15話 初めてのキス・涙のスパイス添え




 観覧車を降りて、再び屋根下に戻った。


 閉園時間も近くなって、お客さんも少なくなったから、お店は閉めてしまったらしく、テント下に並んだテーブルには誰もいなかった。


 お兄ちゃんは自販機のジュースを私にくれて、今度は隣に座る。


「驚かせてごめんな。この前の夜に桜から告白されたとき、伝えてやればよかったんだけど。まだ桃葉さんに答えてなかったから。待たせてごめんな」


「じゃあ、今日は……? 桃葉さん、最初からそれを聞くために?」


 せっかくのデートだったのに、こんな場所でそれを聞かされて帰るのはあんまりだと思う。


「桃葉さんは初めから分かってくれていたよ。桜には敵わないってずっと言ってた。今日のは、最後の記念にって前から決めていたんだ」


「桃葉さん、そんなことないのに……」


「桜を幸せにしてあげてくれとさ」


 じゃあ、さっきの去り際に、「秀一さんをよろしく」って言ったのは、私へのメッセージだったんだ。


「ずっと妹扱いで、言えなくてごめんな」


「ううん、私も変な誤解していてごめんなさい」


「仕方ねぇよ。さすがに今年受験生の桜に告るわけにはいかないしさ。来年まで待つつもりだった」


 学生時代、異性を意識しはじめてからずっと、私しか見えていなかったって。


 何度か他の女の子とも付き合ったけど、結局は私に戻ってきてしまったとお兄ちゃんは照れながら話してくれた。


「私も、何度泣いたか分かりません……。でも、もう泣かなくていいんですよね」


「そうだな。あとさぁ、その敬語ももう要らないだろ?」


「そうですけど……。このままでもいいかなって。どっちかと言えば、呼び方ですよね……。少しずつ……秀一さん……て呼んでもいいですか?」


「そんな呼ばれ方したら、抑えが利かなくなるぞ?」


 私の体をこれまでにないくらい、ぎゅっと抱き締める。


「桜、待たせて悪かったな」


「ううん。秀一さん、目をつぶってくれませんか?」


 お兄ちゃんは言われたとおりにしてくれる。私はつま先立ちにさらに背伸びをして、唇を合わせた。


「桜……」


 お互いに恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。


「以前の約束どおり、私のファーストキスです。大事にしてくださいね。でも下手ですね私って」


「少しずつ上手くなるよ。それは俺で練習すればいい」


「うん、それでいいんですね」




 帰りに、二人で駅前のショッピングモールに寄った。


 あの水着を買ったときに、一人で来ていた場所。


「あの時は一人でクレープ食べて、ドーナツ買って帰りました」


「男でも厳しいのに、女の子一人はキツいな」


 夕方でに加えて夕立のせいもあって、みんな屋内に入っていたから、あの日よりも人通りが多い。


「桜は俺の好みをよく覚えてるよな」


 あのドーナツ店の前、今度は二人で味を選べる。


 あの日と同じお店で同じものを買うのに、こうも気持ちが変わるのかと面白くなってしまう。


 雨上がりの帰り道、バスは乗らずに手を繋いで歩いた。


「桜、お前この前の奴に告白とか思ってなかったか?」


「祐介くんですか? もし今日の結果ではっきり振られたら、そうしようかとも思ってました」


「そうか。間に合ってよかった……」


「でも、そんな中途半端な気持じゃ失礼です。きっと上手くいかなかったと思います。ねえお兄ちゃん…… もう、直さなくちゃ……」


「慣れるまではしばらくかかりそうだな? ごめん、どうした?」


 やっぱり私にはこの呼び方がまだ自然らしい。


「私ね、お兄ちゃんの妹でよかった」


 この立ち位置にいることに、何度もいろいろな意味で泣いた。


 それも、今の嬉しさを得るためには必要なスパイスだったのかもしれないよね。

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