第8話 兄弟だけの秘密

「後悔なんてするなら、次に向けて頑張った方がいい」


 そう言って俯いた少女の顔には、どこか儚げな寂しさが浮き出ていた。


「お前に何がわかるんだよ…何が後悔なんて意味が無いだ…次に向けて頑張った方がいいだ……そんな事…家族を失って無いから言えるんだろっ!」


 声の大きさと共に、少女の胸ぐらを掴む力も強くなる。

 そうだ…何が後悔なんてするなだ…ふざけるな…知ったような口聞きやがってっっ!

 心の中でそう啖呵を漏らす。

 そうだ、何で赤の他人のあんたに知ったような事を────


「一緒だよ」


 ふと少女は、優しく、俺に告げた。

 そして俺が俯き気味だった顔を上げると、少女は…綺麗な頬に一筋の水滴を垂らし、静かに泣いていた。

 一緒だよ。その言葉の意味は、改めて噛み締めたら、嫌という程よく分かった。

 なんで、そんな事に俺は今まで気づかなかったのだろう…。


「っっ……すまない…」


 そう。少女もまた、家族を失っていたという事に。

 いくら少女が特別だとしても、少女の家族まで特別だとは限らないのに────俺がそうであった様に。

 俺…最低な奴だな…。

 俺は謝りながら、全身の力がーーこれまでのあらゆる疲労や、和葉を失った事による悲しみが出て来た様に、気だるげにその場に膝を着く。


「うぅぅ…」

 少女が現れた事で忘れていたーー否、忘れようとしていた悲しみが、今、心の堤防が決壊した様に、尽きる事なく溢れ出る。


 フヮ……


 ふと、泣きながらうずくまる俺の頭に、柔らかいものが覆いかぶさった。

 しかしそれにはしっかりと温もりがあって、今まで感じたことが無い────いや、長らく感じていなくて忘れていた、愛情の様な温もりが。

 いわゆるそれは、愛情とは言わないのかもしれない。

 もしかしたらそれは同情なのか…それとも。

 しかし今の俺にとって、そんな事はどうでも良かった。

 少女は黙って、俺を抱きしめてくれた。

 その事実だけが、俺の新たな希望になる気がした。


「うぅ…ぅ…」


 気づけば俺は、泣きながら、俺を抱きしめてくれた少女に抱きついていた。


「うぅ…うっあぁぁぁぁ…うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 そして、泣いた。

 もう我慢なんてせずに、泣いた。

 その涙は、両親を失った時に出なかったものが、今になって溢れ出てきた様な…そんな涙だった。


 …ーー1週間後


「本当に私と仲間になってくれないの?」


 風牙は尚も、俺をつぶらな瞳で睨みながら言ってくる。


「だから何度も言ってるだろ?…俺は…もう…」


 1週間前のあの日、涙とともに全て吐き出したつもりだったが、流石にまだ、俺には時間が必要らしい。

 そんな事思いながら、墓と言うにはちっぽけな──和葉の亡骸が埋まっている所で、少し土を触ってから、静かに手を合わせた。


(…和葉…俺はこれから…どうしたら良いのかな…)


 俺は心の中で────もう返事は帰ってこないと分かっていながらも、和葉に喋りかける。


(あの後…和葉に似た少女に会ったよ。…それでさ、俺と仲間になって欲しいって言うんだ…)


 おかしいよな…と、心の中で漏らす。


(でもさ…俺…もう親しい人を亡くしたく無いんだ…)


 どうしたら良いのかな…和葉……。


 そう、帰らぬ人となった────愛する妹に、藁にもすがる思いで聞いていると、


 サヮ…。


 隣りで何やら、丘の草におりた薄い霜が潰れる音が。


「…?」


 俺が不思議に思い横を向くと、そこには。


「そこら辺の礼儀は分かってるんだな」


「君が私の事をどう思ってるかはよくわかったよ」


 そう言って、俺の隣で和葉の墓に手を合わせる風牙と軽口を挟む。

 1週間前、風牙の胸で号泣したあの日から、風牙は何故か俺に付きまとっているが、どうやら相当気に入れられたらしい。

 もしかしたらそれは、境遇が同じ者同士何か通じるものがあったのかもしれないが、今の俺にはそこまでは分からなかった。

 こいつと本格的に仲間になればそれも分かるようになるのかなと、少し思ってしまう俺は、愚かだ。


「和葉ちゃんは…どんな子だったの…?」


 ふと風牙は、そんな事を聞いてくる。

 どんな子…と言われてもなぁ。


「笑顔がめっちゃ可愛い」


「なるほど、りくは妹の愛想笑いが好きと」


 言ってどこからか取り出したメモ帳に何やらメモっている風牙に、「おい、和葉はそんな子じゃないぞ」と突っ込んでいると。

 …ふと、


(────)


「…!」


 サァァァァァァァァァァァ……………


 ふと…和葉の声が聞こえた気がした。

 しかし和葉の墓石の方を見ても、そこにはヒヤリとするそよ風が吹くばかりである。


「なんだよ和葉…お前がそんな事言うなんてな…」


「…?」


 俺の不思議な独り言に、風牙は隣で顔をきょとんとさせている。

 でも…そうか、和葉にあんな事言われちゃ…しょうが無いな。


「なぁ風牙」


「ん?」


「俺、仲間になってやってもいいぜ」


 ……。


「……なるほど、りくはロリコンと」


「お前が仲間になりたいって言ったんだろうが」


 突然心境が変わった俺に、少し疑いの目を向けながらも風牙は、


「そっか…。じゃあ心優しい私は、独り身の悲しい君の身元引受人になってあげるよ」


 少し引っかかる事を言いながらも、俺と仲間になる事を了解したのだった。


「でもなんで急に…?」


「さぁな…」


 言いながら俺は、墓の前でよいしょと立ち上がる。

 もう、後悔はしない。…なんて言いきれないかもしれないけれど、生きている限り、俺はせいぜい足掻くとする。

 そう、これはもう本当に、俺達だけのいる世界。

 本当に、俺達だけの物語なのだから。


「不思議な事もある物だね、あれだけ否定的だった君が急に了解的になるなんて」


 あの世の和葉ちゃんになんか言われた?と、冗談口調で続ける風牙の予想は、あらがち間違っていないのかもしれない。

 でも…。

 …あの時和葉に言われた事は、俺達兄弟だけの秘密にしておこうと思う。

 もし言ったら俺は、風牙に笑われそうだから。


「で、これからどうするんだ?」


 俺は話題を逸らすようにそう言い放ち、立ち上がったことにより目線が上目遣い気味になった風牙に問う。

 すると風牙も俺に合わせる様に立ち上がって、


「まずは研究所に行こう」


「研究所?」


「うん…パパの仕事場」


 もしかしたらそこで、奴らに対抗出来る方法が分かるかもしれないと、風牙は言った。

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