第14話 大厄災③


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!」


 禍竜が巨大な咆哮ほうこうをあげて倒れ込む。

 袈裟懸けさがけに抉り斬られた肉体からは大量の血が飛び散り、砂漠の上に真っ赤な池を作っていった。

 そして、アグラもその場に倒れ込む。


「がっ……はぁ……はぁ……」


 今の一撃には、アグラの持ちうる全てのエネルギーをつぎ込んでいる。一度放つだけで極限まで始素を消耗する上、練り上げた闘気まで消耗するため、アグラはこれで完全にダウンした状態になってしまう。

 砂塵獣さじんじゅうに囲まれたまま、アグラは一歩も動けなくなってしまった。


(いやはや、参ったな。俺もいよいよ、くたばり時か?)


 砂塵獣の群れは主の禍竜が倒れたことで呆然としている。今はアグラに見向きもしていないが、このままでは主を倒した敵として狙われるのは必然の流れだろう。

 だが、そうはならなかった。奇縁とは、人を助けるものである。

 突如上から降ってきた謎の生命体がアグラを持ち上げ、空中に飛び去ったためである。


「……なんだ、これは?飛行型の魔獣か?」

「大丈夫ですかっ?!絶対怪我してますよね?!今助けますから、動かないで!」


 飛行型魔獣_____ブルタンと、それに乗っていた人物によって、アグラは助けられることなる。


「……お嬢ちゃん、妖鬼じゃねぇか。下の連中の仲間か」

「はい。あなたが助けてくれたようで、助かりました」


 頭部に角を生やした薄紅色の髪の少女、シーナは迷いない動作で、アグラに治癒のための妖術をかけていく。


「……おいおい、俺は聖騎士だぞ。お前らにとっては敵じゃないのか」

「ええ、そのようですね。私の兄は、あなたの仲間と戦っているみたいですし」


 禍竜との壮絶な戦いが繰り広げられている中、ジオとバンジは今も戦いを続けている。この事態に何をしてるんだと思うが、ジオは何よりも自分の誇りを大事にするため、無理矢理戦わせてもあまり強さを発揮できない。そのため、ジオにわがままを許したアグラなのだが、どうやらそのジオがこの少女の兄と戦っているらしい。アグラとしては、流石に申し訳ない気持ちになった。


「ですが、それとこれとは別問題です。あなたの仲間のことはちょっとムカつきますけど、あなたは私たちの恩人です。助けないわけにはいきません」


 だが、妖鬼の少女は献身的にアグラを治癒している。この少女は、どうやらアグラのことを敵として見る気はないらしい。魔物とは思えぬほどに整った美貌を誇る鬼の少女から向けられたのは、アグラですら見たことがないほどの純粋な善意だった。


(本当に……真っ直ぐな心だ。こんなに綺麗な心を持った魔物がいるなんてなぁ。俺もまだまだ、知らなきゃいけないことが、たくさんあるな)


 シーナの治癒術はとても心地よく、疲労も相まってアグラはそのまま眠ってしまった。だが、果たした役割はとても大きいものである。





__________





(……オノレ……!オノレ、オノレ、オノレェェェッッ!!!)


 禍竜は、痛みと屈辱によって悶え苦しんでいた。

 生まれてから一度も味わったことのない、激しい苦しみ。

 その不快過ぎる感情が禍竜の胸の内を焼き_____更なる別の感情を呼び起こした。


(イタイ、イタイ、イタイ!キラレルノハ、スゴクイタイ!)

(_____?!?!)

 

 気づけば、自分の頭の中にの声がすることに気づいた。

 確かに痛いとは思った。だが、その声は複数の異なる声が混じっていて、とても自分の声とは思わなかった。


(イタイイタイイタイ!ドウシテ、ドウシテコロサレナキャイケナイノ?!)

(_____ナゼ?ナゼ、キラレナケレバナラナイノダ?)

(リフジンダ!ユルセナイ!ワタシタチハ、ナニモワルイコトシテナイノニ!)

(_____ソウダ。ニクイニクイニクイ_____!ニンゲンガニクイ!)

