第19話
中々寝付くことが出来ずに、暗闇の中手を伸ばしてスマートフォンを手に取る。
液晶画面の眩しさに目を細めながら、悩んだ末に動画投稿サイトを開いていた。
いつもだったらお気に入りのアイドルソングを聴いていたが、今夜はこっそりとチャンネル登録しておいたあの子のページをクリックする。
相変わらず2件しか投稿されていないが、以前より再生回数は伸びている。
クリックすればギターの伴奏の後、彼女の綺麗な声がイヤフォン越しに聴こえてきた。
「…やっぱり綺麗」
透き通っていて綺麗なのに、高音ばかりに頼っているわけではない。
繊細でしっかりと感情が乗せられている彼女の歌声は、とても耳心地が良いのだ。
天性的な才能で、唯一無二の歌声。
きっかけ次第では、もっと人気になってもおかしくない。
こんなにもあの子の歌声に虜になっていることを知られよう物なら、全力でこちらを揶揄って、その反応を楽しんでくるだろう。
「……っ」
だけど本当は、分かっている。
今日だってカラオケの料金は殆ど雅リアが払ってくれた。
ああやって意地悪ばかり言ってくるけど、本当はなつめに危害を加えるつもりなんて全く無いのではないだろうか。
「だったら、なんで…」
最初から、真正面からぶつかってきてくれたら。
脅しではなくて「友達になろう」と友好的に距離を詰めてくれたら、今みたいに口論ばかりでは無い、良い友情関係になれたりしたのだろうか。
所詮はタラレバ論で、言っても仕方ないことくらい分かっている。
優しい彼女の歌声に、少しずつ眠気に襲われ始める。
ぐっすりと眠りに付くまでの間、あの子の歌声に包み込まれていたことだけは、絶対に知られたくなかった。
お気に入りの洋服をいくつもベッドの上に並べて悩み始めて、既に30分は経過していた。
早くしなければ約束の時刻が来てしまうというのに、一向に決まらずに頭を悩ませているのだ。
「どうしよう……」
学校が休みの休日に、雅リアの家で彼女と勉強会をする約束をしているのだ。
体育着とジャージを貸してもらったお礼に、中間テストに向けて勉強をする予定だった。
可愛らしいデザインのワンピースはいかにも女の子らしく、お気に入りのロングスカートもラインが綺麗に出る。
どれも王子様とは程遠いデザインで、どの服を着れば良いのか困り果ててしまっていた。
ため息を一つ吐いていれば、棒アイスを片手に持った妹が部屋に現れる。
「これ借りてた漫画返すね…あれ、お姉ちゃん出掛けるの?」
「ちょっとね…クラスの子と勉強会するんだけど……」
「行きたくないの?」
「どんな格好で行けば良いか分からなくて」
ゆるいキャラクターが大活躍する漫画を受け取ってから、一番下の本棚に仕舞う。
しっかり者の妹は、姉以上に本質を見抜いて的確なアドバイスをくれた。
「友達なんでしょ?」
「え……」
「一緒に勉強会するくらい仲良しな子だったら、お姉ちゃんがどんな服着てきても何も思わないって」
言われてみれば至極当然の言葉が、ゆっくりと腑に落ちておく。
リアは人を揶揄うのが好きな自由人だけど、こちらが絶対に嫌がることはしてこない。
それはここ最近の彼女の言動を見て、十分に痛感したことだった。
手を伸ばして、最近一番気に入っているネイビーカラーのワンピースを掴む。
前髪もコテで軽く巻いて、応援している女優がプロデュースしたリップを塗った。
ビューラーで目元をぱっちりさせて、アイシャドウは妹から貰った物を使用する。
トートバッグを抱えて一階に降りれば、ひょこっと顔を出した妹から最上級の褒め言葉をもらった。
「めっちゃ可愛いじゃん」
きっと側から見たらそこまで変わらない薄化粧だというのに、それだけでシャンと背筋を伸ばして前を向けるような気がしてしまう。
可愛くなろうと暗示を掛けながらメイクをすることで、自分のことをより好きになれるのだ。
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