秀頼の逆転勝利
@erawan
第1話 秀頼の戦い その一
「最後のお願いで御座います。明日は是非とも御出陣を!」
慶長二十年(一六一五年)五月、茶臼山に陣取る幸村(信繁)は、秀頼の元を訪れている。この願いが聞き入れられない時は、もう二度と生きて会う事は無いだろう。これが今生の別れとなる。そう決心しての参上だ。
これまで淀殿には何度も反対され叶わなかったが今一度、殿自ら御出陣して頂きたいと依頼しているのだ。秀頼様が戦場に御姿を見せて下されば、豊臣側の士気は上がり、反対に徳川方に付いている秀吉の恩を受けた旧臣達の士気は下がるだろう。
「幸村」
「――――!」
突然幸村と呼び掛けられた真田信繁は、一瞬戸惑った様子を見せたが直ぐに返事をした。
「はっ」
おれはどうしても幸村の方が言いやすいので、これで通すことにする。実は今日幸村に会う直前に、宇宙の超自然現象というか、信じられない超常現象により、豊臣秀頼に転生してしまったのだ。
「明日は茶臼山に出陣するぞ。淀殿には内緒だがな」
「おおっ!」
此度も駄目に違いないと諦めかけていただろう幸村の顔が、一気に明るくなった。
大阪夏の陣、史実で秀頼は大阪城本丸の桜門まで出陣したが、その時、真田隊を含む前線諸部隊壊滅の報がもたらされ、それ以上の出陣は中止になったという。
元々城の外にまで出る気は無かったのではないかと勘繰ってしまう。
話は数日前に遡る。ポカポカと天気の良い日で、おれは椅子に座り、ネットで買った中古のパソコンをいじっていた。秀吉とか秀頼とか打ち込んでいると、
「戦国時代に興味があるの?」
スクリーンに突然そんなメッセージが表示され、目が点になってしまった。
「はっ?」
なんだこれは。このパソコンはまだ買ったばかりで何の設定もしていない。以前の使用者が何か残していったのか。しかし詐欺メールとかではなさそうだし、正体不明ではないか。
その後はいつまで経ってもスクリーンに変化は無い。
おれは興味半分、恐る恐る返事を打ち込んでみる。
「そうだよ」
「だったら、行ってみましょうか?」
ヤバイ!
おれは立ち上がって部屋の中を歩き回り、パソコンを見つめてしまった。この送信は一体どこから来ているんだ?
不思議なメッセージはさらに続いた。
「私を信じられませんか?」
腰を屈めてスクリーンを覗き込んでいたおれは、反射的にまた椅子に座り速攻でキーボードを叩いた。
「君は誰?」
「私の名前はトキよ」
「…………」
これは、もしかして転生とか、とんでもない事が起きる前兆?
嘘だ、それは絶対あり得ないよな。
「信じていないのね」
「えっ」
おれの今考えている事まで分かってしまうのか?
「どうしたら信じてもらえるのかしら」
おれはいつの間にかワクワクして、さらに書き込んだ。
「だって生身の人間が時空を超えて移動するなんて、信じられる訳ないじゃないか」
いそいそと書き込むおれの気分は、既に時空を超えていた。
「じゃあやって見せましょうか?」
「えっ、いや、ちょっと待って」
びっくりするなあもう。本気なのかあ。
「分かった。そんなに言うんだったら、おれをこの部屋からキッチンまで移動させてみせてよ。それが出来たら信じてもいい」
「いいわよ」
その返信を読み終わるや否や、周囲の空間が歪み、おれはキッチンに立っていた。
五月といえば一年で最も良い気候の筈だが、転生した先は時代が違い過ぎる。ミニ氷河期とも言われるほどで、寒がりのおれにはまだ相当寒かった。
コロンブスが新世界を発見し、ヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達した頃には、すでに寒冷化が始まっている。一八〇〇年代まで続いたようで、しかも一六〇〇年代は一番気温の低かった時期だ。戦国時代はミニ氷河期の真っ最中。
歌川広重が描いた浮世絵東海道五十三次の中に、静岡県の蒲原を描いたものがある。富士川河口にある村のはずれだから山奥ではない。それでも大雪になっている。現代では温暖なその地で大雪が降っていたようだ。
それらを考えると大阪冬の陣は相当寒かったはず。ましてや秀頼の命で淀川の堤防を決壊させ、大阪城の北と東側を水浸しにしてしまったというのだ。朝晩は城の周囲を広範囲にわたって氷が張って、冷え込み、ぬかるみ、攻め寄せる側の苦労は並大抵ではなかっただろう。
そして今、ついに大阪夏の陣最終決戦が近づいている。夏の陣とは言っても、おれの皮膚感覚では、まだ肌寒い春の陣と言った方が気候的にピッタリくる。
今では日本全国をその支配下に治めてしまった感のある家康が、もちろん総大将。大阪城の南約四キロほどの天王寺口に、秀忠はやや東寄りの岡山口に向かい侵攻して来たのだ。
豊臣側の軍勢は岡山口を守り、幸村ら牢人衆は天王寺口を守ることになる。この決戦では、秀頼自らの出陣と共に全軍が突撃し、家康の首を獲ることが目標だった。大阪城は冬の陣での敗戦の結果、外堀を埋められ、丸裸となってしまっている。野戦でほぼ三倍と思われる徳川軍と戦い勝つ為には、速攻で敵本陣の隙を突くしかなかったのだ。
おれは翌日の早朝、幸村配下の者共を集めた。まだ夜は明けていない。淀殿に見つからない為でもある。
「幸村」
「はい」
「フンドシは用意出来たか?」
「これだけ有ればよろしいかと」
幸村の背後に風呂敷の様な物を担いだ配下の兵が数十人も集まっている。
おれ秀頼の出陣に際して、幸村には一つの注文を出しておいたのだ。細長い布を大量に用意せよと。
その形状を最も的確に表現すれば、フンドシだったのだ。
「よし、行くぞ」
「はっ」
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