第17話 生と忠誠






「さあさあ、こちらに」


 領主に案内されるがままに、イアは席に着く。上座というものがこの世界にあるのかは分からないが、少なくとも彼女が案内されたのは領主の椅子だろう。村上は立ったままの領主をみながらそう考えた。


(しかし、随分と豪華な部屋だな。芸術品に調度品。様々なものが飾られている)


 村上は部屋の中を見渡す。領主の応接間は、王都と比べれば多少見劣りはするものの、それでも十分なほどに装飾が施されていた。


「まずは感謝します。レイナルド卿」

「そんな滅相もない。姫様のため、当然の行いです」


 レイナルド卿と呼ばれたその領主は深々とお辞儀をする。イアも座りながら軽く手を組む。おそらくそれが上席のマナーなのだろう。


 村上は次にルカの方に目を向ける。ルカはまっすぐ領主を見ているが、それは見ているというより睨んでいるに近い。姿勢良く達ながらも、わずかながら足先が小刻みに揺れている所を見るに、収容を急ぐあまり焦りが見えている。


(気持ちは分からないでもないが、今は注意すべきは……)


 村上はそこまで考えたとき、不意に何か聞こえてくる。本来であれば聞こえないであろう小さな音。しかし今の村上には確かに聞こえていた。


(わずかだが、部屋の外から金属のこすれる音がする。それも一つ二つではない。十人、いや、それ以上か)


「それで姫様。何があったのです?何故、この町に?」


 領主のレイナルドが尋ねる。イアはばつが悪そうに答えた。


「王都が襲われたのです」

「襲われた?何にです?」

「それは……」


 イアはそこまで言って言い澱む。自分が友好を謳ってきた相手に攻撃されると言う事実に、歯がゆさと悔しさを覚えているのだろう。しかし今はそんなプライドを持っている場合では無かった。


「人間種の……、東の王国にです」

「人間種?そんな馬鹿な!」


 領主は信じられないかのように言う。そしてしばらく黙ってから、口を開いた。


「にわかには信じがたいですが、姫様の言葉を信じましょう。大変な行程でしたな」


 領主はそう言ってねぎらう。その言葉にルカもイアも安心したようだった。


 だが村上は全く逆の確信を得ていた。


(俺がもし、もし俺が別の勢力にいたとしたら、この瞬間は絶対に逃さない。そしてそれは、あの男も同じだろう)


 ヴァルクと呼ばれた獣人。暴力と欲、そのどちらも十分に持ち合わせながら頭を使うことができる。あのときすでにそれがわかっていた。


 村上は自らの懐に手を添える。それはとてもかたく、そして重く感じられた。


「とにかく」


 イアが話を続ける。


「今は避難民の収容が先です。今後についての詳しい話は、その後にしましょう」


 イアはまっすぐ領主を見据えて、そう告げる。その在り方は統治者としてはこれ以上にないほど正しく、そしてまっすぐだった。だが……。


(政治家としては、正しすぎるな)


 その瞬間、ドアが開き、兵士達が入ってくる。十人以上はいる。それに部屋の外にもいるだろう。窓の外にも、遠巻きに囲んでいるのが見える。


 そして全員が戦闘態勢だった。


「これは、どういうことです!」

「姫様、貴方は本当に姫様ですか?」


 領主が問いかける。


 成る程、世界を超えてもロジックは変わらないようだ。かつて時代劇で見てきたその理屈で、主君に刃を向けようというのだから。


(こんなところに姫様がいるわけがない。人間相手に姫様が負けるわけがない。理由はどうでもいい、反逆の口実を探しているだけだ)


 村上はごくりと息を呑む。そうしている間に、あっという間に三人は取り押さえられた。


「クソッ!放せ!」


 驚くほど一瞬だった。ルカはわずかばかり抵抗したが、どんなに強い男でも複数人の訓練された兵士には取り押さえられる。疲労していれば尚更だ。イアは既に刃を突きつけられ、村上にも同様に刃が突きつけられている。


「これは……どういうつもりですか?」


 イアが領主に向かって問いかける。気丈に振る舞ってはいるが、わずかばかり手が震えているのに村上は気付いていた。


「姫様、貴方には世界のために犠牲になってもらいます」


 領主は少しだけ申し訳なさそうに言う。彼にもわずかばかりの良心はあるらしい。彼女を裏切ることも、おそらくは……。


(ヴァルク、あの獣人の差し金か)


 村上はそう理解した。そして、それはイアも同様であった。


「私をヴァルクに売るのですか」

「…………」

「主君を売り、それで何が残るのですか」

「………貴方が悪いのですよ。姫様」


 領主が言う。その言葉に、イアも動揺が隠せない。


「王都まで失って、これだけの人間を連れてきて……。これだけの人数をこの町で受けきれると思いますか?」

「それは……」

「治安も悪化します。それに続け様に敵が攻めてくるかもわかりません。相手は人間が、龍人か、はては獣人かもしれないのです」


 彼の言うことはもっともだ。理屈も通っている。村上も同意だった。


(ルカには警告もしていた。それなのに、のこのこ入ってきてあまつさえ取り押さえられているのだ。……後はもう流れにまかせよう)


 村上は刃を向けられながら、どこか他人事の様に感じていた。


 既に一度死んでいる。生きていく理由さえもないのだ。今までのはちょっとした気まぐれだった。そんな風に考えながら、村上は行く末を見守っていく。


(潮時だ。もう、何もかも、面倒くさい)


「姫様、貴方にはここで死んでもらいます」


 領主が低い声で言う。そしてゆっくりと右手をあげた。イアは何も言わず、ただまっすぐその領主を見つめていた。


 彼女を拘束し、傀儡とする方法もあるだろう。しかしヴァルクは、そうする気はないようだ。


 そういった政治的手法よりも、彼女を事故として処理し、この混沌の中の救世主として台頭することを選んだのだろう。長い目で見れば、それも正しい選択だ。


 イアはどう考えているのだろうか。村上はふと気になってイアを観察する。


 するとイアが口を開いた。


「一つ、約束してください」

「……何です?」


 イアは少しだけ笑って続ける。


「ルカとジンそして……ついてきてくれた人達、彼等の命だけは……」

「………分かりました」


 嘘だ。生かす理由がない。村上にはすぐにわかった。


 むしろ引き受けることになれば、元々いた領民にとんでもない負担を強いることになる。そうなれば自分の領民を始めとする兵士達がついてこない。


(理想を追い求めた結果、現実を見なかったなれの果て……。当然の結果だ)


 その時、村上は、イアと目が合った気がした。その表情はまるで……。


『ねえ、ジン』

『なんだ、アンナ』

『今はまだだけど、いつかきっと……』


『世界は、分かり合える時が来るよね?』


 村上の身体が、意志とは無関係に動き出す。


 銃声が、響いた。






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