二つの世界の英雄
八山スイモン
異世界召喚編
第0話 シルヴィアの願い
魔物最大の国家ルートと、人類最大の国家ビザント王国の戦争。それは、長きに渡る資源問題によって引き起こされた。
万能物質『
生物の発達とも密接に関わる始素だが、時代を経て生物が進化するほどに、生物は極力始素に頼らない肉体を作ってきた。現生人類はまさにその象徴であり、肉体に始素の生成機関を持たず、始素がない中でも生命活動を続けられる。始素を持たないが、その代わり大気や大地に満ちる始素を上手に使い、飛躍的に文明を発達させたのだ。
人類とは異なる進化を遂げた、始素生成機関を有する生命_____すなわち魔物は、体内に始素生成機関があるため、人類とはまた異なった文明を発達させた。しかし、効率の良いエネルギー利用に長けた人類の文明は瞬く間に魔物にも浸透し、現代では人類の文明が地上を覆っている。
この人類の文明は、魔物のように生物の体内で生成された始素に頼らない。自然環境に満ちた始素を上手に抽出し、機械を使うことで効率よく使用するのだ。しかし、人口が増加すればただ大気と大地に満ちている始素では足りなくなる。一部の地域では大気中の始素を使い過ぎた影響で、魔物の健康被害が拡大していた。
そのため、始素を多分に含んだ天然資源が求められることとなった。始素を含んだ岩石である『
しかし、問題だったのはその産出場所であった。それらの資源はほぼ全てが魔物の生息域に存在しており、人類の国家は輸入に頼らざるを得なくなったのである。
魔物はあまり始素資源を使わないため輸入量に問題はなかったのだが、人類の国家では既に技術が飛躍的に発展しており、軍事技術も進歩していた。そのため、軍事力をバックに魔物の国を侵略してしまえ、という意見が出始めたのである。
最初は魔物の国に輸出価格の調整を求めるだけに過ぎなかったが、段々と軍事力を活かした高圧的な外交手段が取られるようになり_____流れるように、人類と魔物の決定的な敵対を生むこととなる。
こうして始まった、ルートとビザント王国の戦争。軍事技術に優れるビザント王国は戦争初期には快勝を遂げるが、資源を輸出しない制裁を取られたことで徐々に軍事力が弱まり、二つの国の戦争は泥沼と化した。このままズルズルと戦争が長続きしてしまえば、死者がさらに増え、必要のない悲劇が生まれてしまうだろう。
_____ビザント王国の宰相の娘、シルヴィア・アールウェインは明晰な頭脳で戦争を終わらせるための手段を考え、翌日にその考えを国王に奏上することとなった。シルヴィアはその優秀さから、ただの宰相秘書でありながら国王にも気に入られ、度々意見を申し出る機会を得ることができていたのだ。
「……ふぅ」
奏上するために必要な書類をまとめ終え、眼鏡を外してベッドに倒れ込む。既に時刻は夜中の二時を回っており、まだ十代で育ち盛りのシルヴィアにとっては眠気との熾烈な戦いをする時間だ。根を詰めていては国王の前で思わぬ失態をしてしまうかもしれないので、リラックスのためにシャワーを浴びることにした。
アールウェイン家は代々王国の重鎮を務め上げてきた名家であり、青みのかかった銀髪が一族のシンボルとなっている。幼い頃から一族の誇りを胸に育ってきたシルヴィアは、自分の髪色が自身の気高い信念を表していると考えている。だからこそ銀色を目立たせるかのように腰あたりまで伸ばし続けており、その手入れも欠かさない。
シャワーを浴び終えたシルヴィアは寝床に着く前に必ず本を読む。将来自分が求められる才能を伸ばすためには、わずかな時間も無駄にはできないのだ。政治や経済だけでなく、歴史・地理・物理・生物・医学・数学・芸術・哲学など、ありとあらゆる分野についての知識を取り入れ続ける。
今日は『祈術』についての伝承についての本を読むことにした。アールウェイン家は政治家一族であると同時に、王国有数の優れた『祈術師』の一族でもある。当然のように、シルヴィアもその使い手だ。
