『人類蒼龍紀5121年 火星の月12日の記録』

 宇宙にあまねく人類の母星かつて地球と呼んだ惑星が、主星である太陽の膨張に巻き込まれてから――そして人類が地球を離れてから、40億年が経過。


 膨れ上がった太陽は収縮し、黒色矮性へと変じ、全盛期には数多の惑星を引きつけたその強大な引力は見る影もなくなっていた。


 太陽系と呼ばれた惑星系にあるのは、散り散りになった惑星の名残のみ。あとはひたすら続くダークマターの海。






 暗黒物質に漕ぎ出す一隻の船があった。


 船は太陽系の名残の場所を旋回したあと、木星の衛星、ガニメデの破片に錨を下ろす。


 音無しの空間に、衝撃を与えるものがあった。


 甲板では、美しい少女が目を輝かせて暗黒の空を仰いでいる。


 少女は、蒼龍系人類の子供であった。


 その姿は、青い鱗に全身を覆われ、背中から立派な翼を生やし、鋭い牙を輝かせていてーーー。


 地球の歴史を収めたデータベースにて、『ドラゴン』と呼ばれた架空の生物に非常に近かった。


 蒼龍系人類は、生命活動装置がなくとも宇宙空間での活動を可能としていた。蒼龍系人類は、そのように進化を遂げた。


 少女は甲板を蹴ると、自身の翼で暗闇を飛び、太陽だったものそばに訪れた。


 かつては立派な巨龍であったに違いない黄金のドラゴンだったものは、光を失い漆黒の体で眠っている。


 少女は悲しみを押し殺しながら必死に長い首を必死に巡らせて、あちこちを探し回る。


 少女は太陽だったものの周りをぐるりと飛んだ。


 ぐるりと飛んで、探し続けた。


 そんなことを、人類蒼龍紀の桁が一つ増えるくらい続けた。


 そうまでして、探し続けた。


 それは、ひとつの約束を果たすため。


 遠い先祖から受け継いだ約束を、種族全員が力を合わせて、とうとうその使命を果たすべき少女を送り出したのだ。







 音の伝わらない暗闇で、少女は咆哮を聞いた。







 少女はかつて青いドラゴンだったカケラを掬い出し、手に取って慈しんだ。


 先祖から脈々と受け継いできた再会と望郷の念が、素粒子に還ったそれを青いドラゴンと認識させた。


 少女は感涙に咽び、故郷の座標に向かって雄叫びをあげる。


 すると暗闇にぽっかり穴が開く。無しかない場所を押し切り、穴は次々と開いていく。


 そこから現れたのは、少女の同胞であった。青いドラゴンへと姿を変えた、かつて地球という星に住んだ霊長の存在。


 亜空間飛行を何度も繰り返して、今故郷に帰り着こうとしている、かつて地球人と呼ばれた人々である。


 暗闇の空を埋め尽くす青いドラゴンたち。やがて、彼らは円を描いて飛ぶようになり、一ヶ所に集まっていく。


 その中心には、青いドラゴンのカケラがあった。


「いつか、きっとまた会いにくるからね。あなたのことは決して忘れないから。約束よ」


 どこかで、誰かがそう言った気がした。

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