「ほんとに実在すんの?」……「俺の牢屋はどうなるんだ?」……「変な子だなとは思っていたけど」……「こうなるとクロは頑固だからな」
後日。俺は赤装束の男ケーシーとメイドのクロと一緒に呼び出され、会議室に座っていた。会議室に一番最後に入って来たのは、例の騎士様、エヴァンだ。
「いやーごめんごめんちょっと遅くなっちゃった。何せほら、姫君が僕の忠誠を信じて待ってるから愛ゆえにどうしてもいろいろね」
「その姫君ってさぁ……ほんとに実在すんの?」
「え?」
俺の素朴な疑問に、騎士様の目が点になる。
「だっていつも姫君姫君って言うけど見たことないし、あんたの妄想の産物だったりしたら怖ェなって」
「いや、ちょ、何言ってんの、実在するよ? 実在しますよね、アリーテ姫は」
同意を求めて順番に周りの顔を見る。ケーシー、クロ、俺、壁際の護衛兵。沈黙。
ケーシーがおもむろに口を開いた。
「話題を変えよう」
「あれ? なんか僕がおかしいみたいな雰囲気になってるけどちょっ待っ」
「軍の再編成はうまくいってんのか?」
「再編成?」
俺が尋ねると、
「王国が長らくバディアル連合と戦争してるのは知ってるよね」
「まあなんとなくは」
バディアル連合はティルト王国の北にある土地だ。先日のジジイみたいな妖魔族を始め、いろいろな種族が住んでいる。ティルト王国とは何年も戦争中。とはいえ、ここポートンはティルト王国の中でも南の、海岸の港町だし、遥か北の方で戦をしてるって言われても、俺たち貧民には関わりの薄い話ではある。
「バディアル連合との戦争は膠着状態がずっと続いて、ティルト北部はだいぶ疲弊している。一方、ティルト南部はここ数年景気もいいし、人も増えている。それで、ポートンの軍の一部をパパッと再編成して、北方に派遣することになったんだ。その派遣軍の準備のことだね」
「つまり、あのジジイはバディアル連合軍の手先で、その再編成の邪魔をしに来たわけだな」
ケーシーがまとめると、騎士様はうなずいた。
「らしいね。幸い、ここにいる皆のおかげで事なきを得た。というか、あの騒ぎはむしろちょうどいい実戦訓練だったと言えなくもない。一応、派遣軍の初戦てことになるんだけど、緊張感あったし、被害は少なかったし、戦闘時の課題も見えたしね。上層部も危機感を持って話を進めてる。おかげで再編成がパッと効率よく進んでる面もあるんだ」
「結果的に、あのジジイのおかげで再編成が進んだわけか。ジジイが聞いたらさぞ悔しがるだろうな」
ケケケケ、とケーシーが笑う。騎士様は話を続ける。
「で、あそこの元監獄の建物のことなんだけど」
「ん? ああ、後は俺は知らんけど、有効活用、よろしく頼むわ」
「何だ? あの建物がどうした?」
怪しい雰囲気を感じ取って会話に割り込む。監獄といえば、
「新しい監獄をケーシーが寄贈してくれたので、あの建物をパッと改修して、貧民のための施設にしようと思ってるんだ」
「貧民のための施設……?」
「つまりね、貧民街では家がないような人たちもいるでしょ。それだと落ち着いて働くこともできない。ちゃんと働く意志のある人間を中心に、王軍から仕事を斡旋して、あの建物を低い家賃で貸し出そうと思って。そういう人間に働く機会を提供することで、けっこう国力増強につながるという話をケーシーが教えてくれたんだ」
「エヴァンがやるんだろ。俺は知らねえよ」
「提案したのはケーシーじゃないか」
「まあそりゃそやけど」
ケーシーは誰とも目を合わせず、ブーツの傷をたしかめる振りをしている。あれ?
「そういえば魔法使う時に建物に被害を出したくないとかなんとか言ってたよな。あれはもしかして、再利用のこと考えて……?」
「ああ? 忘れたな」
これは……思わずクロを見ると目があった。クロはこくん、とうなずいた。
「はい、ケーシー様は照れておられます」
「おいーーーーー!」
直球の解説にケーシーが絶叫する。無視して騎士様が俺の方に向いた。
「で、ジャックに聞きたいんだ、あの建物を貧民の人たち気に入ってくれるだろうか」
「え。でもあの鉄格子とか」
「あれはもちろん、取っ払うよ。罪人じゃないんだから、普通の窓や扉に変える、そのくらいはうちの予算で出せるさ。一応全部の部屋を、ジャックのいた部屋と同じくらいの品質に揃えようと思ってるんだ」
「なるほど」
あの部屋で過ごした数日を思い出してみる。
「そうだな……あれより貧弱なあばら屋に住んでる連中は何人もいるよ。ガキとかジジイを除いてもそこそこいるし、そういう連中は仕事したくても貧民上がりだから街壁の中では雇ってもらえないらしいんだよね。仕事ももらえて部屋もあるなら、是非入りたいって奴らは見つかると思う」
騎士様は意気込んだ表情になった。
「そうか、安心した。そういう人を何人か、ジャックに紹介してもらえたら助かるんだけど」
「ああ、いいよ。えっ、待てよ、そしたら俺の牢屋はどうなるんだ?」
「君の牢屋?」
騎士様は不思議そうな顔をする。じれってえな。
「だってよ、あそこで働く連中が普通に暮らしてる中で俺だけ牢屋って気まずくない? さすがに」
「……?」
「あっ、もしかして新しい監獄に俺も移るのか? そっちに新しい牢屋が用意されてる?」
話が通じない俺と、ポカンとした騎士様を見かねたように、クロがとりなした。
「何か誤解があるように思われますが」
騎士様は首を傾げながら、一語一語、確かめるように言う。
「ジャックは牢屋に入れられたと思ってたの?」
「え? だってそうだろ」
「何の罪で? 何か悪いことした?」
「何って……いや、したような、してないような……だって騎士様が俺を牢屋に入れたんじゃん」
「あの時、ごろつきに絡まれてた君を……まあ絡まれて反撃してぶっ飛ばしたわけだけど……君を連れてきたのは、君が家族もいない、家もあってないようなもんだ、って言ったからだよ。保護したというつもりだったんだが。扉の鍵だってかけてなかっただろう?」
今度は俺の目が点になった。
「そうなの……?」
鍵が開いてるかどうか、確かめたこともなかった。だって牢屋って鍵ついてるもんだろ。鉄格子あるし。
「エヴァン、これはお前の説明不足だな」
「……ごめん。一日中部屋にこもりっきりで外に出ないし変な子だなとは思っていたけど道理で」
「あ、いや! 騎士様は悪くないよ」
騎士様がしょげた顔をするのを見て、俺はあわてて言った。
「実際、いい部屋だしすげー助かる、と思ってたし、牢屋にしちゃ豪勢だなあって思ってたんだ。気づかなかった俺もちょっとダサいよな」
タハハ、と笑う。「あの騎士様、けっこう抜けてるとこあるからな」とか思ってたけど、抜けてるの俺じゃん。
「ほんとダセえな」
「うるせえ!」
机の下でケーシーを蹴っ飛ばしたが、長靴をはいているので痛くもかゆくもなさそうだ。いつか隙を見て素足の小指を踏んづけてやる。
「あ、じゃあの食事も囚人の食事じゃないんだ」
「ケケケ。囚人があんな豪華な飯食えるわけないだろ。全部エヴァンのおごりだよ。なかなか旨かったな」
騎士様はにこりと笑って話を引き取った。
「そう言ってもらえると助かるよ。それで、ジャックには、あの部屋で、世話役として暮らしてもらえないかと思っているだがどうだろう? もちろん、錠も格子もなしで」
「へ? 世話役? まさか。そんなの俺、できないよ」
「あまり難しく考えなくていい。国からの管理人は別につける。君があそこで暮らす人たちの話を聞いて、困った事があったらその管理人に相談してくれたらいいんだ。解決方法はみんなで一緒に考える。あそこで暮らす人たちと王宮の人間が、うまく話をできる手助けをしてくれたら本当に助かるよ。謝礼も出す」
騎士様がこっちを見る。うっ。そんな犬ころみたいな純粋な目でこっち見ないでくれ。
「俺は……」
騎士様の言うこともわかる。貧民街の気の良い連中と一緒に、いい部屋で暮らせて、争いごとに首を突っ込んでうまくまとめる。そういうのならできそうかな、とも思う。いや、違う、これは、俺にできる仕事を、騎士様が用意してくれたんだ。だからできて当たり前だ。