(ソウダ、ソウダ!ユルセナイユルセナイユルセナイ!コンナニヒドイコトヲスルナンテユルセナイ!)

(_____オオ、ソウダ!ゼッタイニユルサン!ゼッタイニゼッタイニゼッタイニ_____アノニンゲンヲコロシテヤル!)


 もはや、その声が誰のものであるかを、禍竜が知ることはない。

 死した無数の魔物たちの怨嗟は、禍竜の魂に取り込まれたことで、さらに強く、憎む敵を目指して、力強く鼓動する。

 

「…………オオ、オオオオオオオオオ大オオオオオオオオオッッッッッッッッ!」


 アグラの攻撃は、確かに禍竜に大ダメージを与え、行動不能にすることに成功した。

 だが_____その攻撃がきっかけで、禍竜に取り込まれた魔物たちの怨嗟の記憶を、さらに強く呼び起こすことになるなど、誰にも予想できないだろう。

 禍竜の目には、もはやアグラなどいない。目に浮かぶは_____この砂漠で殺戮を撒き散らした人間のみ。

 憎しみの力を糧により強くなった禍竜は_____さらに形態変化を遂げる。

 より効率良く_____敵を殺すことに特化した、姿へと。


「……憎き人間よ。待っているがいい」


 大きさが大幅に縮小し、5メートル程度の大きさとなった『禍竜』。

 以前とは打って変わり、翼が生え、宙を自由自在に飛び回ることが可能となった。

 力の量自体は変わっていないが、恐るべきはその内面の成長である。

 こうして____厄災の化身は、完全なる復活を遂げた。



「_____我が名はヴォルニカ。厄災竜、ヴォルニカである!」


 

 その真なる名と共に。





__________





 白熱するジオとバンジの戦い。

 だが、それは戦いと呼ぶにはあまりに一方的なものである。


「がははははっ!そろそろくたばり時じゃねぇのか?!」

「くっ……そ……!」


 ジオの力任せで、それでいて異常なほどに早い剣が振り回され、周囲の岩・砂もろとも微塵に砕かれていく。その剣の狙い目であるバンジは、持ちうる全てを駆使してなんとかいなし続けるが、もはやジオの剣はその風圧だけでバンジの肌を切り裂く程になっていた。

 バンジの技量は非常に高く、保有始素量にして三倍以上のジオに対しても瞬殺されることなく戦いを維持できていることがその技量の高さを物語っていた。魔物の剣技『不心転流ならずしんてんりゅう』にようる受け流しの剣技によって、ジオの猛攻を防いでいたのだ。

 問題は、ただでさえ強力なジオの剣が、時間が経つにつれさらに強力になっていくことだ。

 これこそが、ジオの最も強力な戦い方。異常なまでに高い誇りを闘気へと変換し、それを剣に乗せることで、掠っただけでもバンジほどの魔物を葬る剣としている。

 おまけに、魔人であるジオは心を強く保つことで、身体能力を大幅に増幅させている。魔人へと覚醒した人間は、精神が肉体を上回る。そのため、精神で練り上げた始素を際限なく肉体に纏うことができ、身体能力に制限がないのだ。

 魔人としての特性を活かし、流麗な剣技とは正反対の動きでバンジを追い詰めるジオ。バンジとしては、ふざけるなと言いたい状況であった。


(クソッタレ、こいつがこんなに強いのは計算外だ……!)


 バンジの読みが正しければ、あと一分もせずにジオの攻撃力がバンジの対応能力を完全に上回る。今は剣技を使って受け流しているが、もうじき受け流せなくなってしまうだろう。


(どうする?打開策はあるのか?そもそも、こいつの隙を突くなんてできるのか?)


