第113話 阿部翔子

 私は胸が大きいのがコンプレックスで、いつも目線を下にして背中を丸めている。

 周りを見渡せば私の胸に目線が集まっているのが判るから。

 なので、姿勢が悪いとよく言われる。


 姿勢が悪いと陰キャに見られ、おっぱいだけが取り柄の女だと言われ、それで萎縮して、何をしても上手くいかなくなり、笑う事も少なくなった。


 すると今度は笑わない女だと言われ始め…

 もう自分に自信が持てない。



 あの日私は土曜日に出勤して職員室の自分のデスクで書類整理をしていたら、来客があった。

 美人で有名な生徒の片山さんと、お婆さんと、遠山と名乗った怖そうな男の人…。

 門川先生が対応してる。

 


 校長室に入って行ったので、お茶でも入れようかと思ったけど、少し様子がおかしい。

 聞き耳を立てると、イジメの話みたい。

 片山さん、イジメられてたんだ…。


 お茶をどうしようか考えていたら、イジメの証拠隠滅の話になっていった。

 こんな会話、聞いちゃマズかったんじゃ…

 聞き耳を立てた事に後悔していたら、怒鳴り声が聞こえて来る。

 どうしよう、誰か呼んだ方がいいのかな…

 

 そこで背後に気配があったので振り返ると、理事長が立ってた。

 

 「あら阿部先生、どうしたの?

 校長室から怒鳴り声が聞こえたけど。

 どうしたのかしら?」


 「…あの、実は、イジメを受けた生徒と家族の方が来て、校長先生と門川先生と口論になってて…」


 そこで、


 『どうして被害者である彼女の事を、1番に考えてやらねーんだ!』


と今日1番の怒鳴り声が聞こえた。

 多分、遠山という人の声だ。

 

 「あらこの人、良い事言うわね。

 解りました、後は私に任せて。」


 理事長は、そう言いながら校長室にノックをして入って行った。



 そしてその後で校長先生と門川先生が出て来て青ざめた顔をしながら、


 「マズいマズい、マズいぞ…どうする…

 握り潰すのに白石の手を借りるか…

 しかしあの男は警察の様だし、証拠はまだあると言っていた…

 あぁ、もう俺は終わりなのか…

 俺はどうすれば…」


 この頭を抱えながらの校長先生の独り言で、遠山という人は警察官だと知った。


 片山さんとお婆さんと遠山さんは先に帰って行ったけど、この遠山さんという人は、会話から判断するに凄いキレ者だ、尊敬に値する。

 顔は怖いけど…。


 

 後で理事長に聞いた話だと、片山さんが自殺しようとしたのを遠山さんが止めたそうだ。


 …そうなんだ…

 遠山さんが、あれだけ怒鳴るのは当たり前だ…


 私は間違っていた…学校はイジメを穏便に済ます所では無い。

 そして、勉強だけを教える場所でも無い。 

 場合によっては人の命に関わり、その命の大切さも教える場所なんだ…。

 

 仕事は違うけど、私はあの人に素晴らしい事を教えて貰った気がする。

 今度会う事があったら、あの人と色々話をしてみたいな…。



 体育祭の日、私は自分の受け持ちのクラスを見回っていたら、スマホを生徒に向けていた男性がいたので背後から声を掛けた。

 許可が無ければ画像は消してもらわないと…。


 あれ…その男性には、見覚えがあった…。

 あ…会えた…遠山さん…

 顔は怖いけど、尊敬出来る凄くいい人…。

 遠山さん、と声を掛けたら不審な目で見られた。

 ついでに私の胸も見てる…

 でもすぐ目線を外したから、良識のある人なんだ、やっぱり。

 中にはガン見する人もいるから…。

 初めて会った訳じゃ無いけど、以前職員室で私が一方的に見かけただけだから、初めまして、と挨拶した。

 話してみたら、やっぱり真摯で誠実な方だった…

 片山さんの親戚なんだ…

 なんか、顔とかじゃ無くて、人としてカッコイイ…。

 何とか連絡先の交換が出来たけど、連絡してくれるかな…

 やっぱり私には魅力が無い…?



 学園祭の初日…遠山さん来ないかな…

 開門時間にフラッと正門に行ったら、いた…!

 でも、写真部の二上さんが抱き付いてる…どういう事…?

 やっぱり若い子がいいのかしら…悲しい。


 遠山さんが校内に入って来たので挨拶する。

 遠山さんは二上さんの事を必死に誤解だと説明して来る、可愛い。

 遠山さんと話をしてたら笑顔になれた。


 そういえば、前回体育祭で私が遠山さんに会った後で、遠山さんと片山さんは白石さんにカッターナイフで切り付けられたんだったわ、大丈夫だったのかな…

 大丈夫だったのね、安心した。

 …私が自分の胸を撫で下ろしたら、遠山さんが私の胸を見てる…

 遠山さん、私のおっぱい好きなのかな…

 

 「…見たいですか…?」


 あっ…私…とんでもない事を言ってしまった…!

 それに次から次へとグチが口から出てしまって…

 なんか泣けてきちゃった…


 遠山さんが私の胸は魅力的だ、女性も嫉妬してるだけだと言ってくれた。

 遠山さんのオヤジギャグは後で考えればそれ程面白く無かったのに、私の中にある様々な感情が吹き出して来て、涙と共にお腹の底から笑えた。

 やっぱり私、遠山さんの事が好きみたい…。


 「…遠山さん、私は魅力的ですか…?

 …私の胸…触りたいですか…?」


 私…なんて事を聞いてるの…!

 でも、きっと優しい遠山さんなら、触りたくないとは言わないハズ…!

 これでセクハラ認定して、私のお願いを1つ聞いてもらうの。

 本当は遠山さんと2人で会いたいけど、私からデートなんて誘えない…。

 だから合コンの話をして、本命の遠山さんを狙って行くわ。


 『萎縮するんじゃなくて、自信を持ってください。

 誇りを持って、胸を張って生きてください…胸だけに…』


か…。

 フフッ、自然と笑顔になっちゃう。

 今日から早速背筋を伸ばして胸を張って生きてみます♪



 この後、彼女はメガネをコンタクトに替え、背筋を伸ばして胸を張り、遠山のくだらないオヤジギャグを思い出しては笑顔になり、遅咲きの社会人デビューを果たしモテまくるのであるが、それはまた別のお話。

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