第20話 同窓会


「メールですか?」


「え? ああ、うん……ちょっとね」


「……」




 その様子、覚えがあった。

 何か後ろめたいことがある時。

 人に踏み込んでもらいたくない時の、自分の反応だ。

 自分が相手だと本当、分かりやすいと思った。


 いつもならきっと、「そうですか」と言って終わらせていただろう。

 でもれんは感じていた。

 このメールはきっと、私たちに関係がある。

 だから聞いた。心の中で「ごめんなさい」そう思いながら。




「誰からですか?」


「いやいやれんちゃん、また目が怖くなってるから」


「そのメール、私にも関係あることですよね。花恋かれんさんを見てたら分かります」


「参っちゃったな……このタイミングでメールが来るって、精霊ちゃんの仕業かなって思っちゃうよ」


「じゃあやっぱり」


「いいよ。見せてあげる」


「……」




 メールの相手を見てれんは驚いた。

 大橋雅史おおはしまさし

 クラスメイトの名前だった。




「どうして大橋くんと」


「一か月ぐらい前に、同窓会があったんだ」


「同窓会……」


「卒業してもうすぐ10年になるし、久しぶりに会わないかって大橋くんが号令をかけたの。ほら、彼って確か、クラス委員やってたじゃない? 人気者だった彼が発起人、参加する人も多かった。ほとんど来たんじゃないかな」


蓮司れんじさんは」


「あいつは来なかった。まあ、聞くまでもなかったけどね」


「……そうなんですね」


「今のれんちゃんにはピンとこないと思うけど、懐かしかったよ。いいクラスだったな、あの頃は楽しかったなってね、ふふっ……ちょっと感傷的にもなっちゃったし」


「でもその、大橋くんって」


「うん、お察しの通り。れんちゃんはもう告白されてたよね」


「はい……」





 大橋とは高校一年の時から同じクラスだった。

 れんとは対照的な男子で、明るくて誰とでも仲良くなれる、クラスのリーダー的な存在だった。


 今年の4月。

 また同じクラスになれたね、そう言って彼はれんに声をかけてきた。

 そして突然の告白。

 れんは驚いた。

 大橋に想いを寄せる女子は多い。

 ある意味、見取みどりの環境に彼はいた。

 なのになぜ、自分なんかに告白してきたのかと。

 しかも彼はその時、普段の彼とは思えないほど、思いつめた表情をしていた。

 告白を断ったら、そのまま消えてしまうんじゃないだろうか。そう思えるほど脆く、儚く見えた。

 しかしれんは断った。

 私には好きな人がいます、ごめんなさいと。

 大橋はがっくりと肩を落としてうなずいた。

 そしてこう言った。

 赤澤さんの好きな人って、黒木なのかな、と。

 れんがうなずくと、大橋は大きく息を吐き、「じゃあ仕方ないな。話、聞いてくれてありがとう」そう言って笑い、その場を後にしたのだった。





「大橋くんと会うのも久しぶりだった。男前にも磨きがかかってて、そりゃもう女子の視線を一身に受けてたよ。まあその分、男子の視線は冷ややかだったけど」


「ふふっ、想像出来ます」


「黒木はどうして参加しなかったのかって聞かれた。彼、蓮司れんじに会いたかったみたい。だからすごく落ち込んでた。

 その時に言ったんだ。私たちはもう別れたって」


「大橋くんは何て」


「驚いてたよ。それはもう、笑っちゃうぐらいのリアクションでね。絶対結婚するって信じてたのにって言われた」


「……大橋くんに告白された後、すぐでした。れんくんに告白されたのは」


「そうだったね」


「大橋くん、私たちをいつも冷やかしてくるんです。二人共、いつも仲良しでいいねって」


「あははっ、そうだったそうだった。でも全然嫌味がないんだよね。それどころか、心から応援してくれてるって感じてた」


「だから私、いつも悪いなって思ってました。そして、いい人だなって」


「今も全然変わってないよ、彼」


「……」


「彼に言われたの。『俺は、赤澤の好きな男が黒木だから諦めたんだ。二人の間には、誰にも入り込めない絆があるって思ってたから。もしあの時、違う男を好きだって言ってたら、俺は諦めてなかった』って。

 そしてね、連絡先を交換してほしいって言われたの」


「教えたんですね」


「うん、まあ……断る理由もなかったし」


「それでこうして、時々連絡を?」


「実はね、同窓会の後、彼とは何度か会ってるの。誘われてね」


花恋かれんさん……」


「そして何度目かの時、告白されたんだ。俺と付き合うこと、もう一度考えてほしいって」


「そんな……花恋かれんさんは何て」


「現在保留中。まだ答えてない」


「保留って……花恋かれんさん、まだ蓮司れんじさんのことが好きだって」


「好きだよ。それは本当。でもね、あいつとまた付き合うことはないと思ってる。さっき言った通りだよ」


「じゃあ花恋かれんさん、このまま大橋くんと」


「まだ分からないかな。でもね、彼といて楽しいのも本当なんだ。じゃなきゃ会ったりしない。大橋くんってね、ああ見えて結構臆病で、可愛いところもあるんだよ。何て言うか、守ってあげたい、的な感じ? みんなの前では頼もしい感じなのに、実はみんなの反応が怖くて怯えてたらしいし」


「……」


「彼といると楽しいし、彼の気持ちを受け入れてもいいんじゃないか、そんな風にも思ってる」


蓮司れんじさんのことが好きなのに、その気持ちに嘘をついて」


「まあでも、まだ決めてないことだからさ、そんな深刻に受け止めないで。と言うかれんちゃん、また怖い顔になってるよ。折角昔の自分に会えたのに、そんな顔されたら辛いよ」


花恋かれんさん……」


「これは私の問題で、蓮司れんじのことは関係ない。人はいつか、自分の意思で自分の道を見つけなくちゃいけない。その選択肢の一つとして、大橋くんのことがあるのは確か。

 れんちゃんが言う通り、私の中に迷いがあるのも本当だよ。ただ私の迷いに、これ以上大橋くんを振り回す訳にもいかないでしょ。

 ずっと待たせちゃってるし、そろそろ返事しなくちゃいけないって思ってる」


蓮司れんじさんと一緒の未来、その選択はないんですか」


「どうだろう。多分ない、そう思うよ」


花恋かれんさん、やっぱり迷ってます」


「え? う、うん、だからそう言ったじゃない」


「そうじゃなくて、蓮司れんじさんのことです。さっきまでは花恋かれんさん、蓮司れんじさんと一緒になることはないって言い切ってました。でも今、多分ないって……言い方が変わってます」


「あ……ふふっ、ほんとだね。昔の自分に一本、取られちゃったよ」


花恋かれんさんって、やっぱり私なんですね。今の笑った顔を見て、何だかほっとしました」


「自分を騙すって、思ってる以上に難しいね。参った参った」


「ふふっ」


「まあでも本当、そんなに気にしないで。これは私の問題で、れんちゃんの問題じゃない。れんちゃんは私のことより、これからのことを考えないと」


「そうですね。私も明日、れんくんと会う訳ですし」


「頑張ってね、私」


 そう言って花恋かれんが拳をれんに向ける。


「私も……頑張ってくださいね」


 れんも拳を出し、花恋かれんの拳に当てて笑った。



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