「ユウエンチ? 何それ」……「男はダメだ」……「おめでとうございまーす!」……「三半規管のねじれをぐいっと」

 地下迷Qに降りていく入り口は、大人が十人くらい肩を並べて歩けるくらい広い。緩やかな坂道になっていて、ゆっくりと左に曲がりながら、螺旋のように地下に降りていく。壁に灯Qがついていて、明るさは十分だ。


「おかしいなあ」


 魔素圧を計測するQを操作しながらQ術師カザンがぼやく。


「ん?」

「普通、地下迷Qがあるとこは魔素圧が下がるってはなししたじゃないすか」


 魔素圧Qをじっと見ながらQ術師カザンはつぶやく。


「ああ。もう見つかったからいいけどな」

「いや、そもそもここの魔素圧下がってないんですよね。おかしいなー。むしろ上がってる」

「上がってる?」

「森の中で計測した値より高いんですよ。どういうことかなこれ」

「連合の新兵器かもな……」

「魔素消費しないで魔素圧上げる方法あったら永久機関ですやん。それはないはず。何か別の要因だと思うんですけど」


 そんな話をしながらしばらく降りていくと、広けた場所に出た。


「な、なんだこれは!」


 思わず声が出た。見たこともない何か……乗り物?が動いている。


「遊園地的なやつか。なんでこんなとこに?」


 ケーシーがつぶやく。


「ユウエンチ? 何それ!?」

「たしかにこの大陸イニアじゃ見かけないよな。俺の世界アラハドではちょくちょくあったんだよ。まあでかい遊び場だ。しっかし誰も客いねえな」

「ねえ、あのぐるぐる! ぐるぐるは何!」

「ああ……ぐるぐる回って気分悪くなるのを楽しむ乗り物」

「あっちの上にぐーーんてなってるのは?」

「上がって下がるのを楽しむ乗り物」

「あそこのぐねぐね!」

「超高速で突っ走る恐怖を楽しむ乗り物」

「あっちのぐあーーーーんとデカい丸いの」

「お前の擬音は全部ぐだな。あれは高いとこから下界を見下ろして楽しむ乗り物」

「へええええええ~~~~」


 俺がキョロキョロしているとケーシーはこれ見よがしにため息をついた。


「目をキラッキラさせちゃって、生意気しててもやっぱり子供だな、なあクロ、おいクロ……?」


 話しかけたケーシーの言葉が途切れた。ケーシーの視線の先を追って見ると、目を輝かせて半口開けて乗り物を見ているクロがいた。


「ふぇ? あ、は、はいケーシー様」

「よだれが出てるぞ」

「う?(ゴシゴシ)」

「嘘だよ」

「……ケーシー様。お戯れはおやめください」

「お前までキラッキラになってるとは思わなかったな」

「いえ、これはその、私は別に興味ありませんが妹に一度見せてやりたかったなと思っただけでせめて土産話になればと思いましてこの私の記憶に焼き付けようと」

「すっげえ早口になったな。お前もああいうの乗りたいか?」

「えっ? わ、わたくしですか? 妹でなく?」

「当たり前だ」

「あっ、いえっ、うう、えーと、おお、お、私は、別に。あの、ケーシー様にお仕えするのがお仕事ですから」

「答えるまでにあいうえお全部使いました」

「……」

「そっちの子供ガキはどうせ乗りたいだろうから……」

「うう……ガキ扱い……すんじゃ……ねえ」

「何か言ったか?」

「あ、いや、何でもないです」


 くっ。ちょっとユウエンチ慣れしてるからって偉そうに。


「しょうがねえな。女子供にはユウエンチの調査をしてもらって、地下迷Qの奥へ行くのは俺たちで……」


 ケーシーが振り返ると、騎士様エヴァンQ術師カザンが目をキラキラさせて乗り物をながめていた。


「おい」

「はっ。い、いや。僕は別にいいんだよただお姫さまが乗ったら喜ぶだろうなあって愛のためにそう思っただけで」

「ぼ、僕は別にQをどうやって使ってるのかちょっと興味があっただけで別に乗りたいわけではいや乗ってみないとQの研究のためにも」

「いつからこの集団は早口が標準になったんだよ……男はダメだ。俺と一緒に地下迷Qへご招待」


 しょんぼりする騎士様エヴァンQ術師カザンをしり目に、ケーシーはクロに言った。


「クロ、お前はジャックとここの調査だ。しっかり調べろ。罠かもしれないから油断するなよ。乗り物券が要るだろうから、この金で一日券を買え。まさか無駄づかいとか言わねえだろうな」