 必死に頭を働かせるが、全てが絶望的な結果に終わる。

 いよいよ万事休すと思われたが_____


 突如、ジオが攻撃をやめた。


「……疲れた」

「……は?」


 いきなり攻撃が止んだかと思えば、次に来たのは追撃ではなくまさかのだらしない発言である。


「俺は別に戦うのが好きなわけじゃないんだよ。俺が好きなのは、勝つことだ。俺よりも強そうな面をしているやつに勝つのが好きなんだよ」

「……へぇ。じゃあなんで攻撃を止めた?このまま続けていれば、お前が買って太郎に」


 ジオはきょとんとした顔をしてバンジを見る。どうやら、バンジの考えをジオは持っていなかったらしい。


「考えもいなかったわ。確かに、あのままだったら勝ててかかも」

「…………?」

「でも、それじゃダメだな。勝つなら勝つで、派手に勝たねぇと。ただ単に剣振ってたら勝ってた、じゃダメだね」


 バンジとしては意味不明なこと極まりなかったが、実はジオのこの行動は理に叶っている。

 ジオは己の誇りを何よりも重要とする。裏返せば、誇りを感じなくなってしまえば、ジオは弱くなってしまうのだ。

 例えこのままバンジを追い詰めても、それで勝てる自分のことを『カッコいい』と思えなければ、途端にバンジは弱ってしまう。

 そのため、途中で攻撃を止めて気分を切り替えるのは、実のところ最も強いジオの戦い方であったのだ。


「さて、そろそろ決めてやるよ。俺がお前よりも強いってことをさ」

「……ちっ」


 バンジも、攻撃を止めたことで、途端に膨れ上がったジオの力を感じ取っていた。

 もはやバンジが刀で斬りつけても傷つけることが難しいほどに、ジオの力は高まっている。下手な剣技は、一つも通じない。


(……いや、だがこれはチャンスだ。こいつが真正面から切り込んでくるなら、それを活かして攻撃するまで)


 バンジには、まだ見せていない技がある。

 不心転流の奥義。それがバンジの切り札であった。

 だが、剣技が決まればいいというものではない。剣に全身全霊の妖気を乗せなければ、今のジオに攻撃は届かないだろう。

 だが、剣に力を注ぐことは、すなわち防御能力を捨てることを意味する。その状態では、ジオの攻撃をほんのわずかでも掠って仕舞えば、それだけでバンジは死ぬことになるだろう。

 危険な賭けだ。だが、ここを生き残るにはそれしかない。

 呼吸を整え_____己にできうる全てをかけて、妖気を高めた。

 高まるバンジの妖気に、ジオも鳥肌を立たせて反応する。


「……いいね、ここまで来ても全く諦めない。最高だよお前。でもな_____」

 

 それに応じるように、ジオも爆発的に闘気を高める。全身から力が噴き出し、周囲の地面がひび割れていく。地面に放電が走り、風が巻き起こるほどの気合いを入れ、ジオは大剣を高く掲げた。


「……俺の方が、強くてカッコいい」


 どこまでいっても、己のためだけに。

 それがジオの歩む騎士道なのだ。


「……一つ聞いていいか」

 

