軍神リアクト / Guns In Re-act

クサバノカゲ

【上】男運は天にあり

 名将、上杉謙信。


 戦国時代最強と謳われるほど天才的な軍略家。そして矢弾の飛び交う前線に自らの身を晒しても、まるで神仏の加護を受けたかの如く無傷であったという。


 毘沙門天の生まれ変わりとも称されるその在りようは、味方の士気を大いに鼓舞し、同時に敵陣のそれをくじいたことだろう。


 「軍神」の異名も、むべなるかな。


 神仏を尊び、また義を重んじて、私利私欲のための戦には決して手を染めない。その高潔な生きざまを彩る逸話も数知れず、あまた戦国武将のなかでも屈指の人気を誇っている。


 ──と、そんな前置きからはだいぶ飛躍してしまうが。


 このお話の舞台は血沸き肉躍る戦国の世ではなく、現代のごくごくありふれたオフィス街の一角だ。


 いまそこに、お昼休みを利用して会社の近所の銀行へ、てくてく歩くひとりのOLの姿があった。永岡ナガオカ 景子ケイコ粕谷かすがい商事で庶務の仕事に就きこの春にて5年目の25歳。


 飛躍した上に、唐突で荒唐無稽な話を重ねてしまうことを先に詫びておこう。何を隠そう彼女こそ、この現代における上杉謙信の生まれ変わりなのである。


「あー……。なんか、イヤな予感」


 目的地である銀行の看板が目に入ったところで足を止め、景子はちいさく呟いた。

 彼女の予感、特にネガティブなそれは驚くほどよく当たる。


 このまま踵を返さなければ、まず間違いなく深刻なトラブルに巻き込まれるだろう。


 しかし、同僚から急に誘われた今夜の合コン、会場がそこそこ良いお店なこともあり、給料日前の身軽なお財布がちょっと心もとない。

 そのぶん今回は、なかなか良さげな殿方が揃っているとの噂だ。


 ──ええい、虎穴に入らずんば虎児を得ず!


 意を決すると、社を出る際にヒールから「こんなこともあろうかと」履き替えてきた通勤用スニーカーの感触を確かめるように、力強い足取りで前へと踏みだした。



 さて、話を進める前にすこし彼女のことを話しておこう。「生まれ変わり」とは言ったが、実はそれは後天的なもので、すなわち彼女は生まれながらの生まれ変わりではない。



 あれは、彼女が正義感だけやたらと強かった小学1年生のころ。

 お盆で新潟のおばあちゃんちに里帰りした折、気弱な従兄のゲームソフトを近所の悪ガキから取り返すためにタイマンを張り、あえなく泣かされた帰り道だった。


『強くなりたいか?』


 道端から唐突にそう声をかけてきたのは、白い頭巾をかぶってちょっと体が透けてる奇妙なおじさんだった。


『正しいことを、正しく為すために、強くなりたくはないか?』


 頭のなかが悔しさでいっぱいだった彼女は、意味を深く考えもせず、「なりたい」と即答してしまったのだ。


 ――ほんと、あれは軽はずみだったよね。


 後に彼女は、折々に悔いたものである。やはり、知らないおじさんの言葉なんてものは無視すべきだと。

 とにかく、そうして彼女は透けてるおじさん――すなわち新潟の郷土の英雄である上杉謙信、その霊魂的な何かと魂レベルで同化を果たし、後天的に「上杉謙信の生まれ変わり」になった、ということらしい。


『ならば儂は、其方に生まれ変わろうぞ』


 おじさんがそう言っていたから、きっとそういうことなのだろう。


 このときから景子には謙信としての知識/経験が断片的に、「遠い記憶」ぐらいの位置付けで受け継がれた。

 だがそれは、現代を生きる女の子の日常生活において、歴史の授業がピンポイントでわかりやすくなったぐらいのメリットしかなかった。


 それとは別に彼女自身が「リアクト」と名付けた「特殊な力」の発露もあったのだが、こちらについては後ほどあらためて述べることにして、そろそろお話を進めたほうが良さそうだ。


 なにせ、状況は意外とひっ迫しているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る