第24話 確かめたい気持ち


 それかられんは、大橋が再び花恋かれんに告白したことを話した。


「そうなんだ。大橋くん、やっぱりれんのこと、忘れられなかったんだね」


「やっぱりって……れんくん、他人事ひとごとみたいに言わないでってば。これって私たちの未来なんだよ」


「それは分かってるんだけど……でもね、大橋くんの気持ちを考えるとね」


「ほんっと、れんくんってばお人好しなんだから」


「ははっ、ごめん」


花恋かれんさん、これから大橋くんと会うらしいの。そろそろ告白のこと、ちゃんと答えなくちゃいけないって言ってた」


「……そうなんだ」


「でも花恋かれんさん、今でも蓮司れんじさんのことが好きだって言ってた。その言葉に嘘はないと思う。ひょっとしたら花恋かれんさん、蓮司れんじさんを待ってるんじゃないかって思うの」


「……」


蓮司れんじさんだってそう。今でも花恋かれんさんのこと、好きだって言ってくれた。ほんと馬鹿みたい。お互い想い合ってるのに、すれ違ったまま生きてる」


「だかられんは動こうとしてるんだね」


「うん。だっておかしいじゃない。想い合ってるのに一緒になれないなんて。だから私は、二人が自分の気持ちに向き合うきっかけを作りたいの。

 それにね、このままだと花恋かれんさん、大橋くんの告白を受けてしまうような気がするの。大橋くんはいい人だし、それに花恋かれんさん言ってた。いつまでも過去に縛られてちゃいけない、気持ちを切り替えて、新しい挑戦をしなくちゃいけないって」


花恋かれんさんの気持ち、ちょっと分かる気がする」


れんくん?」


「生きてる限り、僕たちは前に進まなくちゃいけないんだ。勿論過去も大事だよ。過去があるからこそ、今の僕たちがあるんだから。でも過去に縛られて立ち止まっていたら、それは後ろ向きに人生を歩いてるのと同じだと思うんだ」


「じゃあれんくん、花恋かれんさんが大橋くんと付き合ってもいいと思うの?」


「大橋くんはいい人だよ。彼と付き合えば花恋かれんさん、きっと幸せになれると思う」


「酷いよれんくん。私との関係、そんな風に思ってたの?」


「違うよ、れん。今のは僕たちのことじゃない。蓮司れんじさんと花恋かれんさんのことなんだ。少なくとも二人は今、別々の道を歩んでいる。同じ未来を見てたかもしれないし、今でも気持ちはあるのかもしれない。でもそうだとしても、結果的に別れてしまった。そう考えたらね、花恋かれんさんの決断が間違ってるとも思えないんだ」


れんくん……私が二人の問題に介入すること、本当に賛成してくれてるのかな。もう一度聞かせて欲しい」


「僕にとっては、れんの気持ちが全てなんだ。れんがそう望むのなら、僕は協力を惜しまない」


「……」





 れんの口癖。「れんを守りたい」「れんの全てを肯定する」。

 その言葉にいつも満足していた。

 れんはどんな時でも、自分を応援してくれる。それが嬉しかった。


 でも今、れんはその言葉に苛立ちを覚えていた。

 私が今欲しいのはその言葉じゃない。そう思っていた。

 れんの言葉には、彼自身の気持ちが入っていない。

 彼が何を思い、どうしたいのか。それが伝わってこない。

 花恋かれんが感じていた蓮司れんじへの不信感、その気持ちに少しだけ近付いているような気がした。





れんくん、お願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな」


「いいよ、何でも言って。と言うかれん、そんな改まって言わなくてもいいよ。僕はいつだって」


「キスして」


「え……」


 勇気を振り絞って言った願いに、れんは言葉を詰まらせた。


れん、今なんて」


「キスしてほしい、そう言ったの。本当はこんなこと、女からせがむものじゃないって思ってる。でも私は今、れんくんにキスしてほしいの」





 不安な気持ちを消し去りたい。その為に確かめたい、そう思った。

 蓮司れんじさんは初めてのキス以来、花恋かれんさんに触れることすらなかったという。

 それが本当なられんくんも、この願いを聞き入れることはない筈だ。

 でももし、もしれんくんが望みを聞いてくれたなら……この不安な気持ちを忘れよう、そう思った。


「……」


 れんの吐息を間近に感じる。

 振り向くと、れんの顔がすぐ傍にあった。

 昨日と同じ感覚。

 胸が締め付けられる。

 鼓動が高鳴る。


 え……ちょ、ちょっと待って、待ってれんくん。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ中、唇の感触が伝わってきた。

 温かく柔らかい感触。

 背筋がビリビリと痺れる。

 体が固まって。

 そして……

 安息感が遅れてやってきた。

 れんのことしか考えられない。


 れんは両手を回し、れんを抱き締めた。

 耳元でれんの囁く声が聞こえる。


「大好きだよ」


 その言葉は、れんが今一番欲しかったものだ。

 れんくんと蓮司れんじさんは違う。

 今もこうして私に触れてくれる。キスしてくれる。

 私のことを好きだって言ってくれる。

 自分の中に生まれた違和感、それが消えた訳じゃない。

 でも忘れよう。

 満ち足りた幸福感に身を委ねよう、そう思った。


「私も……れんくんのこと、大好きだよ」





「ごめんねれんくん、変なお願いして」


「そんなこと……僕はれんのこと、大好きだから」


 そう言ってうつむく姿に、れんの胸は躍った。

 れんの手を力強く握り締める。


 ニ回目のキス。

 花恋かれんの言った通り、一度目よりもドキドキ感は少なかった。

 でも、安息感は違っていた。一度目よりも大きくなっていた。


 昨日よりもれんを近くに感じる。それが嬉しかった。

 だから今はいい。これでいい。

 彼のことを信じよう、彼に信じてもらえる女になろう、そう思った。

 この想いがあれば、どんな未来でも変えることが出来る筈だ。

 れんの中に強い確信が生まれていた。



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