 ジオの覚悟を読み取り、バンジは気になることをジオに聞いてみることにした。


「お前、なんで戦ってるんだ」

「俺が誇り高くあるためだ。誇り高くあることが_____何よりも、気分のいいものだからだ」


 バンジは、自分以外の誰かのために戦う者の強さを知っている。聖騎士の多くも、

そんな高潔な意志を持っているからこそ強いのだ。

 だが、ジオはそうではない。誰かのためではなく、自分のために。たったそれだけのために_____魔人に覚醒するほどに、己を高めたのだ。


「……すごいなお前。自分のためだけにそこまでできるやつは中々いないだろうぜ。

_____だがな」


 だが、自分勝手さなら_____バンジだって負けていない。


「……お前より、俺の方が自分勝手だぜ。誇りなんてものじゃなくて_____男としてカッコつけるためだけに、ここまでやってるんだからな」

「……へぇ」


 ジオは、バンジのその発言を意外に感じた。

 バンジは、周囲の仲間のために戦っていると思っていたのだ。そうでなければ、魔物たちのリーダー格として戦う理由がない。

 だが、この鬼は『男としてカッコつけるため』だと言った。つまりは_____コイツも、ただ己のためだけに戦っているということだ。

 そのために、仲間まで巻き込んで。

 それこそが、バンジという鬼の正体なのだろう。


「……お前のことを、高潔なつまらんやつだと思ってて損したよ」

「そうかよ」


 もう、二人の間に言葉は交わされない。

 互いを深く理解したからこそ_____誰よりも強く『コイツを超えたい』と思える男が、剣を交えた。


 ジオが放つのは、放ちうる最大最強の攻撃。

 アグラの技を真似て大剣技として昇華させた、万物を破壊する一撃。


天地割りギガスラッシュ


 バンジが放つのは、不心転流の最高奥義の一つ。

 己よりも強大な敵に立ち向かうために練り上げられたその剣技は、剣技を放った際に放つ剣閃が波打つ龍のように見えることから、こう呼ばれる。


龍撃りゅうげき七閃華ななせんか


 波打つ剣が六回、振り下ろされたジオの剣の腹を叩く。

 バンジを頭から砕くはずの大剣は横からの衝撃によって砕かれ_____狙い目を失い、バンジの左腕を切断するに止まった。

 そして最後の七つ目の光が_____ジオの胴体を袈裟懸けに斬り裂いた。

 交錯が終わり、爆発的な衝撃が沸き起こる。

 二人のいた場所の地面は大きく抉れ、ジオの剣の直線上にあった場所は大きく切り裂かれている。

 そして砂埃が舞った後_____後に残ったのは。


 腕を失いつつも愛刀を振り下ろしたバンジと。

 血を噴き出し、倒れ込むジオであった。


「……く……そ」


 倒れたジオは、自身の敗北を悟る。

 それが、ジオの敗北を決定づけた。


「……死ぬわけじゃない。魔人なら、傷を塞ぐくらいできるだろ」


 事実、ジオに刻まれた傷はそこまで深くない。魔人にまで覚醒しているジオであれば、時間が経てば回復できるレベルであった。

 だが、バンジに叩き込まれた妖気、そして剣を折られたことのショックと_____何よりも、敗北したことに対するショックが、ジオの力を弱らせていた。

 バンジも無傷ではない。ジオのありったけの闘気を込めて切られた左腕は治癒の効果が薄いため、無理矢理布で縛って止血するしかない。また、無理をしたことが祟り、足はガクガクと震えていた。


