九話 早く帰ってきてよ…
かごの中に入っている二人分の洗濯物を確認しながら洗濯機に入れていく。
当然和人の物もある。最初に下着などを見たときにドキドキしてしまったのもずいぶん昔のことだ。それは彼だって同じだったと思う。
ボディーソープとシャンプーをシャワーで洗い流してバスタブに浸かった。
ファミリー向けの部屋だから、追い焚き保温の機能も付いている。比較的長いバスタイムのあたしには有り難い。
お湯の中で体をストレッチしてみる。一応、体のラインもチェックはしている。
相変わらず胸のサイズは変わらないのに、少し気を抜くと他のところに余分なお肉が付いてしまうなんて失敗は何度もしているからだ。
みんなの前では言えないけど、その日の気分で和人と一緒にお風呂に入ることもある。
狭いバスタブに二人は厳しい。その代わりにどちらかが体を洗っている間に、もう一人が温まっているというやり方で、その間に交わされる他愛ない会話が好きだから。
そうでなくても、これだけ近くで暮らして一年。お互いに一人暮らしをしていたときは何とかごまかせた変化だって、今ではすぐに分かってしまう。
どちらの親だって分かっていると思う。大学生にもなって一緒に暮らしているあたしたちに『何もない』はずがないということくらい。
当時に知られていたら怒られたかもしれないけど、彼と初めての経験をしたのは高校三年生の一学期だ……。
そう、あの当時、あたしは少し荒れていたんだ。
突っ張っていたわけじゃない。
原因は大親友を救えなかったこと。
悲しくて情けなくて……。
「結花……」
あんな辛い思いは誰だってしたくないし、あの子にさせちゃいけなかったのに。
いけない。涙が溢れそうになって、それを手で拭った。
パジャマに着替えてバスタオルと洗剤を洗濯機に入れてタイマーをセットした。これで明日の朝に起きたときには干すだけになっているはず。
最後に、扉の隙間から光が漏れている和人の部屋をノックして覗いてみる。
「こら、風邪ひいちゃうよ」
パソコンはつけっぱなしで、その横にノートと専門書を開いたまま、机に突っ伏して寝ている。
毛布を背中からそっとかける。きっと夜中に起きてから続きをやるんだろうな。
「大学生は遊んでいられる」。誰かしら言う人もいるだろう。
実際にそういう子たちがいるのも事実かもしれない。でも和人を見ている限り、それが全てでないことはあたしが十分に知っている。
あたし自身だって、介護関係のコースを選んでいるけれど、授業を真面目に受けて課題を処理していれば一日はあっという間に終わってしまう。
理系で実験レポートを抱える和人はもっときついはずだ。
だから和人は定期のアルバイトを持っていない。少ない仕送りの中から部屋代を出してくれているお礼に、光熱費や食費はあたしの仕送りとアルバイト代から賄っている。
それでも二部屋よりは安くなるし、将来に向けた貯金もしようと一緒に住み始めたんだ。
残っていたごはんをおにぎりにしてラップでくるんだ。それを栄養ドリンクと一緒に置いて、『無理しないでね』とメモを残す。
「おやすみなさい」
そっとドアを閉めて自分の部屋に戻り、マットレスと布団を敷いて時計をみる。
十時半か。結花はもう起きたかな。
机の上に二枚入りのフォトスタンドを置いてある。一枚は和人とデートで撮ってもらったもの。そして、もう一枚は……。
真っ青な空と、白壁のチャペルの前。純白のドレスを纏った花嫁とその隣に立つ花婿の二人を囲んだ写真。あたしも和人もその中にいる。
今から三年前に写したものだ。
「結花ぁ、春休みじゃ遅いよ。早く帰ってきてよぉ……」
写真のなか、あたしの隣で幸せそうに微笑むウェディングドレスの親友に声をかける。
あたしの漠然とした不安も、彼女なら昔と変わらず柔らかく受け止めてくれるだろう。
彼女の笑顔は、想像を絶するほどの絶望感と、何度となく枯れるほどの涙の日々を諦めずに一歩一歩進み続けたからこそのもの。
結花自身が最後に取り戻せたものだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます