十一話 久しぶりの二人でバスタイム
どこにも行くあてが無くなってしまったから、指示されていたとおり結花の部屋に行く。
ドアにカードを差し込んでロックが解除されたのを確認して、先生たちはこんな便利な物を持っているんだと妙に感心してしまった。
確かに二年二組の女子生徒は奇数。だから結花が最初から一人部屋を望んだのだろう。
相変わらずの手際のよさだ。明日の日程で着る服がもうセットしてある。デニムの膝丈スカートに開襟の白ブラウス。レースのソックスにネイビー色の布スニーカー。日差し除けに桜色の薄手パーカー。
あの小学生の頃から大きく変わっていない。当時は年上に見えたけれど、今は実際より年下に見えるかもしれない。
テーブルの上には日焼け止めと化粧水だけが用意されている。
結花はこの歳でもほとんどメイクをしない。
前にそんな話になって、肌が弱くて化粧品を塗るとあとで苦労してしまうと言っていたっけ。
今はそういう敏感肌用の製品もあるし、実のところ何だかんだ言ってもコスメの一式を持っているのも知っている。
きっと理由があってしていないのだろうけど、化粧水で整えてリップ一本と日焼け止めで終わりというのは、ある意味羨ましい。
「佐伯、戻ってるか?」
ドアのノックと先生の声があって、あたしが扉を開けると、右腕を先生の肩に回された結花がいた。二人とも雨に打たれて全身びしょ濡れだ。
「どこにいたんですが?」
バスルームからタオルを持ってきて二人を拭き上げていく。
「海岸に座ってた。茂みでなくてよかったよ。こういう場所ではあるけれど、沖縄はハブがいるからな」
濡れてもいいように、浴室から椅子を持ってきて座らせた。
「結花、大丈夫?」
「ちぃちゃん……ごめんね……」
「いいの、あたしは全然。こういうのも慣れてるし。先生、結花をお風呂に入れて着替えさせます。あたしの部屋の子に戻りが遅くなると伝えてもらえますか?」
このまま濡れた制服姿じゃ風邪をひいてしまう。
「分かった。佐伯、悪いが頼んでいいか?」
「任せてください」
借りていたカードキーを先生に返して見送ると、扉のロックをかける。
「結花、お風呂に入ろう?」
まだ少しうつむき加減の結花に声をかけながら、濡れた制服を脱がせていく。
この強い雨の中、上から靴の中まで濡れちゃ風邪をひく。
これはあとで軽く濯いで脱水しなきゃダメだな。シンクに濡れた服と、クローゼットから取り出したパイル生地のバスローブを仮り置きして、あたしもとりあえず服を脱ぎ捨てて、結花を抱っこしてバスルームに連れて行く。
バスタブにお湯を張る間、熱めのシャワーで結花を温めることにした。
「ちぃちゃん、ごめん……私……」
「いいじゃん、結花と一緒にお風呂に入るの久しぶりだね」
たっぷりボディソープを泡立てて結花の体を洗っていく。皮膚が弱いというのは本当なんだろうな。あたしに比べて本当に白い。
前側は結花に声をかけて自分で洗ってもらった。その代わりに長い髪にシャンプーをつけて
「結花はこんな綺麗な髪でいいなぁ。あたしがやったらボサボサだよ」
「なかなか切る時間なくて……」
「そっか」
でもあたしも女の端くれだ。毛先はちゃんと枝毛もなくカットしてあるし、前髪もサイドもきちんと手入れされているのくらい分かる。しかも、そろえた部分を見れば、ここ数日以内に美容院に行っているはず。
『もしかして、結花が恋をした?』
学校行事としての修学旅行を結花が楽しみにしているわけではないことを小・中学と一緒に過ごしてきたあたしは知っている。
こういう団体行動の時には学級委員の結花は仕事が増えるからだ。
さっきのように気を抜いて楽しむことも許されない状況では、旅行会社の社員ではないのだから楽しめるという状況じゃない。
それでも、切るほどでもなかった結花が美容院に行ったとなると、特別な日と認識していたことになる。
『誰だ……』
馴染ませたコンディショナーを流して、タオルで巻いてあげる。
なんだかんだと一緒にプールにも行くし、お互いの家でお泊まりをしたこともあるから、結花の髪の手入れなら任せてもらっても大丈夫。それが分かっているから、彼女もじっとしてしる。
バスタブに二人で向かい合って座り、ようやく結花の顔色が戻ってきたのを見てホッとした。
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