「……なぁ」

「なんだ」


 ジオはそれでも立ち上がるバンジに、どうしても聞きたいことがあった。


「お前、なんで戦ってるんだ」

「言ったろ。男としてカッコつけるためだって」

「……なんだそれ。カッコつけたい相手でもいるのか?」


 ジオがそう問うと_____予想外に、バンジは照れ笑いを始めた。


「ははっ……まぁね」

「……へぇ」


 ここで、ジオの目が初めてバンジの顔を覚えた。

 ボロボロであるにも関わらず、敵に対して優しく_____それでいて、笑えるくらいダサい、戦う理由。


「……カッコいいな、お前」


 ジオは、心の底からそう思った。


「俺も……いつかお前みたいになりてぇ」

「ははっ、なら_____まずは、さっさと立ち上がることだ」


 そうしてそのまま、バンジは去っていった。

 おそらく、禍竜との戦いに参加していくのだろう。


「はー……こんなに気持ちいい敗北は初めてだ」

「これで懲りたかしら、ジオ」

「おわっ?!」


 気づかぬ内に、相棒のフェリスがそばにやってきていた。フェリスはすっかり爽やかになったジオの顔を眺めて_____ため息をついた。


「早く起き上がりなさい。仕事に取り掛かるわよ」

「へーいへい」


 フェリスの手を借り、起き上がるジオ。バンジに付けられた傷は、既に治っていた。


「なぁ、フェリス」

「何かしら」

「お前、なんで戦ってるんだ?」

「……何、突然」

「いや、なんとなく」


 ジオはフェリスになんだか意地悪がしたくなって_____つい問いかけてみた。


「……決まってるでしょ。_____あなたのためよ」


 そう言って、フェリスはジオを支えることもなく先を歩いていってしまう。

 それが堪らなくおかしくて_____ジオも、トボトボと歩き出した。





__________





 「……禍竜が復活を果たしたのね」


 長旅の末、ようやくアミル砂漠の西端に辿り着いたシルヴィアは、肌を刺す強烈な気配を否応となく感じさせられた。

 これほどの存在を放つ砂漠の怪物など、禍竜しかない。ここにきて、シルヴィアもそれを知ったのだ。

 とはいえ、単に禍竜が現れただけではないようだ。数年前に姿を現した時とは、いくらなんでも力が違いすぎる。一体何が原因なのかと考え_____


「まさか、瑛人えいとが殺した魔物たちの死体を喰って強化したの……?」


 明晰な頭脳で、すぐに正解に辿り着いた。

 魔物の世界では、強大な力を持つ魔物を喰うことで、喰った魔物がさらに強くなることなどはよくある。もし、数十万の魔物から溢れた始素全てを喰ったのだとしたら_____それは、想像を絶するほどのエネルギーとなるだろう。

 また、喰った魔物に、喰われた魔物の残滓が取り込まれ、記憶や性格などが乗り移る場合もあるらしい。

 もし、禍竜が魔物たちが感じた瑛人に対する憎しみまでも喰ったのだとしたら____


「_____絶対にここで止めないと」


 これほどの大厄災が、瑛人を狙っている。それを理解し、シルヴィアは覚悟を決めた。

 _____命に代えてでも、瑛人を守り切る。自分がここで、禍竜を倒すのだ。

 普通なら、祈術師とはいえただの少女であるシルヴィアにできることなどほとんどない。どんな術を使っても一切通じず、単なる力の発散だけで殺されてしまうほどの絶望的な戦力差がそこにあった。

 だが、そのための魔道具である。

 車から大きな楽器を運び出し_____シルヴィアは、迎え撃つための準備を始めた。

 もう二度と_____後悔しない未来のために。


 シルヴィアが迎撃体制を整える中、アグラの一撃によってエネルギーを大きく消耗した禍竜_____改め、厄災竜ヴォルニカはエネルギーの補充のため、まずは手っ取り早い栄養源である、配下の砂塵獣を喰うことにした。

 先ほど自分の力を分け与えた砂塵獣だが、そんなことをする必要はなかったのだ。腹が満たされるまで喰らい続け、エネルギーを補充していく。

 砂塵獣たちも、主の行うことには一切疑問に感じない。忠実な僕たる彼らはむしろ、主の栄養源となることを喜んでいた。

 補給を終えたヴォルニカは、翼を広げて動き出す。

 憎き敵を打破するために。

 だが、すぐには飛び立つことができない。

 翼はまだ生えたばかりであるため、飛ぶためのコツを掴めていなかったのだ。

 その隙を狙い_____聖騎士であるヴェルトと、魔物であるシンハクたちがそこを狙う。


「まさか完全体となって復活するとは……!あなたたち、ここで確実に仕留めますよ!」

「言われなくても分かっている!お前たちもは下の砂塵獣をやれ!」

「私たちだって、言われなくても!みんな、絶対に諦めないで!」


 ヴォルニカ本体に対してはヴェルトとシンハクの二人が掛かり、周囲を覆う砂塵獣の群れをアユカやランカが倒していく。

 ヴェルトは『アルフェン流』を極めた達人であり、剣技だけならイルトをも上回る。放たれるのは、防御不能の攻撃『空間切断エンドスラッシュ』に、アルフェン流の奥義の一つを掛け合わせた強力な攻撃である。


五角・昇り星サイン・ライン!」


 シンハクは『不心転流』の槍術を極めた槍の達人だ。放つのは、槍の穂先一点に妖気を集中させた、神速の突き技。


九式くしき鮫牙さめきば!」


 二人合わせて十四撃の突き技がヴォルニカへと放たれ_____

 その全てが、ヴォルニカの翼によってさえぎられた。


「「?!?!」」


 ヴェルトとシンハクは驚愕に目を開く。

 今の攻撃は、例え相手が竜王であってもダメージを与えるだけの威力であった。

 少なくとも、ヴェルトの放った攻撃には物理的な防御を破壊する『空間切断』が含まれている。生身の翼でその攻撃を受けるのは不可能であった。

 ならばなぜか。その理由は、ヴォルニカの翼をおおう強力な結界にあった。


「まさか……無意識の内に体中を結界で覆っているというのか?」


 結界は非常に高度な技だ。魔物の使う妖術においても、人間が使う祈術や呪術においても、それは変わらない。結界を張るだけでも一流の術師として扱われ、戦闘でそれを使えるとくれば確実に歴史に名を残すことになるほどの使い手だろう。ヴェルトも結界は応急的な発動しかできず、シンハクに至っては結界を張るだけで精一杯である。

