「こんな姫様にお仕えすることになったばかりに」……「お布施をしたらズルくないの?」……「名前を付けてはどうでしょうか」

 御者のいない馬車を動かすこともできず、俺たちはアリーテの屋敷からの迎えを魔って屋敷に戻り、そのまま泊めてもらうことになった(宿屋にはクロが連絡を入れた)。


 屋敷に戻ると大騒ぎだった。アリーテの親族も心配そうに集まってきていたが、アリーテが安心させて、なんとか落ち着かせることができた。


 親族がいなくなると、今度はすっ飛んできたルミがアリーテに泣きついた。ルミはQ術師カザンが付き添って屋敷に先に送り届けてあった。


「ふええええ。姫様、あたしが敵を引きつけて走ったら、姫様は馬車の下に隠れてるって約束だったじゃないですかああ」

「あら、そうだったかしら」


 アリーテは知らん顔だ。ルミを真っ先に逃がすくらい大事なクセにツンデレだなあ。


「陛下に知れたら姫様を置いて逃げたかどで縛り首ですぅ。あああお父様お母様、こんな姫様にお仕えすることになったばかりにルミは、ルミは星になります」

「『こんな』って言い草はないでしょ一応主君なんだから……」

「ルミは馬車の中でも星になってたし、なんか星になってばっかりだな」


 俺が言うとルミは俺をにらんで言い返した。


「あなたも姫様の侍女になれば日に何回かは星になります!」


 おお怖。俺はふとアリーテに尋ねてみた。


「それにしても、アリーテは落ち着いてたよね。誘拐犯怖くなかったの?」

「誘拐騒ぎに巻き込まれるのはこれが初めてってわけでもないの。ただあの超速度にはちょっとびっくりしたけれど」

「ありゃチーターだな」


 ケーシーが口を挟んだ。


「『チーター』ってなに?」

「『チート』を使う連中のこと」

「『チート』ってなに?」

「言葉の意味は、アラハドの言葉で『ズル』だな」

「ズル? 速いのがズルなの? でもクロも速いじゃん。あいつほどじゃないけど」

「いや、クロは修行の成果だろ。あいつは修業してないんだ」

「えっ、生まれつきあんなに速いの!」

「いや、生まれつきじゃなくて。あいつはアラハドから来たんだ。でもズルして速くなったんだよ」

「ズルして速く? どうやって?」

「それは俺にもわからんけど」

「要領えないなー。それをいったらケーシーだってズルいじゃん」

「俺が?」

「だって赤い兎も速かったし」


 俺は馬車のそばでフンフン鼻を鳴らしている赤い兎を見た。あれ馬屋に入るのかな……それとも庭に放し飼いでいいのかな。


「俺は、ちゃんと課金してるぞ」

「カキン? まさかまた無駄づかいしたの?」

「いや、だから、無駄じゃないだろ、ちゃんと助けに行ったんだから」

「うーん、ま、ちょっとそれはいいや。あの赤い兎を買ったってこと?」


 値段は怖いから聞くまい。


「まあそうだな。アーちゃん……女神アージェナに金を払って、赤い兎を手に入れたんだ」

「アージェナ様にお布施をあげてるってこと?」

「まあ、そういうことになるかな」

「アージェナ様にお布施をしたらズルくないの?」

「ん、ん、ん、まあ……そういうことかな?」

「ふーん」

「わかってないだろ」

「ケーシーだって、わかってないでしょ」

「たしかに」

「でもなんでチートってわかったの? 速いだけじゃズルしているかどうか区別できないでしょ」

「チート警報がうるさい」

「チート警報ぉ?」

「チーターが現れた途端、アーちゃん……女神アージェナが俺の頭の中で大声で騒ぐんだよ……マジでうるさいんだ……」


 頭を振って「はー」とため息をつくケーシーに、クロが声をかけた。


「ケーシー様、あの赤い兎ですが、今後もご利用になるのですか?」

「ん? ああ、まあな、せっかくだから」

「でしたら、名前を付けてはどうでしょうか。乗馬は名前を呼んでやることで乗り手との交流が芽生え、より絆を深めると聞いておりますし」

「ほほう。じゃあ『ギャモン』にしよう」

「『ギャモン』~~~~~? ちょっと感覚がおっさん臭いんじゃないかしら」


 アリーテが言うとケーシーは青い顔で心臓を押さえた。どうやら急所に何か刺さったようだ。Q術師カザンが提案した。


「僕は『ガルルちゃん』がいいと思うスよ! 『ちゃん』まで名前ですからね。ちゃん付けて呼んであげてくださいねガルルちゃん!」


 ルミが恐る恐る口をはさんだ。


「あ、あの、たかが兎ですよね……? 私は『ああああ』がいいと思います!」

「適当すぎるだろ……」

「私は『ウマゴン』を推すわよ。だって馬代わりにするんでしょ。『ウマゴン』ならきっとよく走るわよ」

「私は『オーガス』か『ネビュラード』がいいと思います。どちらも古い戦神の名前です」


 俺も思いついたのを言ってみた。


「パティ」

「ん?」

「パティがいいんじゃないかな。兎の名前っぽいし。パティ!」


 俺は兎のパティに向かって手をふった。


「あっ、こら。既成事実化しようとしてるだろお前」

「じゃあみんなで呼んで、反応あったのに決定しましょう」


 それから、俺たち全員で口々に兎の名前連呼大会が始まった。


「ギャモ~~~~~ン! ギャモ~~~~~ン!」

「ガルル! ガルルルル! ガルルルルルル!」

「ああああ! ああああ! ああああ! ああああ!」

「ウマゴンウマゴンウマゴンウマゴンウマゴンウマゴンウマ」

「オーガス! オーガス! オーガス!」

「パティ? パティ?」


 勝負は辺りが暗くなるまで続いた……あいつ全然懐かないのな……逃げるし……足速くて捕まらないし……。勝負は持ち越しだ。

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