紙の本をペラリとめくる感覚は、落ち着きを与えてくれる。シルヴィアは、寝る前の時間が気に入っていたのだ。
まるで物語のように紡がれる文字を眺めていくうちに、いつの間にかシルヴィアは静かな寝息を立てていた。
《ああ、祈れ、祈れ、祈れ》
《我らはいつか必ず滅びる。滅びぬ祈りと、滅びへの呪いがあろうとも》
《さあ、呪え、呪え、呪え》
《門を開けよ。光を見せよ。我らは、門の向こうの光が欲しい》
《開け、開け。そして、寄越せ、寄越せ。我らに光を、寄越せ、寄越せ》
《眩しかろう、暗かろう。_____されど、とても美しかろう》
《其の剣は、其の心臓は、一体どんな色なのだ?》
_________
「この度は拝謁いただく機会を賜り、大変嬉しく思います」
「はは、そう畏まるな、シルヴィア。今日はオフなんだし、気軽に接してくれ」
「お気遣い、ありがとうございます。陛下」
翌日、国王_____オルティノスが政務を行う部屋を訪れたシルヴィアは、客人用の椅子に腰掛ける。オルティノスはシルヴィアの父と友の関係にあり、シルヴィアも王女のように可愛がってもらったことがある。王宮の中を大臣と同じように移動する権利をもらっており、こうしてたまに話す機会もあるのだ。
「それで、今日は君の考えを聞かせてくれるんだったね。ルートとの戦争を終わらせる方法、か」
「はい。戦争が始まって五年、
「そうだな、だが現状はそれができていない。軍部の働きに抜かりはないし、私や君の父ベルゼーも全力を尽くしている。だが、魔物共の抵抗は続いたままだ。このままでは、例え戦争に勝てたとしても王国民には多大な負担をかけ続けることになる」
「ええ。ですので、本日私が奏上させていただきますのは、現状の捉え直しを求めてのこととなります」
「捉え直し、か。続けたまえ」
シルヴィアは念入りに準備した書類を渡した。そこには軍事的な要素が詰め込まれた話だけではなく、古い兵法書の内容も添付されていた。
「『戦の
「ふむ、『ラヴィア軍術』か。目を通したことはないね」
「無理もないかと。軍師ラヴィアは戦果こそ凄まじいものでしたが、その考え方が受け入れられることはあまりなく、この本も王宮図書館の奥で眠っていて誰も借りたことがないものだったそうです。現在の主流となる基本的な軍術とは方向性が異なるため、見向きもされなかったのでしょう」
「ほう。ということは、現在の主流の考え、今の軍部とは違った考えを示してくれるということかい?」
「ええ、その通りです」
シルヴィアは自身たっぷりにそう頷いてみせる。シルヴィアの読書好きは筋金入りであり、王宮図書館の常連客の中でも一際変わった本を読むとしてそれなりに名が立っていたのだ。ビザント王国の王宮図書館の蔵書数は世界最大であるため、その中でずっと書物を読み耽ってきたシルヴィアの知識は多岐に渡る。
「現在の軍部の基本方針は『最短効率制圧』。末端の兵士に至るまで戦闘効率を高め、一人の兵士でも作戦遂行が可能な状態にまで戦場中に兵士を配備し、多段的なヒット&アウェーを繰り返すことでこちらの損耗と補給の帳尻を合わせつつ、間髪入れずに攻撃を仕掛けることで敵全体の体力をじわじわと削っていきます。非常に合理的な戦法であり、特に現在のような膠着戦においては大きな効果を発揮するでしょう」
「そうだな。だが、敵の削りは予想よりも小さい」
「ええ。この作戦の肝は敵戦力を正しく知ることにあります。それが失敗してしまった以上、合理的とはいえ根本的な戦略の練り直しが必要となります」
「なるほど、実に理にかなっている。それで、君はさっきの『ラヴィア軍術』の引用を使う気なのかな」
「はい。ここで書かれていることを要約すれば、『戦闘を行わず、武威による精神的な威圧を行うことこそが重要である』となります。この考えで言えば、今の王国軍の作戦は威圧感に欠けており、敵戦力の士気を下げるに至っておりません。どれだけ練った作戦でも、士気の高低が状況を変えることはいくらでもあります」