 ケーシーがクロに金貨の袋を渡す。ううう、無駄づかい……うう。


「一日券ですか?」

「乗り放題のやつだ。金をけちってちまちま一回券を買うなよ。こういうのはな、我慢すれば乗りたくなって、結局損するんだ。最初に一日乗り放題買っておけ。いいな。絶対だぞ」


⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒


「ようこそ地下迷Qにいらっしゃいました!」

「一日券を二人分」

「一日券をお二人様ですね。お間違えないですか」

「はい、間違いないです」

「絶対? 本気?」

「え? はい」

「おめでとうございまーす!」


 突然、妖魔族のお姉さんがでっかい声で叫んだ。


「お客様は、記念すべき、当地下迷Q一人目のお客様です」

「一人目?」

「そう、一人目」


 俺はため息をついた。


「そりゃ記念すべきだね」

「ほんとに他に客はいないようですね」


 クロも同情するように言った。お姉さんは目尻ににじんだ涙をそっとぬぐった。


「本当に長かった……お客様には、記念品といたしまして、一年券を差し上げまーす」

「一年券?」

「はい! 今日から一年間、どの乗り物でも乗り放題、ぜひ何度も乗りに来て下さいね! ではこちらの札を首から提げておいてください」


 妖魔族のお姉さんがペンダントを首からかけてくれる。


「いってらっしゃーい」


 一年って……またここに来ることあるのかなあ。まあいいや。お金使わないで済んだし。


「クロ! ぐるぐる! あのぐるぐる乗ろう!」


 最初に乗ったのはまず、例のぐるぐる回るやつ! 丸い器の内側に座って、ぐるぐる回る! 床も回るし、器も回る。


「ぎゃ~~~~~~! 目ェ~~がぁ~~~ま~~~わ~~~~る~~~!」


 めっちゃ楽しい! そしてクロは全然無表情なのがまた可笑しい!


「クロ! クロ! なんでそんな真顔なの!」

「はい? ええ、ですが、気分が悪くなってはいけないと思いまして」

「ギャハハ! こんだけ回って素だったら逆に変だって」

「そうは仰いますが、これはユウエンチの調査ですので……」


 永遠にも思えたぐるんぐるん回りが終わって、器から一歩踏み出すと頭がふらふらした。まっすぐ歩けない。


「床が止まってるのにまだ動いてるような感じがする〜〜〜」


 クロの方は床に立って二歩、歩く間にしゃきっと元に戻った。


「アハハ、クロ、もう平気なの? ちょっとおかしくない?」

「はい、これは少々、コツがありまして。こう、耳をピクピクさせるのと同じ要領で、三半規管のねじれをぐいっと」

「ねえ、楽しんでる?」

「えー、でもその、これはあくまでユウエンチの調査ですから」

「お堅いなあ。ぐーーーーん行こう! ぐーーーーん!」


 ケーシーが「上下に動くだけ」と言ったそれは、またまた楽しかった。上下に動くといっても、速さが変わる。上にじわじわじわじわと動いていって、そして、一番上でかたん、と一瞬止まるのだ。それからぐーーーーーーーーーーんと落ちていく。


「ぎゃーーーーーーー!」


 どっかにケーシーたちがいたら聞こえちゃうんじゃないかというような絶叫。もちろん、俺の絶叫だ。クロはけろりとしたまま遠くを見つめている。


「クロは、さっきよりもっと平気そうだね」

「あっ、はい、このくらいなら落下は慣れてます。修行でよくやりましたので」


 平然とクロが答える。


「どういう修業?」

「私の祖父は武闘家で、このくらいの高さから落ちても冷静でいられるように、と。何度も投げては落とすんですよ、この高さから」

「けどこんな高さから落ちたら怪我するでしょ」

「落ちるんですけど、祖父が受け止めてくれるんです。そのうち慣れてくるので」

「すごい修業だね」

「こうした落下などで身体が緊張してしまうと、対処が遅れて致命傷になります。慣れること、それから平常心ですべきことを考える、そうすると意外と致命傷は避けられるものだ、と教わりました」


