幽明の訪い人

故水小辰

第一幕 仙羽、紅塵に立つ

〇場 英雄の血脈

 江湖に名を馳せる英雄の中に、一人の変わった能力を持った男がいる。何の因果か、生と死を行き来することができるその男は、何度も死と復活を繰り返し、地上にはびこる悪と戦ってきた。彼の戦う悪とは、生死の理を軽んじ、捻じ曲げることで蒼生に危害を加えてきた、死霊術師と呼ばれる下法の方術使いたちだ。特に彼らの一人が生み出した、黒怨煙こくおんえんと呼ばれる強力な怨霊をめぐる一連の戦いは、彼の長い長い戦いの中でもひときわ熾烈で、代償の大きいものとなった。

 その男の名は、王叙鶴ワンシューフー。皆から「王英雄」と呼ばれ慕われた、孤高の剣客だ。


 だが、王叙鶴は黒怨煙との最後の戦いで、何度目とも知れない死を迎えた。英雄譚の一章にまた幕が下ろされ、しかし今回は、彼の物語における唯一の「生」が残された——戦友にして妻でもあった、女冠の琅鴛ランイェンが彼の死後に男の赤ん坊を生んだのだ。しかし、王仙羽ワンシェンユーと名付けられたその子は、父親の影響か、この世を彷徨うあの世の住人・グイや、陰陽の世界の境目を見ることができた。そんな王仙羽にとって、王叙鶴の話は思い出話以上の意味を持っていた。

 王叙鶴は、正義と人々の魂の平安のために戦う希代の英雄だ。それ以上に、この世の者ならざるその人生は、陽間に属しながら陰間に近い場所にいる王仙羽に安心感を与えるものだった。陽間とは人間の住む世界、対して陰間は死者の世界のことを言う。この世とあの世を行き来しているような人ならば、陰と陽、両方の世界が見える自分のことも誰よりも分かってくれるのではないだろうか——父親について聞かされるたびに、王仙羽はそんな期待を持たずにはいられなかったのだ。


 しかし、母親の琅鴛は王仙羽ワンシェンユーが父親の話を出すと、決まってその優しげな額に悲しみと拒絶を浮かべた。帰れるのに帰って来なかった夫への捨てきれない想いは彼女を山奥の小さな道観にこもらせ、断ち切ろうとするたびにかえって執念を呼び起こした。修行の最中に倒れ、帰らぬ人となってしまった原因もこの執着だろうと彼女の兄弟子——王仙羽の師伯たちは言った。激しい負の感情は体内の気の流れを狂わせて、最悪の場合死をもたらすからだ。

それでも王仙羽は、王叙鶴ワンシューフーを恨めなかった。それよりも、彼女が生涯をかけて想い続けた希代の英雄に一目会いたい気持ちの方が強かった。だからこそ、琅鴛の言いつけを破ってでも旅立つことを決意したのだ。



 かがり火は燃え、冥銭は投げ入れたそばから灰と化す。いつ帰ってこれるとも知れない旅となると、ここでこうして彼女を弔うことができるのはこれが最後かもしれない。

「……母上、私の不孝をお許しください」

 王仙羽は膝を折って座り、地面に額がつくほど深く頭を下げた。

「ですが、納得のいく答えが見つかれば、必ず帰ってきます。あなたに育てられた年月にかけてお約束します」

 死んでも生き返る男を探すというこの旅がどれだけ果てしないか、それは十分すぎるほど分かっている。それでも、己の決断に後悔するのは今ではない。

「では、行ってまいります」

 王仙羽はそう告げると立ち上がり、塚に背を向けて山を下りる道に足を踏み入れた。

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