第18話 裏切り者は誰か
「なっ?!」
気がついたら隠し持っていた銃を抜いていた。あまりにも早く、あまりにも正確に。その銃弾は領主レイナルドの身体をしっかりと撃ち抜いていた。
「レイナルド卿っ!?」
部下達が動揺する。しかし、そんなことを気にする必要は無い。
『彼女を守れ』
今自分の頭にあること、それが全てだった。
(なんだこの湧き上がる力は……)
村上はこれまでに感じたことのないような高揚感を得ていた。身体は軽く、どこまでも動かし続けられる気がした。
パンッ!パンッ!パンッ!……カチッ。
隠し持っていたピストルが弾切れを起こす。もう十分だ。身体が勝手に動き出す。
「取り押さえろ」
武器を持った獣人達が襲いかかってくる。しかしその動きはどこまでも緩慢に見えた。
(理由は分からない。だがっ!)
村上は相手の攻撃を避け、その身体の中心めがけて正拳を打ち込む。確実な手応えと共に、その兵士が飛んでいた。
「次!」
続け様に一人、また一人と、打撃を打ち込んでいく。その信じられない膂力は獣人さえも圧倒する。どこまでも磨き上げられた技が、人並み外れた力と相まり、その兵士達を蹂躙した。
「ジン……お前は……」
「ルカ!今のうちにイアを連れて逃げろ!」
「っ!?」
村上がルカに強い口調で指示を出す。ルカはそれを聞くや、すぐにイアを担いだ。
「待って、ジンは……」
「今はしたがってください!貴方が生きなければ何も始まりません!」
ルカはそう言ってイアを担いだまま走り出す。追いかけようとする兵士もいたが、すぐに村上によってたたきのめされていた。
ルカは振り返ることなく全力で屋敷の出口へと向かう。敵に会う前に、彼女を安全な場所へ。その思いが彼を走らせていた。
しかし現れたのは思いがけない相手だった。
「イア様!ご無事ですか!」
「お前ら…どうしてここに?」
ルカは担いでいたイアをおろしながら彼らに問いかける。そこにいたのはここまでともに逃げてきた兵士たちであった。
「いえ、ジン殿からなにかあった際には戦えるよう準備しておくよう伝えられましたので」
「あいつが?」
「はい。私達も半信半疑でしたが、銃声が聞こえて急いで駆けつけたところです」
この事態を始めから予想していたのだろうか。ルカは村上の先見性にどこか恐ろしいものを感じつつ、すぐさま目の前のことに集中する。
「今ジンがレイナルド卿の兵を食い止めている!すぐに援護に向かってくれ」
「なっ、了解です!」
兵士達が部屋に向かっていく。ルカはそれとは反対方向に、イアを担いだまま走り出した。
兵士達が部屋についた頃には、といってもそこまで時間は経っていないのだが、ジンはほとんどの兵士を無力化していた。
レイナルド卿を始め、ジンの放った弾丸は致命傷ではなく、倒した兵士達も命までは落としてはいない。
(とはいえ、本気を出していれば、きっと……)
村上は手に軽く力を込める。おそらく、握力計では測りきれない程度に力は出せているだろう。現在の自分の膂力は、人間の世界記録よりも遙かに上回っているだろう。
「ジン殿、ご無事ですか?」
兵士の一人が声をかけてくる。村上は「ああ、平気だ」とだけ答えて、その場で手当を受けているレイナルド卿の方に向き直った。
「なあ、あんた。話を聞きたい」
「……なんだ?」
「あんたは自ら主を鞍替えするような安い男には見えない。少なからず、相手から働きかけがあったはずだ」
「……否定はしない」
レイナルド卿は俯きながら答える。村上は更に尋ねた。
「しかしそれにしても動きが早すぎる。あんたを強請っているヴァルクという男、まるで人間種の侵攻を知っていたようじゃないか。それに、此方の軍勢が負けて、王都に攻め込まれることも」
「……軍部はもうヴァルク殿に支配されているのだ」
レイナルド卿が顔を上げて此方をみる。歯を食いしばるその様子からは、どこか自棄にも見える憤りを感じた。
「そもそも敗走兵が戻ってくるまで敗戦に気付かない時点でおかしいではないか。それもヴァルク殿の情報封鎖だ。軍部には多数のヴァルク派がいる。むしろそちらが多数派だ。イア王女は融和策を掲げるが、そんな考えを世迷い言だと思う兵は多い」
「なるほど」。村上は素直にそれを受け入れた。
実際に現場で戦う連中からすれば、反戦などという綺麗事は癪に障るだろう。イア王女は何も人間だけとの融和を考えているわけではない。この大陸で、種族達が手を取り合って生きることができることを望んでいる。しかしそれは戦場で命を張る人間にとっては、浅はかに見える。
(机の上でしかものを見たことがない人間を、現場の連中が馬鹿にする構図はよくあることだ。特に命をやりとりする戦場では)
ともすると兵士からすれば裏切った感覚さえないのかもしれない。先代の頃から仕え、周囲と戦ってきた彼等の生き方を、半ば彼女は否定する。そんなイア自身が、彼等にとっての裏切り者なのだ。
「しかし、こうなってしまっては、この町も終わりでしょうな」
「……どういうことだ?」
村上が質問する。
「ヴァルク殿は王女の首を用意しておけと命ぜられました。近々、彼等は兵を送るでしょう。その時首がなければ、少なからず私の首は落とされる」
「傀儡として利用価値があるのではないのか?」
村上の言葉にも、レイナルド卿は首を振る。
「ありません。多少私が領民に人望があったとしても、ヴァルク殿はそれを上回る暴力によって統治します。それに民草にとって、領主が変わることよりも今生きることの方がよほど重要なのです」
「それはそうだな」
おそらくあのヴァルクという男は、有力者は殺しても、民に危害は加えないだろう。そして民も、自分たちが被害を受けないのであれば、新しい統治者が誰であれ従うはずだ。
(実に見事な統治術だ)
規範が分かりやすく、そして武力による安全も提供すれば、そこで一時的にどんな惨劇が繰り広げられても、民の記憶からは消えていく。
(そうか。レイナルド卿の側近達が浮かない顔をしているのも、自身が処刑されるのを察しているからか)
その時、兵からの報告を受けたのか、イアとルカが再び部屋に入ってくる。今度はきちんと側近の兵士達を連れてきていた。
(さて、どうしたものかな)
村上はそもそもどうしてこうなったのかを考える。
何故自分は戦ったのか、その理由は分からない。
だがどこからかその眩しい笑顔で、こちらに笑いかけてくれている気がした。
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