 クロの身体能力の高さはそういう死と隣り合わせの特訓の成果なのか。


「それにしてもさ、この地下迷Qのどこがいったい侵略兵器なんだろう」

「さて……今までの調査でははっきりしませんでしたね」

「そもそもだけど、なんでここ入場料とって入れるようにしてるのかもよくわからねえし……」

「資金集めのためでしょうか」

「でも、ケーシーの言い分じゃないけど、入場料たったの白銅貨三枚三ドニカだよ? 俺たち以外に客いないし、全然元が取れてない気がする」

「たしかに」


 そんなことを話しながら、俺たちは「ぐねぐね」の乗り場へ近づいていった。「超高速で突っ走る怖さを楽しむ乗り物」だ。


 ここで入り口に座って暇そうにしていたのは、竜魔族だった。ティルト王国にはほとんどいないから見るのは初めてだ。ケーシーよりも背が高く、それでいてほっそりしていて軽そう。さい魔族みたいな固い肌ではないけれど、爬虫類のような、ちょっとごつごつした肌をしている。そして何より目立つのは、その背中に畳まれた薄い羽だ。この羽で彼らは空を飛べるのだという。


 竜魔族は椅子から立ち上がると、俺の首から提げた「一年乗り放題」の札を確認した。


「乗り放題だね、どうぞ」


 それから俺の背の高さを目で測った。背が低いと駄目らしい。


「この乗り物は、地下まで猛烈な速度で走る。棒で身体を固定するけど、身体を乗り物の外に出さないようにな。地下三階で降りて、昇降機で戻ることになるぜ」


 俺が頷くと、彼はにっこり笑った(ただし、爬虫類的な微笑だ)。


「一人で乗るかい、二人で?」

「一人!」


 俺が即答すると、竜魔族の兄ちゃんは乗り物の扉を開けてくれた。俺は一人で車に乗り込み、安全棒を下げて身体を固定する。


「棒にしっかり捕まってなよ」


 竜魔族は俺に指示すると、操作する部屋に戻っていった。


 ガタン、ガタン、と音を立てて乗り物が進み始める。俺はクロに手を振った。クロもにこやかに振り返した。


 それから、乗り物は突然一気に加速を始めた。


「ぎゃわ」


 あまりの速度に顔がひきつる。


「わわわわわわあ」


 横に渡された棒に必死でしがみついてしまいたい。しまいたいけれど、速すぎて体を前に倒すのも難しい。右に左にぶん回されながら、地面に近づいて、少しゆっくりになったと安心したのも束の間。乗り物は床にぽっかり空いた穴に吸い込まれていく。


「うそうそうそうそ〜あああああ〜〜〜」


 洞窟の中を駆け抜ける。口を開けてると舌を噛みそうだ。


 ここまでは、まだ楽しかったと言ってもよかった。


 どがんと大きな音がした。


「え?」


 洞窟の壁ががらがらと崩れ始め、小石のかけらがパラパラと落ちる中を駆け抜ける。


「これって……これってぇえええええ」


 叫びたいが声が出ない。上からでかい岩が落ちてきて、あわやのところで岩の下をすり抜けた。後ろででかい音がする。いや、これ絶対後ろの道、壊れただろ。おかしいよね、絶対おかしいよね⁉︎ やばいことになってない⁉︎


 心なしか、乗ってる乗り物もぐらぐらし始めた気がする。さっきまでの「ぐわんぐわん」と左右に振り回す感じじゃなくて、小刻みにブルブルブルブル震える感じの揺れ方だ。ちょうど……建物が倒れる時みたいな。


 俺はもうほんとにダメだと思ったね。あの世で親父に会ったらなんて言おうか考えてた。「意外と早く来ちゃった」とか。「ユウエンチって楽しいけど危ないよ」とか。


 永遠にも思える一瞬のあと、乗り物はギギギギギギィィィィ! と耳障りな音を立てて、止まった。その頃には、揺れの方もだいたいおさまっていた。乗り物の先に道はまだ続いているけれど、どうやら異常事態で緊急停車したようだ。道の脇に、係員用の昇降口みたいなのがついていて、扉には「十四」と大きく書かれている。天井から声がした。多分これもQを使っているのだろう。


「業務連絡、非常事態発生。地下で大規模な崩落が発生した模様。警備担当者はマニュアルに従って対応のこと」


「おーい! どうすりゃいいのー!」


 天井に呼びかけてみたけれど返事はない。こちらの声は聞こえないみたいだ。となると……自分でどうにかするしかない。十四へ進め。

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