第51話 夜景

 次に恵林寺に行った。

 心頭滅却すれば…で有名な寺だ。

 恵林寺は武田信玄の菩提寺で、信玄と奥方の墓がある。

 他には不動明王像があるのだが、この像には信玄の髪の毛が使用されているらしい、かなり迫力がある。

 この時期に行くと、信玄の墓の直近に桜が咲いていてハラハラと花びらが舞い散っているのだが、もし信玄がこの景色を見たら何と言うかな…等と思いを馳せる。


 「桃もいいけど、やっぱり桜もいいよねー。」


 「それなー。」


 

 この後は最後の目的地、山梨フルーツ公園だ。

 

 ここに来たのは有希に見せたい景色があるからだ。

 一面の桃の花からここまでの間は全部暇潰しと取ってもらってもいい。

 

 更にイチゴ狩りをして時間を潰す。

 イチゴは30分間、数種類食べれて、練乳が付く。


 「大きくて甘ーい!」


 「それなー。」


 この公園は山の上にあるから甲府盆地と山々が見えて日中の景色もいいが、日没後の夜景は最高だ、正に宝石箱をひっくり返した様な美しい夜景が味わえる。

 

 黄昏時から日没までの時間、2人で景色を堪能する。

 

 「……言葉にならないね、凄く綺麗……。」

  

 「桃の花以外に見せたかったもうひとつはこの夜景だよ。

 夜まで待たないといけなかったから、一日中アチコチ行って疲れただろ。

 帰りは車の中で寝ていけばいい。」


 「……ありがとう……

 こんな綺麗な景色、今まで見たことない…。

 お兄ちゃんに逢ってから、何だか初めて尽くしだね。

 私って、本当に他の人と較べて経験値が足りてないんだな…。」


 「有希はこれまで色々とあったからっていうのもあるけど、まだ高校生だから仕方ないよ。 

 俺だって車を手に入れてからアチコチ行ける様になったんだし。

 有希はこれからだよ。」


 「…うん、これから色んな所に連れてってね、お兄ちゃん。

 …さむーい、温めてー。」


 有希が俺の後ろから急に抱き付いて来て、俺のジャンパーの左右のポケットにそれぞれ手を入れて来た。

 ポケットの中で俺の手と有希の手が触れ合う。


 「冷たっ!

 あー、ゴメンな、気付かなくて…。」

 

 俺はポケットの中で有希の手を握って温める。


 ……ハッ!

 手…握っちゃったよ…大丈夫かな…嫌われてない…?

 俺はソーッと有希の顔を伺おうと振り返ると、有希も俺の顔をニコニコしながら下から覗き込んでいた。

 

 「お兄ちゃんの手、温かーい!

 ずっと握ってて。」


 ふぅ、よかった。

 それからそのポーズのまま、暫く夜景を楽しんだ。


 車に乗り込んでエアコンを付けると車内が暖かくなり、疲れが襲って来て俺は眠くなる。

 あー、この後結構運転するから有希には悪いけど、ちょっと仮眠させてもらおうかな…。


 「有希、ちょっとだけ寝ていいかな、帰りは安全運転で帰るけど、居眠り運転とかしたくないから…待たせるけどゴメンな、お腹空いてたら昼に買ったパン食べてて。」


 「うん、解った。どのくらいで起こせばいい?」


 「1時間しても起きなかったら起こして。」


 「はーい。」






 「……お兄ちゃん、寝た?」


 返事がない、ただのしかばねの様だ。

 

 有希は車窓から夜景を眺めながら、寝ている真之に話し掛けた。

 

 「お兄ちゃんの魂はさ、きっととっても綺麗だよね。

 お兄ちゃんの魂は何色なのかな。

 お兄ちゃん、顔じゃないんだよ。

 そこんトコ、解ってるの? 

 ん?

 ウリウリッ。」

 

 有希は真之のほっぺたをグリグリと軽く指でもてあそんだ。

 

 「うっ…うーん…。」

 

 それでも真之は起きないので、有希は真之の顔を覗き込んだ後、顔を桜色に染めながら左頬に接吻くちづけをした。


 「チュッ。

 今日のお礼だよ…。

 私、こんな事したの初めてなんだからね…。」


 有希は助手席のシートに身体を沈めると暫く考え事をした後、


 「……決めた。」


と一言漏らした。


 真之が寝てから1時間後、有希が真之を起こし、車で高速道路と有料道路を使って仙石原に帰った。

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