳みそのために、生理食塩水は普通に体の中にあるのだ。

 ついでに、ブドウ糖も少し混ぜる。エネルギーは必要だよな。

 ていうか、俺って砂糖タンクでもつんでるのか?


〈お脳で必要だから、30日分は搭載してるわよ。お酒から再生成もできるし。他の必須栄養素も同じようにストックしてあるから、必要になったらその都度言うわ〉


 俺ってマジで酒が燃料なんだな。

 

 イシュがどこからともなく毛布を持ってきてくれた。本当に気が利く男だ。

 

 ルルエは頭に風穴が開いている親分の死体に麻袋を被せて、簡単な祈りを捧げている。

 死体を見て取り乱すこともなく、淡々としていた。

 銀級冒険者というのを差し引いても、やはりこの世界には死がありふれているのだろう。


 そうして、10分ほど経った頃、『延焼』と呼ばれている魔法使いが目を開けた。

 とても綺麗なアイスブルーの瞳だった。


 そのアイスブルーの瞳が俺をきつく睨み付け、


「地獄へ落ちろ!」


 鎖のミトンをはめた両手で俺をぶん殴ってきた。

 

 初見殺しならぬ、初見殺されって、俺のユニークスキルなんだろうか。


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