怪ノ村 其乃弐 不幸死紙⑬
「……。」
ザザあーーーーーーーーーー!!
ふりしきるどしゃ降りの雨音が洞穴内の空洞へとながれこむ。
ぴちゃぴちゃぴちゃ
泥と雨水にまみれたセーラー服姿の鴨倭木静は静かに冷たい洞穴の冷たい岩壁に背中をもたれていた。
崖から落ち挫いた足をおり曲げ静かに佇む。
擦りきれたセーラー服に泥まれとなったボロボロのスカート。崖から落ち靴さえ喪い。裸足となり引きずって擦りむいた足を寒そうにうずめる。
ザーーーーー
「どうして…どうして…。」
静の唇から何度も同じ言葉を繰り返される。
彼女の哀しみと絶望が洞穴の暗闇を更に深く染め塗りつぶす。
ザアーーーー ザアーーーー
非情な雨が洞穴の外から流れ落ちる。
まるで彼女の哀しみと絶望に同調するかのように激しく降りしきる。
「どうして私がこんな目に…。どうして私がこんな辛い目にあわないといけないの…。うっ…ううっ…。」
静の唇が悲痛に歪む。涙と嗚咽まみれに彼女の顔がぐちゃぐちゃになる。
濡れて崩れた長い黒髪がしたり落ち。前髪が彼女の顔を覆うように無惨に垂れ下がる。
「許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️許さない‼️。」
彼女の繰り返される怨恨の慟哭が洞穴内の壁に反響し。暗闇の洞穴の中の奥へ奥へと木霊する。
「私の苛める奴も!。私の苛めを黙認して何もしないろくでなし教師も!。私の苛めを見てみぬふりするクラスメイトも!。みんな‼️みんな‼️みんなああ‼️、みんなあああああああああああああああ~~~~~~~~~!!」
静の荒ぶる心から吐き出すように金切り声が響く。
「死んでしまえええええええ~~~~~~~~~~!!。」
内気な彼女が初めて心情を吐きだす。
「嫌いだ!嫌いだ!全員嫌いだーー!。何もかも嫌いだ!。みんな消えろ!。消えてしまええーーーーー!。死ねえ‼️死ねえ‼️死ねええええええええーーーーーーーーーーー!。」
激しい憎悪と哀しみを激情にませかて泣き叫ぶ。彼女の姿を透けて浮いてる清司とワラズマは険しげに静観する。
弥恵だけはそんな彼女の惨めな姿に同情するかのように目に涙を滲ませていた。
「許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!許さない!。」
くしゃ
セーラー服の胸のブラウスに添えた手紙を激しく握りしめる。
「許さっ…なっ!。」
静さん……。
「……。」
彼女ははっとしたように憎悪にまみれ恨み辛みの発した言葉が途切れた。怒りと憎しみ激情が抜け。何かを思い出したかのよう目に正気が宿る。
彼女の脳裏に過ったのは文通の手紙と一緒に貰った写真に写る優しそうな笑顔を浮かべる青年の姿であった。
「………。」
静の悔しげな憎悪にまみれた顔が抜け。そこにあるのは絶え間ないほどの後悔と懺悔似た哀しみに満ちた表情であった。
静は握り潰しそうになった手紙の手を緩め。大事そうに再び優しくセーラー服のスカーフの胸辺りに手紙を添える。
静の唇が静かにゆっくりと開く。
「孝太郎さんご免なさい……。私は··もう…·。貴方に手紙を返せない……。」
大事そうにスカーフに添えた手紙がひらりと膝元に落ちる。静の両手が悲痛に歪んだ顔を覆う。
「うっ··ううっ···ああっ··あ·…。」
垂れ下がる濡れた長い髪が彼女悲しみに歪んだ顔を隠す。
「うあああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!。」
ザアーーーーーーーーーーーーーー
彼女の打ちひしがれた叫びが洞穴の空洞に木霊する。哀しみともにどしゃ降りの雨が流れ落ちる。
弥恵ちゃんも最早彼女の姿を直視出来ずにいた。
時間の感覚が曖昧に過ぎる。山狩りまでした村の衆は助けなどくるはずもなく。彼女は飲まず食わずに洞穴内にいた。立つことさえままならず。泣くことさえ出来ない。疲労が重ね。鴨倭木静は静かに衰弱し痩せ細り。そしてなくなった。手紙を大切そうに胸のスカーフに抱きながら。一人寂しく死んでいった。
想い人の後悔と懺悔と謝罪の言葉を残して…。
俺はスッと瞑想した。
