七話 忘れられないあの日のこと
転校生のあたしが数日で結花とコンビを作ったことは、クラスではよほど意外に映ったらしい。
特に結花のことを呼びつけては難癖を付けたり、用事を言いつけていた
「ちぃちゃん、いつもありがとう」
「なんもしてないって」
実際に友達として付き合いだしてみると、結花は想像以上にいい子……、いや本当にお嬢様だった。
誰に対しても礼儀正しく優しいし、普段の教室では見ることが出来ない笑顔は、同性のあたしが見ても可愛い。
目も二重でぱっちりしているし、髪の毛も背中まで伸ばして、リボンで留めている。
性格だって、洋服と同じように本当に同級生かと思うくらい中身は大人びている。きっと、これまでに受けた仕打ちで悟ってしまったことも無関係じゃなさそうだ。
それでも結花は、決して特筆するべく目立つ子ではない。勉強は秀才とまでは行かないそこそこのライン。体育は見た目どおりに不得意科目。
そして何よりも友達作りが苦手だった。大きくなってからの表現を当てはめれば、「生きることに不器用」とでも言うのだろうか。
それでも、学級委員という役目を精いっぱい果たしている。
そんな結花の学校生活にあたしがサポーターとして入った。
結花が自分では言い返せないことを代弁してやる。わざと高い枝に引っ掛けたボールだって、あたしが木登りして取ってきた。
その積み重ねが、その時に結花に向けられてしまうなんて……。あたしは十年経った今でも許していない。
卒業を間近に控えた時期。授業でドッジボールをしていた時間のこと。
当然のように真っ先に狙われてしまう結花。あたしの後ろに回るように打ち合わせてあったのだけど、どうしても庇いきれないこともある。
あたしがボールを相手方に投げ返したとき、勢い余って足をもつらせて転んでしまった時だ。
「しまった!」
「ちぃちゃん大丈夫?」
「原田を狙え!」
「結花逃げて! 来ちゃダメ!」
咄嗟にあたしに手を差し出した結花に声を掛ける。
あの瞬間のことはこれだけ時間が経ってもあたしの頭で再生できる。
完全に無防備となった結花の背中に、至近距離から力任せに投げられたボールが直撃して、上に跳ね上がったそれは、バランスを崩して顎が持ち上がった彼女の後頭部に当たった。
受け身を取ることもできないまま、顔面から音を立てて地面に叩きつけられた。
動かない……。いつだって何をされても立ち上がる結花が動かない。
目を閉じたまま、唇の端から赤い血が細く垂れている。
「結花!」
「原田! 救急車を呼べ!」
先生の声がする。
「結花、しっかりして。起きて結花!」
突然の状況にだんだん騒然としてくる。養護の先生も飛び出してきた。
その後の授業のことなんか知らない。
初めて乗った救急車は、ずっと結花の手を握っていた。
顔の傷を手当てしてもらって、頭の検査に回されるのを、あたしは病院の廊下で見ていることしかできなかった。
「先生、結花が……」
「大丈夫。大丈夫だから」
私を落ち着かせ、「難しいことだけど」と前置きの後に話してくれたんだ。
今回のことは、事の取り方によっては傷害事件になると。
「あの近さで、原田さんが倒れるほどの力を入れて投げる必要はないわ。鈴木さんが原田さんを怪我させたという事実は変わらない。原田さんのお母さんは確か弁護士さんよ……。これまで見て見ぬ振りをしていた職員室も同罪だわ」
そういえば、救急車だけでなくてパトカーも来ていた。校庭を写している防犯カメラを見に来たって。
顔にガーゼを当てられ、頭には包帯も巻かれている。その白いすき間から結花の瞳に光が戻ったのは、夕方になってから……。
「結花ぁ!」
「ちぃちゃん……」
ずっと握っていた結花の手に力が戻ってそっと握り返してくれた。
「よかったよぉ、ずっとこのままだったらと思って……」
ずっと夢の中にいたようだったと話してくれた。
救急車の音と、あたしの声はずっと聞こえていたけれど、返事をどうやってすればいいか分からなくなっていて、申し訳ないと思っていたことも。
それ以来、あたしは心に決めた。
「結花を守ろう」と。
あの瞬間、結花は自分が犠牲になることを十分に分かった上で、あたしに怪我がないかを心配して来てくれた。
結果、大騒ぎになってはしまったけれど、あたしに最後までボールは当たっていない。ドッジボールのルールで言えば、あたしは最後まで内野の枠の中。
あの状況の中でいつもどおりにあたしに怪我してないかを確かめに来た。結花はそれが出来るんだ。自己犠牲とは少し違うけれど、彼女の行動は普段のまま。誰が見ても背後からその瞬間を狙った方が悪い。
この一件で、授業時間でのドッジボールは当面自粛となった。
同時に、最後にあのボールを至近距離で投げつけた鈴木とその取り巻きは、警察の事情聴取だけでなく、これまでの数々の問題行為が表に出されて、自宅謹慎などの厳重処分を受けることになった。
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