親父だったらどうするだろう? 考えてみれば、病気になる前、親父がやってたのと同じようなことだ。親父だったら引き受けただろう。でも俺に引き受けろと言うだろうか。親父は俺に短剣を持たせる時、こう言った。
「人には向き不向きがある。お前に俺みたいな大剣は振れないのと同じだ。判断に迷った時には、わかっているところまで戻るんだ。それからよく考えてみるんだぞ」
「俺にわかっているところ」ってどこだ? 俺は……
俺は、金が欲しい。
「ケーシーーーーーー!」
俺は怒鳴りつけた。突然の怒号に、ケーシーとなぜか
「俺はお前についていく。お前の無駄づかいを徹底的に直してやる!」
「はあ?」
「はあ? じゃないよ! お金の価値がわからんバカだから俺がついてってやるって言ってんの」
「お断りします」
「なんでだよ!」
「俺の金だぞ。指図される筋合いはない!」
「無駄づかいすんなって言ってんの」
「無駄じゃねえよ。ちゃんとあのジジイを撃退しただろ」
「私はジャック様がいらっしゃることに賛成です」
突然割り込んできたクロに、全員が目を丸くした。
「クロ?」
「私はジャック様がいらっしゃることに賛成です」
「クロさん?」
「私はジャック様がいらっしゃることに賛成です」
ケーシーはやばい、という顔になった。
「こうなるとクロは頑固だからな……」
「私はジャック様がいらっしゃることに賛成です」
クロはダメ押しにもう一度言って、それから部屋を見回して言った。
「ジャック様がケーシー様に同行するのに、反対の方」
ケーシーが両手を挙げた。椅子からぴょんぴょん跳ね上がって両手で自己主張している。バカ?
「一人ですね。ジャック様がケーシー様に同行するのに、賛成の方」
俺が両手を挙げてぴょんぴょん跳ねた。クロも両手を挙げた。いやお前も両手挙げるんかい。
「え? 騎士様?」
俺は思わず声を上げた。騎士様もこっそり両手を挙げている。
「だってあんた、俺にあの部屋で世話役やれって」
「言ったよ、たしかに言ったけど、それが君にとっていいかどうかはわからないじゃないか。君がついていきたいっていうのなら、きっとそれがいい。そんな気がする。君ら仲いいし」
「いいわけないだろ! こんな無駄づかいと!」
俺はぶんむくれたけれど、騎士様には感謝した。ケーシーがツンツン頭をガシガシとかいた。
「しょうがねぇな……クロがそこまで言うんじゃな。こんな小僧、足手まといだけどな……」
「くっ」
痛いところを突かれた。たしかに、俺が役に立つことなんてあまりない。今は、まだ。俺は今日から剣の練習をしようと心に決めた。いつかぜったいケーシーの小指を踏んづけてやる。正々堂々、踏んづけてやるからな。
「ケーシー様。前から気になっていたのですが」
クロが口を開いた。
「ん?」
「小僧、小僧とおっしゃいますが、ジャック様は、女性ですよ」
「んんッ?」
ケーシーが目を白黒させる。
「んなわけないだろ。こいつが女の子って……」
ケーシーが周囲を見渡す。クロ、俺、
「だってこいつ『俺』って言ってるじゃん」
「女性が『俺』と言ってはいけない明確な理由はありません」
「ジャックって男の名前だろ」
「女性がジャックと名乗ってはいけない明確な理由はありません」
「……」
「……」
「あの~」
沈黙に耐えきれず、俺はおずおずと口を挟んだ。
「実は俺、生まれた時の名前はジャクリーンって言うんだ。親父が言うには。でも俺らしくないから、もうずっとジャックって名乗ってて、俺ももうジャックの方がしっくり来るんだよね。あはは……」
「……」
「はは……可笑しいね」
「……」
「……」
「紛らわしいッ!」
「だ、だって誰も俺に女なのかって訊かなかったじゃんかよ!」
「そんなの気づかんわ!」
「私は一目で気づいてました」
クロが言うと、
「あ、僕も気づいてたよ」
「なんだとぉ? いつからだよ」
「最初に会った時から何となくは」
「ぐっ」
「それにしても……ジャックの本当の名前はジャクリーンというの?」
「ああ、そう、でも親父も長いからって『ジャック』って呼んでたよ」
「なるほどそうか……」
「なるほどそうか……じゃねえよ。根性の入った小僧だと思ったら根性の入った女子だったとは……」
「私はジャック様がいらっしゃることに賛成です」
「わかった。それはもうわかった」
こうして、俺は、ジャックたちと一緒に行くことになった。どこへ行くのかはまだ聞いてなかったけど。
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