「ふむ」
魔物たちは非常にタフだ。始素を使用した銃で撃っても、簡単には死なない。始素に対する耐性を強く有しているため、始素を使用した現代の強力な武装の効き目が悪いのだ。そのため、ジワジワと戦力を削るには至っているものの、魔物たちの回復力が想像を上回っていたのだ。
「我々と同じように、敵もまた威圧感に欠けています。銃や大砲などの武器が不足しており、どうしても魔物の生命力に頼った作戦になりがちです。私が言いたいこととしましては、膠着状態は双方に決定打がないことによって生まれているのかと」
「決定打、か。考えうるものとしては全兵力を投じた大規模侵攻作戦を実施して圧迫をかけるか、『禍竜』の撃滅、あるいは支配くらいだな」
禍竜というのは、ルートの西域に一年に一度出現する強大な魔物のことである。魔物ではあるがルートの味方ではなく、普段は砂漠の奥底で眠っており、定期的に栄養補給のために
「いえ、『禍竜』の撃滅もですし、支配など論外です。あれは人類の営みとは完全に外れた怪物中の怪物、相手にすることすら許されません。過去、禍竜の怒りを買った王国軍がどんな目にあったか、陛下もご存じでしょう」
「知ってるさ。だが、たとえどんなに強い大砲を作れたとしても、かの竜がいてはどうにもならんぞ」
「_____いえ、一つだけ、あります」
オルティノスは目を見開いた。
「_____なんだと?」
「あるのです。禍竜を使わず、そして一瞬で両国の戦力差を埋めうる最強の戦力が」
「それはなんだ?」
「_____英雄召喚です」
英雄召喚。
祈術の中でも秘中の秘とされる、最大級の術である。召喚術自体は既に体系化されており、この世界に揺蕩うように存在している精霊のような存在を召喚したり、契約に従った魔物を召喚術を通すことでその場に召喚することができる。そして中でも、祈術を通すことで世界の歴史そのものと接続し、歴史に刻まれた過去の英雄を呼び出すのが、英雄召喚である。強力無比な英雄の力をそのままに、伝説の中にある通り活躍をさせるのだ。
だが、英雄召喚には大きな問題があった。
「英雄召喚か。確かに国家戦略を揺るがすほどに強い英雄はいるが_____彼らは、我々では召喚できないだろう。我々の戦争に、正義はない。私は開戦したことを後悔していないが、善悪で言えば間違いなく我らの行為は悪だよ」
英雄召喚をすれば、当然ながら英雄の意志も召喚される。だが、英雄となるには高潔な意志が必要なのだ。魔物から資源を奪うために戦っただけの者たちに、英雄は味方してくれない。
「ええ。ですから、普通の英雄召喚ではダメです。呪術によって強制的に従えたとしても、それでは英雄の戦力を活かしきれません」
「ほう、ではどうするというのだね?」
そうして、シルヴィアは提出書類の最後のページを開く。そこに、結論が載っていた。数々の書物から選び抜いた、シルヴィアの考えついた最強の策を。
「_____異世界召喚。異なる世界の人間を召喚し、その人間にこちらの世界の英雄になってもらうのです」
_________
シルヴィアは普段、一人でいることが多い。父は政務で忙しく、母は王国の教令院で教員を務めているので帰りがいつも遅い。
また、友人と呼べる存在もほとんどいない。かつて親しかった政治家の娘たちの多くは既に縁談が決まっており、王国の中枢の人間にふさわしい貴婦人となるべく努めているが、シルヴィアはそういったものに興味を抱けず、心は常に図書館の隅にあった。恋と呼べるものをしたこともなく、プライベートな時間は全て図書館と自宅に供えられた祈術の工房に捧げた。現在は戦争によって政府全体が緊張状態にあるからこそ話が来ないが、戦争が終われば自分の元にも縁談が舞い込むだろう。だが、それも全て断るつもりでいる。
(私には_____成し遂げるべきことがある)
