長い長い一夜
春よ、恋 【勇蘭視点】
季節は、春。
漆黒の学生服と帽子を身に纏い、腰には刀、胸には花飾り、そしてその手には卒業証書の入った筒を持ちながら、舞い散る桜を背に同級生達が喜びを分かち合っている。
そう、今日は今まで共に過ごしてきた掛け替えのない仲間達との別れと、新しい門出を祝う日……卒業式だ。
同級生達は代わる代わる『日本軍学校、卒業式』の看板の前で記念撮影を撮っている。だけど僕だけはその輪の中にはおらず……何故かそこから少し離れた桜並木の下で一人の女子学生と一緒にいた。
「あ、あの
「は、はいっ」
「あの、その……急に呼びだしてしまってごめんなさい。あの……私、
「え? あ、うん……あ、ありがとう」
漆黒のセーラー服に身を包み、とても綺麗な菫色の髪をなびかせながら、その萌愛ちゃんと名乗る美少女が何故か今、とても恥ずかしそうに僕の卒業を祝ってくれているんだけど……
うーん、こんな美少女に声を掛けて貰えるようなフラグ……立てた事あったっけ?
ふと、今日までの学生生活を思い返してみる……けれど、僕の記憶にはひたすら独り孤独に訓練と勉学に励んだ記憶しか出て来ない。
勿論その甲斐あって成績は常に一番、教官達からの信頼も厚く首席での卒業も無事に果たした訳だけど……その結果、僕はいわゆる『ぼっち』と言うやつになってしまったのだった。
周囲の同級生男子達が可愛い女の子やエッチな話で盛り上がり、教官達に隠れて女学校の女の子達と遊び回る放課後ティータイムも、ただ独り山まで走り込みひたすらに鍛錬をこなす毎日を送っただけ。
……や、べ、別に恋愛とか興味ないんだけどねっ!
「……あ、あのぅ、勇蘭君?」
「え? あ、あぁ、ごめん。ちょっと君とどこかで接点あったかなぁって考えてたんだけど……も、萌愛ちゃん、だっけ? あのさ、僕達ってどこかで会った事ってあったっけ?」
「あ、いえ……勇蘭君とこうしてちゃんとお喋りするのは、これが初めてです」
「あ、やっぱりそうだよね? それに他のみんなならともかく、僕なんてずっと独りで鍛錬ばかりしてたから……」
「……知っていますよ?」
「え?」
「だって私、その……勇蘭君の事、ずっと見てましたから……」
…………
……
「……え?」
目の前の美少女からの突然のカミングアウトに、僕は自分の耳を疑う。
人生で初めて遭遇する事態に驚きを隠せず戸惑う僕に、彼女は恥ずかしそうに慌てて補足をしてくれた。
「……え、あ、ち、違うんですっ。ストーカーとかじゃなくって、あの……本当に帰りしなにたまたま見ちゃったんです。放課後に勇蘭君が一人で山の方まで走っていくのを……それが何となく気になっちゃって。それでそんな光景を何度も見ているうちに勇蘭君の事が凄く気になるようになってきて……」
「み、見られてたんだ……」
「ふふ、見ちゃってました。だから私、学校がお休みの日とかも勇蘭君の事凄く気になっちゃって、山の方まで見に行った事もあるんですよ?」
「ほ、本当に?」
「はい。お休みの日にも他のみんなと全然遊ばないで一生懸命一人で頑張って鍛錬してる、そんな勇蘭君の姿を見てたら……気がついたら私、ずっと勇蘭君の事ばっかり考えるようになってて……」
「え、えぇっ!? ……そ、そそ、それって……」
……え、うそ? こ、この流れは、も、もしかして……?
すると彼女は舞い散る桜の花びらを背景に、頬だけでなく耳までも真っ赤に染めながら……勇気を振り絞るようにその内に秘めていた熱い想いを明かしてくれた。
「あ、あの、その……私、勇蘭君の事が……す、好きになっちゃったみたいなんですっ! だからその……わ、私とお付き合い、してくれませんかっ?」
その瞬間。
僕の脳内に巨大な雷鳴が鳴り響き、物凄い勢いで稲妻が落ちて来る。それにより僕の思考は完全に一時停止してしまい、とても恥ずかしそうな彼女を前にただ狼狽するしか出来なかった。
「え、えええ、えっと、えと、あ、あの……そそそ、その……」
自然と汗がダラダラ流れ始め、なぜか両手をわきわきと動かしながら激しくキョドり始める僕。
「あ、そ、その、こんな事急に言われても困っちゃいますよねっ? あの、返事は今じゃなくても大丈夫ですから、だから一旦落ち着いて下さい、ね? はい勇蘭君、深呼吸、深呼吸っ!」
「え!? あ、あぁ、う、うんっ、ひっひっふー。ひっひっふー……」
幾度か深呼吸? を繰り返して、僕はようやく少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……ふぅ、ご、ごめんね萌愛ちゃん。初めての事でちょっと取り乱しちゃって……」
「ふふ、大丈夫です。それよりも私の方こそ突然告白なんてしちゃってごめんなさい。で、でもどうしても卒業式のお祝いの日に、勇蘭君に告白したかったんです、私……」
まだ少し恥ずかしそうに、でもとても可愛らしくはにかむ萌愛ちゃん。
彼女のその笑顔がそれはもうとてもとてもとてつもなく可愛くて……こんな美少女に告白されて断る奴なんて最早、男じゃないよね? というようなレベル。
なら当然、すでに僕の中でも答えは出ているといっても過言じゃない。そう、答えはもう「はいっ、よろこんでっ」しかあり得ないんだっ!
