016_questlog.旅路

「こんなにもらっていいのか? 俺は、何もしていないぞ」


 イシュが困惑気味に渡された金を見ていた。


 朝のまだ早い時間。俺とルルエ、イシュは村の酒場に集まっていた。


「とんでもない。あなたは引き受けた依頼クエストを完遂したのだから、当然の権利……というか受け取ってもらわないと困るのよね」


 フォスティーヌにそう言われて、イシュはますます困惑の度合を深める。


「しかし……多すぎないか」


 俺はイシュの手に乗せられた金銀に輝く貨幣を見る。

 たしかに多い。依頼をこなしただけではその額にならない。


 ちなみに、この世界の貨幣は6種類。

 鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、大金貨、魔銀ミスリル貨。

 鉄貨からそれぞれ10倍ずつ価値が上がっていく。

 最低の鉄貨は日本円換算で10円ぐらいだ。ルルエの好きな安っぽいエールが一杯銅貨3枚なので、そう大きな違いはないだろう。鉄の貨幣などすぐ錆びるのではないかと思ったが、錆仲間である錆子いわく「クロムの含有量が多いわね」と言っていたので、ステンレスに近い材質なのだろう。

 なので、魔銀貨は驚きの一枚百万円相当だ。

 もっとも、巨大な商会や国レベルの取引でしか使わないらしいので、一般人が目にすることはないらしい。

 神鋼オリハルコン貨がないのは、素材が希少すぎて流通させるほどの量が確保できないとかなんとか。


 イシュの手にある貨幣は、金貨9枚と銀貨8枚、他少々。

 

 角熊の討伐依頼の報酬はわずか銀貨15枚。これに角熊二匹分の素材買い取り代金がのっかったからだ。騎士団が領主に討伐の証として持っていった死骸が二匹分で金貨8枚。角が二本で金貨12枚。鋼と骨の性質が混ざった魔法伝導率のいい貴重な素材なのだという。そして、俺の狙い通り、熊の手は珍味扱いらしく4つで金貨8枚。ほんとに余談だが、熊の手が珍味であると広めたのは再生者らしい。俺みたいな奴がいたんだな……。

 

 俺は納得いかない顔をしているイシュに、

 

「素材の買い取り代金と、討伐依頼の達成報酬を三等分したものだ。多くも少なくもない」


「しかし、俺は角熊の討伐にろくな貢献をしていない」


「何を言ってる。イシュのおかげで、二匹いるという重大な情報を得られたし、巣穴を探さずにすんだんだ」


 フォスティーヌが言い聞かせるように言った。


「討伐依頼の報酬二人分は、あなたの言った通りギルドを通して死んだ二人の遺族に渡すように手配してあるから、安心して」


 ようやくイシュは納得したようで、


「感謝する……」


 とだけ言った。

 

 筋を通そうとするところや、真面目なところは美点だと思うが、過ぎたるはなんとやらだ。

 俺は小声でルルエに尋ねる。


「なあ、冒険者って、こんな真面目なもん?」


 ルルエはとんでもないといった風で小さく首を横にプルプルと振った。

 

「……だよな」


 そして、俺たち3人は村の酒場を出て、定期馬車が来ているはずの村の入り口へと向かった。

 次の目的地である領都――ディゾラの街へと向かうために。


    ○


 馬車が出る直前、フォスティーヌが泣いてすがってきたのがウザかった。


「サッキー卿も、テツオさんも、私を捨てて行ってしまうんですねぇ」


 人聞きの悪いことをいわないでほしい。

 そもそも拾ってねえし。

 

 出発時にそういう悶着はあったが、馬車の旅はのんびりしたものだった。

 というか、のんびりしすぎると、機甲兵でも眠くなるのだという新発見をした。

 

〈アンタがお日様の暖かさを感じたいとか言って、温度フィードバックを高くしたからでしょ〉

 

 だって、すごくいい天気なんだもん。

 日を遮るほどではない微かな雲。暖かく緩やかな風。

 そして、ゴトゴトとリズミカルに揺れる馬車の荷台。


「……これで寝るなとか無理」


 現に、ルルエは俺の膝を枕に気持ちよさそうにグースカ寝ている。

 頭痛くないんですかね。

 イシュは大きな木箱の上で器用に丸くなって寝ている。ふさふさの尻尾を両脚の間に挟んで腹に抱えている。なんか可愛い。彼も領都に戻るということで、一緒の馬車に乗ることになったのだ。

 かくいう俺は、荷台の中央にデーンと寝かされていた。

 重すぎて、荷台のバランスが崩れるから真ん中でじっとしててくれと言われたからだ。

 荷物扱いです、はい。

 とはいえ、実際に俺たちは「荷物」なのだ。

 この馬車は領都とメネーネ村を結ぶ定期「貨物」馬車だ。そもそも、クソ田舎のメネーネ村を行き来する旅客馬車などない。

 人間を貨物として運ぶ場合の運賃は、体重によって変わるらしい。俺は100キロ以上という最重のヘビー級で金貨1枚。たけえよ。

 意外なことに、イシュとルルエの料金は同じだった。ルルエの名誉のために、重さは触れないでおこう。というか、イシュが細すぎるんだよな。

 

