8話 私の役目は給食のおばさん!
「桜、寝坊は罰金だぞ」
お兄ちゃんが運転席。佐紀をはじめとするメンバーは後部座席でワイワイと……。
「ごめんなさい……」
そんな私は助手席。それにほぼ素っぴんだったりするのは……。
「昨日、遅くまで起きてただろ?」
「はいぃ……」
正確に言えばそれも不正解。実は一時間も目をつぶっていない。
いつまでも、ごろごろ寝付けなくて、気がつけば時計は夜中を指していたし。
お兄ちゃんが、朝になってもカーテンが開かない私を心配して部屋にやってきて、叩き起こされたというのが、今朝の騒ぎだった。
「桜、なんか調子悪いのか?」
「だ、大丈夫だと思います……」
寝不足だもん、仕方ない。
こんな顔じゃお店にも出られないから、かえってこっちの方が助かったけど。
「少し寝ていけ」
「はい。そうします……」
きっと、お兄ちゃんは罰ゲームと称して、逆に静かな助手席にしてくれたんだと思う。
高速道路の一定の振動に揺られて、私は寝息をたてていたみたいだった。
「桜、起きろ。着いたぞ」
気がつけば、車は止まっていて、後ろから聞こえていたみんなの声もなくなっている。
「ごめんなさい」
「少しは寝れたか?」
「はい。助かりました」
「海は厳しいかもな」
「そうかもしれません……」
お兄ちゃんは車から私の分も荷物を下ろしてくれていた。
「桜、大丈夫?」
着いて早速水着に着替えた佐紀を筆頭に、みんなも海に行く準備をしているみたいだ。
「うん、昨日の夜から女の子の日になっちゃって……」
「あー、それは悲惨だわ。じゃ水着も無し?」
「うん。お昼と夜のごはん用意しておくから、遊んできていいよ」
材料はお父さんが下ごしらえしたものをたくさん持たせてくれたから、私でも少し火を通せば準備できる。
「野崎先輩、調子悪いなら手伝います」
祐介くんが心配そうに言ってくれた。
本当は、私への告白があんなふうになっちゃって、来にくかったかも知れないのに。そう言えば彼にもきちんと謝っていない。
「大丈夫。ゆっくりやるから。ありがとうね」
正直、少しの時間でもいいから一人になりたかった。
みんなを送り出して、私はコテージに一人残って食事の用意をする。
お店でもお父さんが忙しい時は私も厨房に入るし、飲み物やデザートなどは私が盛り付けまで担当する。
作業をしていると、目の前のことに集中できるから、迷いや嫌なことも一時的にだけど忘れることができる。
「さーくら」
「きゃっっ!!」
急に首筋に冷たいものを当てられた。
「お兄ちゃん!? もぉ、いたずら好きなんですから……」
私の好きな桃のサイダーを持ってきてくれていた。
「ほら」
「ありがとう……ございます」
ペットボトルを開けて、喉に流し込んだ。
「どうだ。少しは楽になったか?」
「はい。だいぶ楽になりました」
「この間からなんか変だぞ?」
分かってる。あの日から、これまでとは少しずつ道が曲がってきたことに。
「お前、あいつが気になるのか?」
お兄ちゃんは祐介くんのこと気にしてるのか。確かにそれも全く影響が無い訳じゃない。私も告白されることなら、祐介くんが初めてではなかった。
「大丈夫です……えっ?」
私はお兄ちゃんに抱き締められていた。
「桜、無理はするな。嫌なら嫌と言えばいい」
胸の鼓動が一気に早くなった。
大きなお兄ちゃんにくるまれると、緊張が一気に解けて、同時に体の力も抜けてしまう。
「はい……。でも、今は嫌じゃありません……」
「ん?」
本当なら、ずっとこのまま温めていて欲しいくらい。
「ちょっとの間でいいです……。このままでいいですか?」
「そうか……」
お兄ちゃんの手に力が入るのが分かる。
「この前から、ごめんなさい。私は弱いですね……」
「言っただろ。桜は桜だって。恥じることはない」
「はい……」
表からみんなの声が近づいてきて、お兄ちゃんもさっと私から離れる。
みんなが部屋に入ってくる頃には、私たちはどちらも何事もなかったように作業に戻っていた。
「やっぱ、桜がいるとご飯が楽だぁ!」
「どうせ私は給食のおばさんだって」
なんだかんだ言って私をメンバーから外さなかったのは、こういう魂胆が見え見えだったものね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます