第45話


 始業式から1週間が経っているが、あの子はあれ以来一度も学校へ来ていなかった。

 連絡を入れても返事はなく、土曜日にいつも路上ライブをしていた公園へ行ってもその姿はない。


 彼女の背中を前に押したつもりでいたのに、その反動でこちらが後ずさってしまったのだろうか。


 大粒の涙を流す姿を思い出すだけで後悔して、あの言葉を全て撤回したくなってしまうのだ。

 

 もしかしたらもう、辞めるから学校には来ないつもりなのかもしれない。

 芸能活動を認められている高校へ転校して、そのまま離れ離れになってしまうのだろうか。

 

 愛想を尽かしたから、電話にも出てくれないのだろう。


 考えればどんどん悪い方向に妄想して、涙を流してしまいそうになるのだ。

 自分で選んだ道のくせに、少しでも気を抜けば彼女に縋りたくなってしまうだなんて、本当に格好が悪い。





 週明けの月曜日、ようやく彼女が学校へ姿を表したというのに、互いが声を掛け合う事はなかった。


 朝の挨拶もせずに、昼休みには空き教室へは行かず一人で食堂にてお弁当を食べたのだ。


 なつめにとって良かれと思った言葉は、きっとリアにとっては酷く鋭いナイフのようで。


 彼女の心を傷つけてしまったのだとしたら、嫌われていたとしても不思議ではない。


 放課後になって逃げる様に下駄箱へ向かっていれば、背後から声を掛けられる。


 恐る恐る振り返れば、今日一日避け続けていたリアの姿があった。


 「なつめちゃん、話がある」


 腕を掴まれて、こちらの返事も聞かずにスタスタと歩き始めてしまう。


 必死に足を進めていれば、到着したのはいつも訪れている空き教室だった。


 「なに、話って」

 「……ずっと考えてた。自分がどうするべきか」


 それはなつめも同じだった。

 彼女と会えなかった1週間、何が正解なのかずっと頭を悩ませていたのだ。


 正論か、理想論か。

 夢を追いかける上でどちらを優先すべきなのか、きっと大人が見れば答えは一つなのだろう。


 彼女がどんな答えを導き出すのか、聞くのが怖いと思ってしまう。

 もう歌手デビューするから転校するなんて言われてしまえば、寂しさで耐えられる自信がない。


 やっぱり一緒にいたいと、気づけばそればかり考えてしまっている。


 自分の我儘を彼女にぶつけてしまいそうで、今日一日ずっと避けてしまっていたのだ。


 「……ねえ、なつめちゃん。なつめちゃんの人生を私にちょうだい」

 「は……?」

 「もっとたくさん作詞の勉強して。そして、なつめちゃんの書いた歌詞でデビューさせてくれる所探そう」


 リアの言葉を一文字ずつ噛み砕いて理解しようとするが、言っている意味が分からない。


 ハルフキリアが多くの人に愛される最短ルートから、彼女は外れようとしているのだ。


 「何言って……」

 「私はなつめちゃんの描く歌詞が好きなの」

 「……ッ」

 「これから先、他の人が描いた詩を私の曲に乗せたくない。一生…なつめちゃんと一緒に曲を作っていきたいの」


 深々と頭を下げられて、信じられない気持ちで彼女をじっと見つめていた。


 「……だから、お願い。絶対幸せにするし、後悔もさせない。万が一があったら私が守るから…私と一緒に生きて欲しい」


 勝手に溢れ出していった雫を拭う間も無く、更に涙がこぼれ落ちる。


 涙というのはこんなにも温かかっただろうかと戸惑いながら、優しい笑みを浮かべてしまうのだ。


 「……それじゃあ、プロポーズじゃん」

 「まあ殆ど同じようなものだし…」


 返事が気になる様子で、こちらの反応を伺っているが、答えは一つに決まっている。


 まだ自信があるわけではないけれど。

 あのリアが太鼓判を押してくれたのだからと、頑張りたくなってしまう。


 なつめだってリアと一緒に歌を作ることが楽しくて仕方なかった。

 夢中になって、生きている実感を得られる。


 彼女と同じくらい、なつめも曲作りの魅力に取り憑かれて愛してしまったのだ。


 「……何年掛かるか分からないよ?」

 「いつまでも待つよ」

 「この機会を逃したら、次がいつかも分からない」

 「もう断ったし」


 忘れていた。

 雅リアというのはこういう女性なのだ。


 自分の中に一本筋が通った信念があって、誰に何を言われても譲らない。


 側から見れば曲げてしまえばいいと思う拘りを、いつまでも大事にし続ける。


 綺麗なピンク色の髪は、彼女自身を表していたのかもしれない。


 「じゃあ、雅の人生は私がもらったから。後からやっぱり他の人になんて言わないでよ」

 「当たり前じゃん!なつめちゃんこそやっぱり無理とか言わないでよ?」

 「はあ?そんなわけないじゃん」


 二人で顔を見合わせあってから、引き寄せられる様に唇を重ねる。


 それがまるで誓いのキスのようだと思いながら、じんわりと胸が温かくなるのを感じていた。

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