「今日はどの商品でも皆様の自腹ですわ」……「手頃な斬馬箒があったら」……「ここが楽園か」……「猫に負けるとはなさけない」

 ♪丈夫なロ=ミルア鋼鉄製

 ♪なまくらなんかじゃありません

 ♪リンブラ西門広場前

 ♪武具ならミリタル商会


「……ミョーーーーに聞き覚えのある旋律だな」


 首を傾げるケーシーをよそに、楽しげな音楽が繰り返し店内に流れている。音Qで流しているのかな。

 先日は誘拐騒ぎのせいでミリタル商会へ行けなかったので、今日は改めて、アリーテがお店へ招待してくれた。店の入口をくぐると、アリーテとルミが俺たちを出迎える。隣にいる見慣れない美人はここの店長さんだそうだ。


「ようこそミリタル商会へ。今日は一般のお客様のご来店はご遠慮いただいて、皆様のためだけに開けております。何でも遠慮なく手に取ってくださいませ。今日はどの商品でも〈フォントサイズ極小〉皆様の自腹〈/フォントサイズ極小〉ですわ」

「すんげー気前良さそうな雰囲気で普通のこと言ってる」


 店内を見回してQ術師カザンが感嘆の声を上げた。


「ずいぶん広いッスねー」

「豊富な品揃えが自慢ですもの」


 アリーテが自慢するだけのことはある。大きな邸宅を改築したらしいこの店は、王都で見た中でもとびきり大きい。

 早速俺たちは、店長さんの後について、ぞろぞろと店の中を歩き始めた。店長さんが案内してくれる。


「皆様がおられるこちらは、東館一階。既製品・規格品の武具を取り扱っております」

「ケーシーは剣を欲しいって言ってたでしょ。まずここで、既製品や規格品の売場を見てもらって、自分の欲しい剣がわかってきたら、オーダーメイドをおススメするわ。そっちの方が高いから」

「ひ、姫さま、普通は建前でも安い方を薦めるものですよ」

「ケーシーは使いたいんでしょ。高い方を薦めた方がお客様本位ってもんよ」


 俺はふと、聞いてみた。


「ここ東館? 西館は何があるの?」

「西館一階は日用品の売り場でございます」

「日用品?」

「はい、鋼鉄以外にも、ロ=ミルア王国の優れた製品を、ティルトの皆様にもご紹介いたしたいと思っておりまして」

「たとえば?」

「たとえば、ロ=ミルアキーホルダーとか、ロ=ミルア木刀とか、ロ=ミルアスプーンとか」

「日用品ていうかお土産じゃん……」

「ロ=ミルアかぼちゃのパイも人気ございます」


 クロが尋ねた。


「日用品ですか。でしたら、店長様、西館にほうきは売ってませんか」

ほうき……でございますか?」

「ええ。手頃な斬馬箒ざんばぼうきがあったらと思ったのですが」

「んばぼ……?」


 聞き慣れない単語に店長さんは目を白黒させている。俺は助け舟を出した。


「クロ、斬馬箒ざんばぼうきって何?」

斬馬箒ざんばぼうきは、ですね、『馬を斬るほうき』と書きまして、人の身の丈くらいの大きさの巨大ほうきです」

「巨大ほうき……それ、馬を斬るのに使うの?」

「まさか。ほうきで馬は斬れないと思います」


 いや、それこっちの台詞なんだけど。


「主に相手をぶん殴るのに使います」

「んー明らかに日用品じゃないよねそれ。武器でしょ?」

「はっ! 言われてみれば、ジャック様の仰る通りですね。じゃあ武器売り場にならあるはずですね!」

「いや、ないと思う」


 ちらっと店長さんを見ると、ブンブン首を振っている。ないわな。


「そうですか……あの……もしかしたら、万が一、ということもあるのでお聞きしたいのですが……」

「嫌な予感するけど何?」


 クロは背負っている長柄のブラシをちらっと見た。


斬馬ざんばブラシが売ってたりは……?」

「ないと思うよ。店長さんの首がブンブンねじ切れちゃうから勘弁してあげて」

「やはり一度、実家に戻って手に入れてこないといけませんね」

「クロの実家にあるんだ」


 剣売り場でケーシーが剣をあれこれ物色して、カザンがそれにつきあっている間、俺とクロはぶらぶらといろんな武具を見て回る。


「あれは何だろう?」


 武具店らしからぬ、かわいらしい一角を見つけて訊いてみた。


「あれは猫のゐる喫茶店です」

「何! 猫のゐる喫茶店?」


 いつの間にかケーシーが背後に立っていた。


「あんたあっちで剣を選んでたんじゃないの?」

「猫! ここに猫がいるのか! 猫!」

「はい。ロ=ミルア王国では、猫を可愛がるのが貴人のたしなみ。庶民の間でも愛玩動物として非常に人気がありまして、市井の喫茶店にも大勢猫がいるのですよ。それを再現したのがこちらのお店で、猫とふれあい、愛でながらお茶をお楽しみ頂けます」

