二十三話 やり直し一日目のことを思い出す
「佐伯、なんでもいい。知っていることを話してくれないか?」
こんなに力なく話す先生も初めてだ。
「昨日、放課後に結花とご両親が来ました。体がきついので、お休みではなく退学させて欲しいと言ってました」
そう。昨日の放課後にあったこと。応接室の前でそのやりとりを聞いてしまったあたしは、そこから動けなくなってしまった。
「誰かに虐められたとか、嫌がらせとかは言わなかったのか?」
「それはなかったです。先生だって知ってるでしょう? あの結花が誰かを責めたことありますか?」
一番近くで、結花を見ていたのは先生だもん。
いつの頃からか、結花が自分で言うようになった。自分を支えてくれるのはあたしと先生の二人だと。
「そうだよな。あいつは絶対に言わない。全部自分で抱え込んじまう。もっと言っていいんだといつも言ってきたのに」
そうだよ。それが結花の生き方だもん。それでも何とかここまで頑張ってきたのに。
「結花、誰もいない教室で窓の外を見ていました。ごめんなさいって一人で謝ってました」
最初、誰に対して謝っているのか分からなかった。
でも、それは本当なら先生を前に言おうとしていたのだと思う。でも、それが耐えられないから、わざと先生が出張で校内にいない日を選んで不測の事態を避けたのだと。
その時の姿はとても声を掛けられるものじゃなかった。だから、あたしが結花と言葉を交わしたのはそれよりも後の時間のことだ。
「そうか……。あいつらしい」
「中卒でもよければ愚痴りに来てって。ずっと一緒に高校まで入学できたのに、卒業できなくてごめんって……」
あたしはそこまで言って、もう止められなくなって、先生の胸をたたいた。
「結花、本当に寂しそうでした。先生、結花を見捨てないでください! あんなに優しくて頑張り屋は他にいません。結花の初恋、ほんの少しでもいいです。先生だけが結花を笑顔にできるんです!」
分かっていた。結花が淡い想いを覚えた。
先生というあたしたち学生には禁断の相手だったとしても、あたしの知る限り初めてのはず。失恋と退学という大きな傷をどう手当てしていけばいいんだろう。
「もちろん、そうしてやりたい。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「原田が、俺の前に再び来てくれればの話だが……。こんな俺でもよければな……」
あたしは、同じように泣きそうになっている先生を見上げた。
自分の部屋に戻って結花にメールを入れたけど、返事は返ってこなかった。いろいろ調べてみたけれど、SNSや通信アプリのアカウントも削除されていた。
唯一の救いは電話番号やメールのアドレスが消えたり変更されていないこと。出てはくれなかったけれど、あたしからの着信も拒否されていない。今はここに賭けるしかなかった。
確かに、今年度に入っての四月の調子は決して良くはなかったと思う。
表向きは元気そうにして、授業にも出ていた。でも、通学時の顔色はどこか疲れ切っていた。
『大丈夫だよ。心配いらないよ』
「まったく、全然大丈夫じゃないじゃん」
もっと早く気づいて手を打てなかったか。さっきの小島先生と同じだ。先生の方がダメージはさらに深いだろう。一年間、結花を支え続けて、初めてあの子の気持ちを受け取ったこともある。
落ち着いた頃に好きなお菓子でも持って行ってあげよう。願わくば、それまで少なくとも無事でいてくれればいい。
あたしと結花の再出発の一日目はこんなスタートだった。
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