十章 運命の糸を信じて!

二十四話 立ち上がろうとしてくれていたね

<高校三年・初夏>


 一学期の期末試験も終わった土曜日、あたしは駅でその時間を待っていた。


「待たせてごめんね……」


 後ろから聞こえた小さな声。でも聞き逃すなんて絶対にない。


「結花ぁっ!」


 久しぶりに見た親友。心配していたほど大きく変わってはいなかった。


 セーラー襟のついた、サックスカラーのワンピースに、細い麦藁の編み込みに白いサテンリボンを巻いてあるカンカン帽の下には懐かしい結花の髪が肩の下まで伸びていた。そう、長い後ろ髪で結花だと一目で分かったあの部分を再び伸ばし始めてくれている。


 それが分かっただけでも、もう涙が出てきちゃいそう。


「心配かけてごめんね……」


「ううん。とにかく、ここじゃなくて行こうよ」


 このまま何時間でも立ち話をしてしまいそうだ。それじゃ勿体ないし、誰かに見られてしまう可能性もある。


 電車とバスを乗り継いで、結花もよく一人で来るという江ノ島にある水族館に到着した。


 平日は幼稚園や小学生が遠足でよく訪れる施設でもあるけれど、今日は家族連れの姿が多い。


「私も久しぶりなんだよ」


「そうなんだ。もっと来ていたのかと思った」


「ううん」


 意外にも水槽の前で首を横に振る。


「この三ヶ月ね、病院でいろんなリハビリした。体力をつけるものもあったし、精神的なものもあったよ。学校辞めた頃は、本当に外で人に会うのが恐くなっちゃってた……。そういう克服のリハビリもいっぱいやったよ」


 そうか、表向きには体調が戻らないとしか説明がなかったけれど、その原因はやはりあの学年の環境にあったのは間違いなかったのだろう。


「ごめん。あたしからもっと早く話しかければよかった。どうしていいか分からなくて……」


「いいんだよ。ちぃちゃんがくれたメールをずっとロックしてあって。外に出られるようになったら最初に報告するって自分の目標にしてたんだ……」


「強いんだね……。あたしを守ってくれたあの時と変わらないね」


 よかった。やっぱり完全には負けていなかったんだ。少しずつでも立ち上がってくれていた。


「どうするの? これからどこか転校でもするの?」


「ううん。高校は義務教育じゃないからね。私の学生時代はあそこでおしまい。この先はまだ決めてない……」


 外に出て、イワトビペンギンのプールの手すりから中を見ている結花。その横顔にはまだ迷いも残っているように見えた。


「中卒だから、お仕事も探すの大変だと思う。でもその前にちゃんと社会復帰しなくちゃね」


「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。もし、大変そうならうちの親にも聞いてみるし」


 そうだよ、まだ完全復活じゃないんだ。しっかり傷を治してからでも構わない。


「うん。まずは夏休み中に、お母さんの知り合いのところで、お手伝いから始めてみることになったの」


「そっか。もう始めるんだ」


 聞けば、市の施設で夏休みの子どもたちの宿題をみたり、一緒に遊んだりという内容だというから、仕事の第一歩としてはちょうどいいのかもしれない。


「九月からはまだ決まっていないんだけどね」


「大丈夫だよ。結花のこと分かってくれる人はいっぱいいる。だから、あたしは心配しない」


「もぉ、そんなに強くないよ私?」


「いや、どっちかといえば、心配なのは小島先生の方でね……」


「えっ? 先生に何かあったの?」


 こちらを見て心配そうな顔をする。言うべきじゃなかったかもしれない。


「う、うん……」


 でもダメだ。こんな顔で見つめられてはそのまま素通りなんてできない。


「小島先生ね、一学期で学校辞めるんだよ」


「そんな……!」


 結花の顔が真っ青になる。


 あたしも昨日知ったばかりだ。それも一般生徒はまだ知らない速報だから……。

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