「控えめに言って最高じゃねーか! か、金なら払う! 入れてくれ! 今入れてくれ!」

「剣を買いにきた話はどうなった」

「猫のゐる喫茶店は、入場料お一人様銀貨一枚一ギニカです」


 なんだかんだ言って俺も興味はあったので、結局俺たちもケーシーと一緒に喫茶店に入ることにした。店の入り口は二重扉になっていて、猫が外に逃げないようになっている。中に入ると、猫、猫、猫。猫が遊ぶための塔や通路があって、人が座れるソファにも猫が陣取っている。猫のための空間だ。


「おお……神よ……ここが楽園か……」


 ケーシーがフラフラと猫に向かって一歩踏み出すと、ズザザザザザッと横滑りをかましながら、一匹の茶トラ猫がケーシーの行く手に立ちはだかった。


「お?」


 茶トラはバンバンバン、とケーシーの赤長靴を両手で叩くと、「にゃー!」と目一杯注意を引こうとした。


「あれは?」

「あれは最近入った新人のパピコちゃんですね。元気のいい可愛い子ですよ」


 パピコは右に左にしきりとジャンプしながら、ケーシーの注意を引こうとしている。


「なんかあの猫……パピコちゃん、すごいケーシーに懐いてるように見えるけど」

「魚の匂いでもついてるんじゃないスかねえ?」

「ケーシー様は『猫使い』の異名を持つ御方ですから、猫に懐かれるのは珍しくありませんが……」

「そんな異名があったんだ」

「しかし、それにしてもこれまでにない懐かれ方ですね」


 俺たちが傍観している間にもケーシーとパピコちゃんのやりとりは高度化し、パピコちゃんをかわそうとするケーシーと、その道をふさいで注意を引こうとするパピコちゃんの戦いに発展していた。


「くっ。この俺が抜けねぇとは、なかなかやるな!」

「にゃー!」


 いつの間にか他の猫たちも集まってきて、輪になってパピコちゃんを応援している。


「にゃー!」

「にゃーにゃーにゃー!」

「にゃにゃにゃ!」

「何言ってるのかわかんないけど盛り上がってるね」

「圧倒的体格差を補ってケーシー様を食い止めるとは、なかなかの腕前です」


 ケーシーのフェイントに動じることなく、パピコちゃんが素早い跳躍でケーシーの顔の前を塞いで動きを封じる。ケーシーもその跳躍のタイミングを測って逆方向に抜こうとしているが、四足動物の戻りが圧倒的に早く、突破できずにいる。ケーシーの出足をパピコが猫パンチで払って崩し、踏みとどまったケーシーが進もうとすると三角跳びで首を狙う。空中にいるパピコを突きで崩そうとするケーシーだが、パピコは鋭い爪でケーシーの腕に巧みにぶら下がり、腕の死角に回り込んで攻撃をかわす。


「なんという見事な虚実のかけひき。ケーシー様もさすがですが、あの猫、ただ者ではありませんね」


 クロが賞賛する。なおも長時間の激戦の末、ついにケーシーが音を上げて座り込んだ。


「くっ……お前、やるじゃねえか……」

「にゃ……にゃにゃにゃにょにゃ……」


 パピコちゃんも肩で息をしているが、全力でやりきったのか満足そうだ。

 再会を約束するかのように一声鳴くと、パピコちゃんは歩み去った。猫たちが道を開け、賞賛の鳴き声を送る。


「まさかこんなところで好敵手に巡り合うとは思わなかったぜ……」

「おお、ケーシーよ。猫に負けるとはなさけない」

「ま、負けてねーしー」

「いやー、あの体格差で抜けないってのは実質負けだよね」

「ぐぅ」


 しばらく休憩した後、俺たちが店を出る頃になってパピコちゃんは戻ってきた。そしてやはりケーシーの注意を引こうと懸命だ。檻の向こうから必死に檻を叩く。


「にゃーにゃー! にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃなーおぅ」

「なんかしゃべってるみたい」


 俺がふと言うと、パピコちゃんはうんうん、とうなずいた……ように見えた。いや、気のせいだよね。


「まっさかー」


 ケーシーが言う。


「にゃにゃにゃ! にゃにゃ! にゃにゃにゃ!」

「ジャック様、いくらパピコが賢い猫でも喋ることはありえませんね」

「にゃにゃにゃ! にゃにゃにゃにゃ……」

「ほんと、猫って何やってても可愛いっスよね」

「にゃ! にゃ! にゃ!」

「また来るからねー!」

「にゃーーー! にゃにゃにゃにゃーーーーー!」

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