暴君とネコミミ

野村里志

第1話 冷たいアスファルトの上で





「はあ、はあ、はあ。娘の仇だ」


 男はそう言いながら何度も何度も刺突する。包丁は血で真っ赤に染まり、刺されている男はすでに虚ろな目をしていた。


(なんて刺し方するんだ、こいつは)


 刺されている男、村上仁むらかみじんはそんなことを考えながら、自分を刺す男を見た。すでに体に空いた穴の数は一つや二つではない。誰の目から見ても死に絶える寸前であった。

 

 村上はあたりを見渡してみる。見るとたくさんの野次馬が周りを取り囲んでいた。


 あるものは吐き、あるものは呆然とし、そしてあるものはスマートフォンをこちらに向けている。


 態度は人それぞれ。ただ共通して言えることは、誰一人としてその光景を止めるものは現れないことであった。


(……クソが)


 もしかしたら自分の危険を顧みてかもしれない、あるいはあまりの衝撃に驚いているのかもしれない。


 しかし一方で村上は別の可能性を考えていた。それは自分の死を皆が望んでいるということである。誰しもが心の中で、少なからず死んでほしいと思っているのだと。自分に死ねと言っているのだと。そう感じていた。


 そうしているうちに一人の青年が止めに入った。村上は最後の力を振り絞り自分の体を見る。身体からは明らかに助からないだけの血が流れていた。


(ああ。何やってるんだろうな、俺)


 俺は一体何のために死ぬのだろうか。こんな愚かな連中のために、身を粉にして働いていたというのだろうか。


 彼女は何のために死んだのだろう。融和や多様性などという聞こえの良い思想のために、彼女は死ななければならなかったというのだろうか。


(誰の所為だ?誰の所為で。俺は、彼女は……)


 村上は既に声など出ない。しかし問だけが頭の中を駆け巡っていた。


(実際に彼女を殺したテロリストか?武器を供給した企業か?その背後にいる国家か?それともそれを支える宗教か?)


 いや、違う。その全てが繋がっているのだ。思想も、欲望も、政治も、権力も、利益も、価値観も、その全てが絡み合った結果なのだ。世界そのものが、運命それ自体が、自分たちの死を定めていたのだ。


 『もうどうでもいい』。村上仁の頭に浮かんだのは絶望でも痛みでもない。ただ世界への絶望だった。綺麗事を信じ、現実とあらがい続けた末路にはふさわしいかもしれない。そう感じていた。


(なんだ、眩し……)


 その瞬間、強い光に包まれる。それは彼の人生の終わりであり、同時に彼の人生の始まりでもあった。


 新しい世界での人生が今始まろうとしていた。

















 今は昔、その世界には多数の“ヒト”が存在していた。


 身体が小さく、技術力に優れた小人族。


 龍の鱗を纏い、龍と言葉を交わす龍人族。


 獣の特徴をもち、大地を駆け回る獣人族。


 多種多様な種族が大陸に育ち、それぞれに群れを作っていた。


 彼等のような亜人の他に、人間種と呼ばれるものもいる。彼等は特徴的な外見こそもたないが、それでも多種多様である。そんな彼等は一番数が多く、そして一番非力でもあった。


 時が流れるにつれて、それぞれのヒトは数を増していく。そしてその数は多くなり、群れとして生きていくには工夫が必要であった。


 それは必然であっただろう。同種のヒトはそれぞれに集まり、それぞれの国家を作り上げた。国家は次第に大きくなり、大陸は彼等にとって手狭になる。そしてそれは争いを生むには十分すぎる理由であった。


 戦いは始まり、人々はその命を食らい合う。そして争いが争いを生み、それぞれの種族が争い始めてから300年が過ぎた。


 今ここに、新しいヒトが訪れる。


 村上仁。


 後に暴君と呼ばれ、あらゆる戦争に悉く勝利し、この世界の争いを終わらせる者である。


 









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