避行少女、東京へゆく
ねむねりす
情熱、旅に出る
午前六時、目覚まし時計のアラームで起床。昨夜はなかなか眠りにつけなかったが、すっきりと目覚めることができた。ベッドから出てすぐさま、あらかじめ用意していた服に着替える。深緑の生地の、チェック柄のズボン。脚にピタッとフィットする感触がお気に入りだ。次は、黒のパーカー。だぼついているが、これはサイズが大きいという意味ではない。ゆったりとした構造になっている、ということだ。正面には、青紫色のテディベアのプリント。「それは心。それは大切だ」——初めて、服にプリントされている文字を読んだ。英語だったので、日本語に訳してみたのだけれど、今までに習った単語と文法で事足りた。変な文かと思ったが、案外ちゃんとしたことを書いていると思った。
午前六時八分、支度を終えて一階に下りる。キッチンで父の弁当を作っている母に向かって、「いってきます」と声をかける。「はーい。いってらっしゃい」と、いつも私を学校に送り出すときのような明るい返事が聞こえた。
午前六時十分、リュックを背負って家を出た。教科書を抜いて軽くなったリュックの中には、財布とスマートフォンだけが入っている。早朝の冷たい風が、頬に突き刺さる。腕や脚にも、布を通してひんやりとした風が染み込んでくる。そんな、つんと張りつめた十一月で、肺をいっぱいにする。ふぅ、と息を吐き出してから、歩き出した。
午前六時十八分、途中にあったコンビニに入店。まっすぐにおにぎりの棚に向かい、たらこのおにぎりを迷うことなく手に取った。明太子と明太子マヨ、どちらにしようか少しだけ悩み、明太子マヨを選んだ。コンビニのおにぎりは、魚卵以外は食べないと決めている。なんとなくだ。強いて言うなら、好きだから……? 振り返って、パンの棚を見る。味のバランスから考えると、甘いパンが欲しい。条件に合うものを探すために、視線を左にずらす。すぐにチョコクロワッサンを見つけたので、それに決めた。手がふさがりそうなので、近くにあった買い物カゴを使う。そのまま奥に進んで、飲み物が並ぶ棚の扉を開いた。オレンジ味の炭酸ジュースを買いたい衝動を抑えて、それよりもおにぎりによく合うだろう、さっぱりとした緑茶を選んだ。扉を閉める。これで朝ごはんは揃った。
午前六時二十分、精算を終えてコンビニを出た。レジ袋に入った朝ごはんたちをリュックに入れる。喉の渇きを感じたので、お茶を満足するまで飲む。四分の一ほど私の口に吸い込まれていったらしい。もうしばらくは飲まないでいいだろう。あとの道のりは、前に見える坂を下っていくだけで良いのだから。
午前六時二十二分、駅にやって来た。ちょうど、奥のホームから普通列車が出た。有名なアニメ映画の歌をマリンバの音でアレンジした駅メロと一緒に、それを見送る。先に切符を買ってしまおうと思い、窓口に向かう。並んでいる人はいなかった。自動ドアのボタンを押す。
午前六時二十三分、切符を買う。
「えっと、東京まで、お願いします。指定席で……」
ぎこちなく行き先を言って、あらかじめ時刻や乗換駅を書いておいたメモを見せる。職員の方は、チラチラとメモを見ながら慣れた手つきで液晶パネルをタッチしていく。こちらからは操作している画面がよく見えないようになっているので、余計に何をしているのかわからない。しかし、彼——対応してくれている職員が、私に協力をしてくれているのはわかる。私を東京へといざなう指先を、無意識に追っていた。ふと、忙しなく動いていた手が止まり、そのままデスクに着地した。機械音がして、切符が出てきた。
「こちらが乗車券で、鯖江から東京。こちらが“しらさぎ”の特急券、鯖江から米原です。乗り換えの新幹線は“ひかり 638号”で、米原から東京です」
三枚の切符を一枚一枚指し示しながら、職員の方が説明をしてくれた。レジに提示された料金に従ってお金を払い、お釣りと切符を受け取った。
午前六時二十七分、窓口を出た。先ほど渡された切符を確認する。これから乗るのは特急。あと二十分ほど時間がある。リュックにもまだ空きはあるし、せっかくなので待合室の奥の売店を見てみることにした。
午前六時三十二分、買い物が終わった。買ったのはグミとチョコレート、それとポテトスナック。さっき寄ったコンビニではお菓子の存在をすっかり忘れていたので、この機会にしっかりと買った。まだ時間はあるので、待合室でおにぎりでも食べながら待つことにした。二種類買ったおにぎりのうち、まずは、たらこから食べることにした。いつも、そう決まっている。なんとなくだ。強いて言うなら、好きだから。好きだからこそ、後にする。そういえば小さい頃は、好きなものから食べるタイプだったな。そんなことを思い返しながら、海苔をパリッと鳴らした。
午前六時三十七分、待合室を出た。出発時刻まであと十分。チョコクロワッサンも食べてしまいたかったが、ぼちぼちホームに行こうと思ったので、それは車内で食べることにする。乗車券と特急の切符を取り出し、改札に立っている駅員に手渡した。パチン、パチンと気持ちの良い音が二回、しんと静かな改札に響く。ハンコが押された切符を受け取り、駅のホームに入る。乗り場は奥のホームなので、一旦階段を登って連絡通路を使う。通路の両脇の壁には、観光地の宣伝広告が並んでいる。自然や食べ物をアピールしているものもあれば、テーマパークの宣伝もある。ひとつひとつじっくり見る時間はないので、ざっと簡単に目を通しながら通路を歩いていく。今度訪れる場所を検討するためだ。今度は、自然の溢れた場所でゆっくり観光をしたいと思った。年が明けて学年が変われば、高校受験の年だ。その前に行くか、その後に行くか。修学旅行との兼ね合いもある。来年は、かなり忙しくなりそうだ。……今はあまり考えたくない。せっかく解放されているのだから。階段の最後の一段から足を離し、ホームに降り立った。
午前六時四十五分、まもなく特急が到着するというアナウンスが入った。改めて、切符を見て自分の席を確認する。“3号車 4列A席”と書いてある。ホームの案内では、ここは四号車の位置だったので、左方向に見える、三号車の案内の下まで移動する。ちょうど移動し終わった頃、ホームに特急が入ってきた。ぴったり目の前で開いた扉から、車内に歩み入る。
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