「あ、あのさ、萌愛ちゃんっ!」
「っは、はいっ!?」
「……こ、こんな僕で、よかったら……そのっ」
僕は勇気を振り絞り、萌愛ちゃんに返事を返そうとする。だけどその時、僕の背後からそっと耳元で
「……青春じゃのぉ、勇蘭……」
「ほわぁぁぁぁっっ!?」
ゾクゾクっと感じながら僕は慌てて背後を振り返る。するとそこには白い軍服に身を包み、右眼の上に傷痕の残る白髪の初老男性が立っていた。
その正体は日本軍を統括している大隊長であり、軍学校でその存在を知らない者などいないほどの超有名人でもあり、そして僕のおじいちゃんだった。
「はっ、はっ、は~~、ビックリしたぁ。……もぅ何なのさおじいちゃんっ!? 急に背後から耳元で囁かないでっていつも言ってるよねっ!?」
「何を言うか、日本軍人たる者いついかなる時でも敵の気配を察知し、瞬時に応対せねばいかんじゃろうて? こんな事ぐらいで取り乱すようじゃいかんぞ勇蘭?」
いたずらっぽく笑って見せるおじいちゃん。
そう、おじいちゃんはイタズラ好きであり、僕と違って完全に陽キャなのである。
「いや、そうかもだけど……はぁ。それで? 一体何しに来たのさ?」
「何しにって……そんなの自慢の孫の卒業を祝いに来たに決まっておろうに? ほんといつまで経ってもつれない奴じゃの勇蘭は。のぉ、萌愛ちゃんもそう思わんか?」
……ん?
「ふふ、でもその普段はツンってしてる所が勇蘭君の可愛い所なんですよね? お爺さん」
「ふっ、ま、そうなんじゃがの」
…………
……
んぅっ!?
「え、ちょ、ちょっと待ってっ!? え、なに? 二人共、知り合いなの?」
そんな僕の唐突な当たり前の疑問に、おじいちゃんはドヤ顔を披露してくれる。
「おぉ、そういえばお主にはまだ言っておらんかったかの。以前、街中で萌愛ちゃんが「ちょり~っす」な感じのナンパ野郎達に絡まれておっての? そこで颯爽登場した銀河美少年が……このわしじゃよ!」
華麗にドヤ顔を披露するおじいちゃんを僕は無視して萌愛ちゃんの方に話しかける。
「いやでも、おじいちゃんと萌愛ちゃんが知り合いだったなんてホントビックリだよ」
「ふふ、でもあの時は本当に助かったんですよ? それでそれ以来、たまにお爺さんに勇蘭君のお話を聞かせて貰ったりもしてたんです」
「へぇ、そうだったんだね」
「ま、まさかの無視……じゃと……」
膝をつき絶望感に打ちひしがれるおじいちゃんを放置して萌愛ちゃんと話を進める。
「はぁ、全くもう……ごめんね萌愛ちゃん、なんかうるさいおじいちゃんで」
「大丈夫ですよ勇蘭君。私、楽しいの大好きですから」
「ほっほっ、流石萌愛ちゃんいい事言うのぉ〜」
「復活はやっ」
「……ま、とりあえずじゃ……卒業おめでとう勇蘭。これで晴れてお主も一人前じゃ。じゃから今日は卒業祝いとして、
ふと、おじいちゃんが先ほどまでのおちゃらけた表情から一転、凄く真面目な顔で……鞘も柄も真っ白な一本の刀を渡してくれる。
「……え? こ、これって……」
僕は驚きながらもそのとても見覚えのある刀を受け取った。
なぜなら、これは……
「父さんの、
そう、今は亡き僕の父さんが軍学校時代から愛用していた刀だったからだ。
「まぁ、刀なんてもんは飾っておってもしょうがないし、使って貰って初めて価値があるもんじゃからの。それに自慢の息子であるお主なら、例えもし壊したとしてもあやつも文句あるまいて?」
おじいちゃんは少し寂しそうな表情で刀を見つめ、萌愛ちゃんもこのしんみりとした空気感を感じてか黙って僕を見つめてくれている。
「…………」
でも僕は、
「え、別にいらないけど」
軽い口調で言いながらおじいちゃんに刀を突き返した。
「ふむ、そうか」
するとおじいちゃんも答えが分かっていたかのように少しだけ悔しそうにしながらもあっさりと引く。
「え、ええっ!? ちょ、ちょっと勇蘭君っ? 何で返しちゃうんですかっ!? あの流れなら普通受け取るところじゃないんですか!? お父さんの形見の刀なんて絶対に重要なアイテムで、絶対にこの先何かピンチを助けてくれるフラグじゃないですかっ? なのに何でそんなにあっさりと返しちゃうんですかっ!?」
萌愛ちゃんだけは目の前の展開に驚きを隠せずに、慌ててツッコミを入れてくれる。まぁ、僕が同じ立場ならきっと同じようにツッコミを入れたに違いない。
だから僕はそんな萌愛ちゃんに淡々とその理由を明かして上げた。
「萌愛ちゃん……僕は今、反抗期なんだ」
「ええぇっ!? そ、そんな理由でっ!?」
「いや萌愛ちゃん、萌愛ちゃんだって反抗期の頃お父さんの下着と自分の下着を一緒に洗わないでとかって反発した事あるでしょ? それと一緒だよ?」
「え、えぇ……う、うーん、そうなんでしょうか……」
渋々といった感じで納得してくれる萌愛ちゃん。
そんな僕と萌愛ちゃんのやりとりを見守りながら、既にいつものお調子者な装いに戻っているおじいちゃんが話の締めに入ってくれる。
「ま、仕方ないの。さ~てと、それじゃあそろそろワシは仕事に行くとするかの。なんせ今日の客人は超『VIP』じゃからのぉ、遅刻したら怒られそうじゃわい」
……ん?