 そんな結界をこの竜はいとも簡単に、それも自分の体を覆い、ヴェルトとシンハクの攻撃を容易く弾くほどの強度で張って見せた。

 術を発動するそぶりはなく咄嗟とっさに翼で守っただけであることは、意識せずとも結界を張れていることを示している。

 正しく、怪物。それが竜王にまで進化した存在の強さなのである。


「化け物め……!」

「禍竜とは、これほどの強さなのか……?」


 視界に入った羽虫の攻撃を防いだヴォルニカは、シンハクが言った言葉に不快感を覚えた。

 鬼の男は自分のことを『禍竜』と呼んだ。

 それはつまり、この者たちは自分の名を知らぬということなのだ。


「……れ者が……!」

「……っ?!」

「言葉を……?!」

「我の名はヴォルニカ。名を呼び、手をつき平伏せよ」


 ヴォルニカがそう口にすると_____まるで本当に平伏させられるかのように、ヴェルトとシンハクの二人を抗い難い重力が襲う。実際に重力が強まっているのではなく、ヴォルニカの発する覇気によって体が重くなっているためであった。


「ぐう……っ……!」

(これはまずい……!止められないぞ!)


 ヴェルトとシンハクだけではなく、砂塵獣と戦っていたアユカやランカたちも動けなくなっている。このままでは砂塵獣になす術もなく襲われてしまい_____この怪物を、先へと進ませてしまうことになる。


「こやつらの掃除は任せるぞ。我がいとしき僕たちよ」


 ヴォルニカは砂塵獣たちにそう命じると_____翼をはためかせ、飛び去っていった。

 ヴォルニカが去ったことでヴェルトたちは動けるようになったものの______ヴォルニカを追いかけることは難しい。

 そして何より、目の前で突如砂塵獣たちが奇妙な行動を始めたことで、動きを止めざるを得なくなったのだ。


「なんだ?何が起きてるんだ……?」


 砂塵獣たちは突如として一箇所に集まり出し_____そして、次々に砂となって消えていく。

 否、消えてはいない。砂となり_____一つへと集まっているのだ。

 ただ砂ではなく、砂には始素が含まれている。そうして、周囲に群がっていた無数の砂塵獣が、徐々に大きな塊となり、周囲に砂嵐が巻き起こる。

 それが終わった時、そこに立っていたのは先ほどまでの砂塵獣ではない。

 主であるヴォルニカを真似て、四本足から二本足へと変化した姿。それはもはや砂塵獣ではない。


「……なんてことだ」


 そこに集まっていたヴェルトやシンハクら魔物らすら超越するエネルギーを秘めた怪物が、そこに六体。

 一万体近い砂塵獣によって出来上がった六体の怪物が、各々が聖導教が定める脅威度4を超える力を秘めていた。

 砂塵獣の上位形態にして、厄災竜ヴォルニカの真の僕_____砂塵竜さじんりゅうが現れた。


「これで足止めをするつもりか……!」


 ヴォルニカは、既に西に向かって飛翔し飛び去っていってしまった。だが、砂塵

竜をそのままにするわけにもいかない。

 

「仕方ない。魔物と共闘するつもりはないが、助けてやるとしよう」

「……聖騎士っていうのは、どいつもこいつもこんな奴ばかりなのか?」


 いつの間にか、ヴェルトとシンハクは意気投合していた。武人肌の男同士相性が合うのだろうか。

 そうして、砂塵竜との戦いが始まった。


 ヴォルニカは久々に思い出した飛翔する感覚を背に、血走る目を西へと向ける。

 その目には今も尚、殺すべき敵の姿が写っている。


(待っているがいい、を殺した者よ_____!)


 大厄災は、佳境へと突入する。


 



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