シルヴィアの始まりは、幼い頃に父に買ってもらった祈術に関する伝承書であった。既に祈術についての勉強を始めていたシルヴィアは、この世界にまつわる様々な伝説に憧れを抱いていたのだ。そして、自分が習っている祈術がそんな憧れの世界と繋がるためのものだと知った時に感じた興奮はそれからずっと覚めることはない。
その書物には様々な物語が記されていた。
この世界の原初の生命、『精霊』について。
実在したとされる、天使と悪魔について。
火を噴く巨竜と、それを倒した英雄の物語。
多種多様な魔物たちの物語。
そして、そんな世界で生きた、人間の物語。
シルヴィアはこの時初めて、この世界に生まれたことを心から感謝した。そして、この素晴らしい世界の全貌を、自分の目で確かめるのだと誓った。こうして勉学に励んでいるのは、父の跡を継いで政治家になるためではない。いつか王国を出て、世界中を旅するのだ。魔物も人間も関係なく、この世界の全てを見届けたい。
(だから、とっととこんな戦争を終わらせてみせる)
戦争により、ビザント王国を含めた中央諸国は周辺の国家との関係が冷え込んでいる。そのため、気軽に魔物の国に行けなくなってしまったのだ。シルヴィアとしては、これは残念極まりない事実だった。
実のところ、シルヴィアは魔物がどんな存在なのかよく知らない。戦場に出たことはないし、生まれた時からビザント王国を離れたことはない。だから、戦争など早く終わらせ、いつの日か魔物の国に行くことを夢見ていたのである。
(異世界召喚も、そのため。実際に戦うのではなく、こちらが英雄という最強の戦力を手に入れたことを誇示し、敵の戦意を削ぐためにある。そこでこちらが講和を申し出れば、敵としては応じない理由はない)
膠着状態にあるとはいえ、戦力的にはビザント王国の方が優勢なのだ。そこに英雄という新戦力が投入されれば、押されているルートとしては決定的な敗北を喫する前に講和を結ぶ必要がある。弱っている相手に譲歩の姿勢を見せれば、必ず応じてくるだろうという読みがあっての作戦であり、国王もその意見については軍部で取り上げる価値があると判断したのだ。
召喚術を行使するには、複数人の祈術師が合同で術を紡がなければならない。祈術師は数が少ないので、王国きっての優秀な祈術師であるシルヴィアも、この召喚術の行使には参加せざるを得ないだろう。
(異世界人、か。どんな人なんだろう)
こんな中でも、シルヴィアは好奇心を止められなかった。異世界人という存在もまた、歴史書の中では数えるほどしか確認されていない、極めて稀有なものなのだ。
一体どんな見た目をしているのだろう?考え方は同じだろうか?言語は通じるだろうか?そんな想像が止まらない。
(あ、もしかしたら)
もし、その異世界人が友好的な人で、とても仲良くなることができたら?
_____初めて、友達になれるのではないか?
そんなことを考え、ブンブンと頭を横に振る。
自分が今、どれほど失礼極まりない考え方をしたのか、シルヴィアはよく理解している。これから召喚する異世界人は、あくまで兵器なのだ。そして、兵器の役割を終えれば、それきりの関係だ。自分の野望のために、無理矢理召喚した自分のことを、その異世界人はどう思うかなど、言うまでもなかった。
迷いを捨て、いつも通りの一人の夕食を摂る。執事が用意してくれたシチューとパンを、食卓ではなくそのまま自分の部屋の机に持っていき、食事を摂りながら資料に目を通す。既に教令院を卒業したシルヴィアは、父の秘書としての仕事も行っているのだ。今日は産業省から提出された国内の始素資源備蓄についての書類に目を通し、後で要点を絞って父に伝えなければならない。
シルヴィアの野望に無駄な時間は許されない。今日もこうして、シルヴィアは静かに野望に向かって突き進んでいた。
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