 それを聞いたルルエは、青い顔をして、自分とイシュの体を何度も見比べていた。


「わわわわたしは、身体強化、使いますから、しょうがないんですよ。うん、しょうがないしょうがない……」


 何故、身体強化を使うと体重が重くなるのかは謎だが、しきりに自己暗示をかけるルルエを見て、突っ込むのははばかられた。

 身長は低いが、ムチムチプリンちゃんだし、意外と筋肉量も多いから、軽くはないだろうと思うのだが。そういう理屈ではないのだろう。

 

 領都ディゾラまでは、この馬車で一泊二日の旅らしい。

 途中、いくつもの街道が集まる宿場町で一泊し、次の日の昼前には領都につくという。

 メネーネ村から領都ディゾラまで、旅程で約100キロメートルだという。

 そう、この世界、長さの単位がメートルだ。重さはキログラム、時間の単位が秒。そして、魔流まりゅうがアンペアだそうだ。

 魔流てなんやねんと思ったが――あえて言おう、SI単位である。

 当然というか、やっぱりというか、「再生者が各国に広めて、国際標準になったんですよ」と村娘のわりには知識が豊富なルルエが教えてくれた。ルルエの家には幅広いジャンルの本がたくさんあったから、そこから得たのだろう。佐々木さんが集めたものに違いない。

 

 しかし、またしても再生者だ。

 再生者という存在はこの世界の歴史の節目に必ず顔を出す。

 この世界の文明レベルを上げるために送り込まれているのか、と思わなくもないが、必ずしも有用なことをしているわけでもない。再生者が盗賊たちを率いて暴虐の限りをつくしたという記録もあるのだ。

 というか、熊の手珍味広げた説もあるぐらいだし、俺自身のことを省みても、「好きにやってるな」という感想しか出てこない。

 

 つらつらと考えていると、どうしようもない眠気が襲ってきた。


〈眠れるんなら、眠っておきなさい〉

 

 どことなく錆子の声が優しく聞こえた。


 それから数時間後、何事もなく馬車は中間地点である宿場町へとついた。

 残念ながら、その町の宿屋は安宿しか空いておらず、案の定宿の床を踏み抜いた俺は宿泊拒否をされた。

 

 泣く泣く俺はお馬さんと同じ宿に泊まることにしたのだが、そこへルルエとイシュがやってきた。


「テツオさんだけ厩舎とかありえませんから」


「銅級冒険者など、馬と一緒に寝るのは基本だ」


 なかなか嬉しいことを言ってくれる。


「宿代が浮いたので、お酒買ってきましたよ~。懐もあったかいですし、ちょっと奮発しました~」


 それ、貴女が飲みたいだけと違うんですか。

 などと無粋なことは言わない。


「ありがとう。昼寝をしてしまったせいだろうな。あまり眠くないんだ」


「付き合おう」


 とイシュが俺の隣に座り、酒瓶をかかげた。

 ルルエは俺に96度の酒を渡してくる。


「……どこにでもあるんだな、この酒」


「冒険者が出入りしている酒場にはたいがいありますよ。普通は水やお湯で割るんですけどね」


 それから俺たちは藁に埋もれながら、酒飲み話に花を咲かせた。

 

 そこでイシュが冒険者となった経緯を聞いたが、よくある話だった。

 かなりの大家族らしく、早々に家を出たらしい。16人兄弟のうちの下のほうらしく、しかも同じ日に生まれた兄弟が3人いるという。それって、四つ子ってことだよね。さすが犬人族……。

 それを聞いたルルエはすごく羨ましそうにしていた。兄弟が欲しかったと。


「テツオさんは、兄弟いるんですかー?」


 やはり聞かれたか、と俺は半分諦めの境地だった。

 だが、ありのままを話すには心が軋む。


「ああ……妹が一人、な。長いこと会ってないが」


 この話題は避けたい。

 俺は強引に話を変える。


「そういや、イシュっていま何歳なんだ? かなり若そうに見えるが」


 そう言われたイシュはこころもち顔をしかめた。


「よく言われるんだがな……俺は、これでも24だ」


 意外だった。中性的な顔立ちと、男にしては細すぎるシルエットから、かなり若いと思っていたからだ。もしかしたら、10代かもしれんと。


「ええっ!? 私より、四つも上なんですかぁ?」


 ルルエがストレートに驚いていた。

 しかも、語尾が若干怪しい。顔を見れば、ほんのり赤くなっている。

 そろそろ酒と水をすり替えるか。


「なに、それで20歳なのか!」


 イシュがカウンターで驚いていた。


それ・・って、どういう意味ですかぁ?」


 ルルエのどこかをえぐりこんだようだ。

 若干、目がすわっている。


「ぬ……それは……落ち着いた風格と、確かな知識。とても、20歳には見えないという意味だ」


 こいつ、やりおる!