「おじいちゃん、超『VIP』な客って? 今日ってそんな凄い人の来日予定なんてあったっけ?」
疑問に思った僕はおじいちゃんに問いかける。
他国の代表や主要人物が外交関係でこの国に来日する事は度々あるし、おじいちゃんは軍の大隊長だからその護衛任務を任される事もよくある事だけど……でも今日は母さんからも特に何も聞かされていない。
「あぁ、実は極秘案件なんじゃがの。ほれ、お主も知っとるじゃろ? あの今、世界中で話題になっとる『千年に一度の美少女召喚士』。その子がこの春休みを利用してお忍びでこの国に来日するらしくての。じゃからワシも含めて軍の方でその護衛任務にあたるって訳じゃよ」
千年に一度の、美少女召喚士……?
……あ、そう言えばこの前クラスの男子達がなんか話題にしてたっけ。
なんでも千年に一度レベルの高度な召喚技術を持っていて、普通の召喚士では出来ないような召喚をも行えるとかで人間国宝に認定されるかもと噂されるレベルだとかなんとか。
それでいて男性やお年寄りが多いこの職業の中では珍しく若くて物凄く可愛いからとメディアで特に持ち上げられていて、付いた呼び名が『千年に一度の美少女召喚士』。今、老若男女幅広く人気の、超有名人という事らしい。
「ふぅん、なんか大変そうだね。まぁでもお仕事だし頑張って来なよ」
「全く、お主は他人事じゃと思ってからに。まぁでもこっちに滞在中はうちの城に泊まって貰う事になるから、お主もサインとか貰えるやも知れんぞ?」
「え、い、いいよ別に。僕はそう言うの興味ないし……」
「え? ちょっと待って下さい。その子、勇蘭君と同じ所に泊まるんですか?」
突如、真面目な表情で話に入ってくる萌愛ちゃん。
「ん? ふふん、なんじゃ萌愛ちゃん、気になるのかの? それはまぁ、なんせ超『VIP』なお客様じゃからのぉ……護衛の兵士達も数人来る予定じゃし、その辺の宿に泊まってもらう訳にもいくまいて?」
「……そ、そうですか……」
「萌愛ちゃん、どうしたの? 何か気になることでも……」
「あ、いえ……あ、あぁっ! 私ちょっと用事思い出したので今日はもう帰りますね? お爺さん、また色々とお話聞かせて下さいね。勇蘭君も、次会う時までには今日のお返事、ちゃんと考えといて下さいねっ」
突如、萌愛ちゃんはひどく慌てた様子で僕達に別れを告げ、可愛らしくウインクを飛ばしながらそのまま颯爽と走り去ってしまった。
「ど、どうしたんだろ萌愛ちゃん。なんか急に慌てた感じだったけど……」
僕が萌愛ちゃんのその突然の行動に疑問を感じていると、おじいちゃんが神妙な面持ちで問いかけてくる。
「……分からんか、勇蘭よ?」
「え?」
「あれは……『妬きもち』、じゃよ」
「えぇっ、妬きもちっ!?」
「お主が美少女召喚士と一つ屋根の下に暮らすと分かって妬いておるのよ。ふっ、まぁでも、おめでとう勇蘭。お主もようやく到達したんじゃ。リア充という名の、こちら側の領域に……っ」
「お、おじいちゃん……っ」
僕とおじいちゃんは互いに感極まり、少し涙ぐみながらも嬉しさのあまりその場で熱い抱擁を交わした。
因みに、萌愛ちゃんのこの行動が妬きもちじゃなかった事に僕が気付くのは……まだ少し先の話。
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