「たしかにやけに紅蓮(あか)い!」……「通り魔っぽい響きだな」……「さあ、みんな一斉に聞かせてちょうだい」……「なんだか乗りたい気分じゃなくなっちゃったな」

「あーあ、最近無駄づかいが足りねえなあ。なんかこう、パッと使える無駄はねえかな」

「何わけのわかんないこと言ってんの。ほら、騎士様エヴァンのお姫様のお屋敷、このあたりだよ」


 俺たちは、王都の北東、貴族の屋敷が立ち並ぶ辺りに来ていた。騎士様エヴァンにもらった紹介状で、「ぐあーーーーんとデカい丸いの」(「観覧車」って名前らしい!)に乗れるよう、口をきいてもらうためだ。高級そうな馬車が行き交う中、道端を歩いているのは俺たちだけだった。


「ここらの人たちは馬車ばっかりで、歩かないんだね」

「まあ遠くまで歩くのに適してない靴とか服の貴族様ッスからね」

「それにしたって、誰か下働きの人が買い出しに歩いてたりしても良さそうなもんだけど」

「こういうトコじゃ御用商人が注文を取って届けに来るのさ」

「ケーシー様、どうやらエヴァン様のお姫様が滞在しておられるのは、こちらのお屋敷のようです」


 ここいらの屋敷の例に漏れず、門の向こうには広い前庭が広がっている。立派なお屋敷だ。


「姫様って、お隣のロ=ミルア王国のお姫様なんでしょ。なんでこんなにでっかい屋敷に住んでるんだろ」

「元々、そのお姫様のお母様がティルト王国の貴族で、ロ=ミルア王国に嫁いだんだそうです。だからこちらでは母方のご実家に逗留されていると」

「へー」

「わかってないだろ」

「うん」


 クロが門番に騎士様エヴァンの紹介状を渡して取次を依頼すると、しばらく待たされた後、中に通された。 


⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒


 アリーテ姫は実在した!


 俺たちが応接室でくつろいでいると、突然、バーンと大音声を立てて扉が開いた。そして扉の真ん中に、小さな姫君が立っていた。年の頃は、俺よりたぶん上。でも、背の高さでいったらあんまり変わりなさそう。令嬢にふさわしいドレスを身につけているが、身の振る舞いは颯爽として、令嬢というより司令官のような雰囲気だ。背は低いけど。


 姫君は部屋をさっと見渡して、ケーシーを見つけるとその前に立ち、両手を腰に当てたまま上から下まで眺め回して満足げに言った。


「あなたが『紅蓮あかかねかけ男』ケーシーね! たしかにやけに紅蓮あかい!」

「『砂かけ婆』みたいな通り名を勝手に名付けんのやめてください……」


 げんなりした顔でケーシーがつぶやくが、姫君は気にもとめない。


「こちらが戦闘クロメイド……そしてQカザン」

「それを言うなら戦闘メイドのクロでは」

「語感が大事なのよ。『クロメイド』かっこいいと思わない?」

「すみませんわかりかねます」

「僕だけ異常に短いス……」

「語感が大事なのよ。『Qカザン』短いと思わない?」

「短いス……」


 もちろん、俺の分もあった。


「あなたが『節約ジャック』ね!」

「通り名っていうか通り魔っぽい響きだな」

「『節約ジャック』……かっこいいじゃん俺! 今度からそれで名乗ろうかな」

「本人まんざらでもない」

「よくきてくれたわね。エヴァン様から皆さんの話は聞いてるわ。それで、道中、エヴァン様はどのように凜々しかったの? さあ、みんな一斉に聞かせてちょうだい。よーいはじめ」