 この一瞬でルルエの声色と表情から、「これ掘ったらアカンとこや」と嗅ぎ付けて、咄嗟に褒める方向へと切り替えた。

 16人兄弟ということは、女の兄弟も多いのだろう。確かな実戦経験に裏打ちされた見事な返しだった。


「にょへへへ、そうれすかぁ? ちょっと照れますねえ」


 ルルエはおだてられてご機嫌になったのか、手に持っていた酒を一気にあおった。

 あ、取り返しのつかない量を飲みおった。

 奮発したと言っていただけあって、今日の酒はいつもの安っぽいエールと違って、アルコール度数が高い。

 ルルエはさらにご機嫌の様子で、俺にからんできた。

 ぐでーんとしなだれかかってきて、分厚い胸部装甲が俺の装甲とおしくらまんじゅうをはじめた。当然、硬度の低いルルエの装甲はぐにゃんと形を変えて横に広がる。


「それでぇ、テツオさんは、何歳なんれすかぁ?」


 ちらっと恨みのこもった目でイシュを見つめる。目なんかないんですけどね。

 俺の視線に気づいたイシュは、さっと目を逸らした。

 

 俺の目の届かないところでルルエに酒を飲ませてはならないと心に誓う。

 この子、大学のサークルとかに入ったら、あっと言う間に狼共の餌食になっちゃう子だわ。マジで気をつけないと。間違いを起こしてしまったら、佐々木さんに申し開きのしようがない。

 

 俺は一瞬躊躇したが、ここで嘘を言っても意味がないと思い、


「……31だ」


 俺の言葉に、イシュとルルエがポカンとした。

 そりゃね、顔なんか見えないですもんね。実際、ないですし、おすし。

 自分で言うのもなんだけど、年齢の割りには軽いしゃべりだと思いますよ。


「てっきり同じぐらいだと思っていたが……」


 イシュの反応は正しいと思う。

 そんな彼が俺の顔を見て、ぼそっと呟いた。


「テツオ……さん」


「ヤメテ!」


 さすがに、今さら年上ぶるつもりはないので、今まで通りでいてほしい。


「ええぇぇ、そんなに若かったんですかぁ!?」


 ルルエはどうやら、一般的な感性を持っていないようだった。


「いくつぐらいだと思ってたんだ?」


「えっとー、おとーさんと同じぐらいかと。私をひろったのがー、31のときだっていってたからー、46歳?」


 ダブルの意味でショックを受けた。

 佐々木さん、リアルだと俺と同い年だったのか。しかも娘いるとか。完全に負けた感がある。

 そして、俺、46歳認定。


「……俺、そんな歳くってるように見えるか?」


「いやだって、お父さんと同じ顔だし~」


「顔かよ!」


 ザン機甲兵って、フレームの違いによるシルエットの違いはあるけど、顔はあんま差がないんだよなあ。みんなロボット顔というか。


「あれ、でも、そっか~。お父さんって年齢じゃなかったんですねえ……」


 なるほど。俺はお父さんと同じ顔だから、お父さんと同い年だ。

 だから、俺も「お父さん」だったんだな。


 ルルエはにへらっと笑って、俺の腕に巻き付いてきた。


「じゃあ、お兄ちゃんですねぇ」


「やめろ!」


 俺は反射的に、低い声で怒鳴ってしまった。

 

 場が静まり返る。


「あー、俺、そういう柄じゃねえからさ。今まで通り、お父さん扱いでいいぞ?」


 慌てて取り繕う。

 だがルルエはどこか怯えた様子で、俺の腕から離れ、藁の上にペタンと座った。


「ごめんなさい……」


 大きな瞳に涙を溢れさせ、幼子のように頬に手をあてる。


「ごめんなさい……私を嫌いにならないでぇ……」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら、泣き始めた。

 絡み酒の末に、泣き上戸か。

 俺は内心で苦笑を漏らしつつ、ルルエの頭を優しくなでる。


「安心しろ。お前を嫌ったりなんかしない。これからも、一緒に旅をしような」


 俺がそう言うと、ルルエは涙をふりまきながら、俺に抱き着いてきた。

 あいかわらず、ゴッという音を立てて俺にしがみつく。


「ふえぇ、お父さん大好き」


 ぐりぐりと俺に顔をこすりつけ、しばらくじっとしていた。かと思えば、スコーという寝息が聞こえてきた。


「なんやねん!? 寝つきよすぎだろ」


 俺は寝てしまったルルエを藁の塊の上にそっと寝かせる。風邪をひかないよう、藁を厚めにかけてやる。


 そんなルルエを見て、イシュが苦笑を漏らす。


「まるで子供だな」


「まるで、じゃないな。子供なんだよ」


「20歳にもなってか?」


 多くの兄弟に揉まれてきたイシュには想像しづらいだろう。

 俺は、ルルエの生い立ちと、ここに至るまでの経緯いきさつをかいつまんで説明した。

 その孤独に満ちた歴史を。

 彼女の心の闇と怖れの深さに俺は理解がある。何故なら、身近にそういう存在がいたからだ。


「なるほどな……孤独、か」


 共感はできないまでも、分かりはしたようだ。

 イシュはそう呟いた。


 それから、俺とイシュは男二人で酒を酌み交わした。

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