「どう答えればいいんスかこれ」

「うーん、姫君の話が絡まなければそこそこ凜々しいような……」


 俺が言うとケーシーが興味なさげにつぶやいた。


「適当でいいんじゃねえか?」


 アリーテ姫は俺たちの返事を待ってはいなかった。


「いいえ! いいえ! わかっています、あなたがたごときの語彙ではエヴァン様の凜々しさを言い尽くせないわね!」

「ほら。どうせ聞いてない」

騎士様エヴァンと似た者同士だね。『姫君姫君』言ってる時は何も聞いてないもんね」

「しかもさりげなく語彙力をバカにされてます……」

「さて、あなたたちの用向きは、観覧車の利用許可ということだったわね。ルミ」


 ルミと呼ばれた侍女は、くるくる巻いた書類をアリーテ姫に渡した。姫君は軽やかにそれを開くと読み上げる。


「ロ=ミルア王国アリーテの名において、汝ケーシーに以下を通達する。すなわち、ロ=ミルア王国が所有する観覧車の十二年間にわたる利用権、経営権、運用権の貸与。利益の一割を王国に納税すること。土地の所有はロ=ミルア王国に帰属し……」

「待て。ちょっと待って」


 あわててケーシーが止めた。


「何よ。土地は渡さないわよ」

「いや、ちょっと待って。エヴァンは姫様になんて書いて寄越したんだ?」

「あなたたちに、観覧車を使わせてあげて欲しい、とあったけど」

「ああ……まあ間違ってはないな……いや、俺たち、ちょっと乗せてもらうだけでいいんだ。別にその……経営権とかじゃなくて。何回か、乗ってみたいなあ、なんて」

「はあ?」


 アリーテ姫はケーシーの顔と手元の書類を交互に見比べた。


「いい歳して観覧車遊びがしたいだけ?」

「いや、俺じゃねえよ? こいつが」


 ケーシーが俺の頭をつかんでアリーテの真前に突き出す。じたばた。


「……」


 アリーテ姫は俺の顔と手元の書類を交互に見比べている。それから侍女の方に目をやった。


「ルミ?」

「は、は、は、はい、あの、その、もう姫様の署名が入ったものを複写して改ざん防止魔法かけて封緘して三度おまじないして本国に超特急便で送ってしまいました」

「めちゃくちゃ手回しいいスね……」

「あの、その、姫様がエヴァン様のご依頼だからって張り切って急かしたので」


 アリーテ姫はくるくるっと書類を丸めると、俺の手の上にぽん、と載せた。


「そういうわけだから! ま、いいじゃない。十二年は乗り放題よ」

「いいのかよ!」

「いいの! いいのよ。どうせ曰く付きの代物ですもの」

「曰く付き?」

「あら。聞きたい?」


 アリーテ姫の目がキラン!と光る。


「ななななな、何だよ? どういうこと?」

「その観覧車は、前王夫妻が作らせたものなのよ。重税を課して国民から搾り取ったお金で贅の限りを尽くし、建築中に犠牲になった若者は数知れず……そして観覧車に乗った前王夫妻は、一周する間に忽然と消えてしまったの」

「ど、どこへ?」

「誰にも分からないわ。それ以来、血塗られた観覧車は、真夜中になると回り出す……そして全部のかごの中に恨みに叫ぶ人々の手が」


 アリーテが両手を広げて恐ろしげに伸び上がったところで、侍女が口を挟む。


「あ、あ、あのう……姫様、口からデマカセはそのくらいで」

「ルミ、いいところでバラすのやめてくれる?」

「嘘なの?」

「まあ曰くはあるのよ。前王は重税に贅沢が過ぎて、退位させられ、うちのお父さんが即位したの」

「前王閣下はアリーテ様の大伯父様にあたられます。というか郊外で謹慎させられてはいますがピンピンしてお元気でおられます。その作り話を聞いたらさぞお怒りかと」

「あんな人、怒らせとけばいいのよ。どうせ幽閉されてるし。趣味の悪いおっさんよ。国を傾けたんだから無能ね。大っ嫌い。そういう人の作ったものだから、誰も乗りたがらないのよ。あなたに十二年預けとく」

「なんだか乗りたい気分じゃなくなっちゃったな……」

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