ご冥福を祈ったわけではない。俺は野垂れ死に目的の死に行く旅をしている。いつ死んでも構わない自暴自棄のような旅である。しかし鴨倭木静の彼女の死をみて俺はやるせないと感じてしまったのだ。彼女の死は俺の理想とする野垂れ死にである。しかしこんな不幸な死に方があっただろうか?。苛められ続け。助けてくれるクラスメイトもいなく。相談してくれる教師もいない。挙げ句の果てに苛めた生徒に騙され崖から落とされ。想い人に手紙を返せぬまま理不尽に死んでいく…。
これ以上の不幸は俺は見たことがない。
これで不幸の手紙に呪いが宿らないほうがおかしい。
弥恵ちゃんもまたもう顔がぐしゃぐしゃ泣き崩れている。
「………。」
おおおおおおおお~~~~
風音…
洞穴の奥から風の流れでているのか。反響音が聴こえる。しかしその音は何処か獣の呻き声にも聴こえた。
ワラズマの人差し指の不規則な幾つもの瞳がじっと洞穴の奥を眺めていた。
洞穴の奥は昼間なのに薄暗く。真っ暗になるほど漆黒に染まっていた。
そんななにもない鴨倭木静が遺体が横たわる洞穴の奥をワラズマは険しそうに不規則な瞳が見つめている。
『そういうことか……。』
ワラズマが何か納得したような素振りをみせる。
「どうかしたのか?。ワラズマ。」
俺は気になってワラズマに声を掛ける。
人差し指のワラズマの不規則な瞳を細める。
『いや、現地についたときに話す。鴨倭木静の遺体のある場所は把握した。地理は問題ない。だが場所が崖の下にあるようだから登山道具が必要かもしれぬ。』
「うっ、ひっぐ。そ、それだばとっちゃの登山道具借りるべ。父っちゃは昔学生の頃、登山部にいたんだそうだ。今でも登山道具の手入れは欠かせたことねえ。」
「それなら俺も学生の頃に山岳部にいたから問題ない。」
『清司は山岳部にいたのか?。』
ワラズマは意外そうな不規則な瞳で俺を見る。
「そうだよ。な、なんだよ、その目は?。だから野宿もできただろうに。」
ワラズマの態度に俺は少しムッとなり不機嫌になる。
『いや、格好からしてそう見えなかっただけだ。本当に山岳部だったのか?、』
ワラズマは更に疑いの不規則な瞳の眼差しを俺に向けてくる。
「そ、そりゃあ、趣味で山登りはもうしなくなったけどさ。それでもこれでも一応サバイバルのノウハウは知っているんだぞ。」
『それにしてはよく山とか森とかで道に迷うよな。私がいなければいつも遭難していたぞ。』
清司はいつもワラズマと一緒に旅していたが。山や森とかでしょっちゅう迷っていたことを覚えている。
「べ、別に山岳部にいても山や森に迷うこともあるだろうが!。旅目的に携帯や地図も必要もなかったんだし。」
清司は向きになって反論する。
『解った解った。では参るぞ。』
人差し指のワラズマは話を中断し不規則な瞳が閉じられる。
景色がぐにゃりと変わっていく。
清司はふと洞穴内に横たわる鴨倭木静の亡骸を見る。
これ程の恨み辛み未練を残したのならばワラズマの力でどうにか出来るのだろうか?。清司は少し不安にかられる。たんなる不幸の手紙に呪いが宿るほど怨恨を残したのなら。その解呪はたやすいものではない気がしてきた。
意識が再び戻り鴨倭木静の部屋に立っていた。
「戻ったーー!。」
弥恵は自分の体を確認する。
「それじゃ、これからどうしようか?。」
鴨倭木静の遺体がある場所は解った。あとは弥恵ちゃんから登山道具を借りて鴨倭木静が落ちた例の崖を降りるだけである。今から行っては夜になって遅くなるだろし。いや弥恵ちゃんの祖母のこともあるし急ぐべきだろうか?。
「あーー!?。。」
突然弥恵ちゃんは何か思い出したように叫びだす。
「ど、どうしたの?。弥恵ちゃん。」
「あの鴨倭木静を苛めとった三人組。十年前、謎の死を遂げた事件の6人中の3人や。新聞の顔写真で見たと!。間違いなかー!。あいつらが鴨倭木静を苛めとった三人組だったのか。なら、死んで当然ばい!。でも…。」
弥恵ちゃんは怒りを滲ませたが。その後直ぐに顔色が暗く曇る。
弥恵ちゃんは鴨倭木静を死に至らしめた苛めた三人組を本当に許せないのだろう。
それと同時にその呪いの不幸の手紙のせいで親しいクラスメイトがなくなっているのもまた事実。心情からして複雑なのだろう。
「それじゃ、弥恵ちゃん。直ぐに鴨倭木静の遺体に探しにいくか?。」
このまま鴨倭木静の遺体があると思われる崖下先にある洞穴に行くとこを弥恵ちゃんに提案する。
弥恵ちゃんはふるふると頭をふる。
「いんや今日はもうおそいと。明日にすんばい。婆っちゃのことも心配ども。それよりも私どうしても気になることあるんや。一緒に来てくれへん。」
弥恵ちゃんは何処か覚悟を決めた一大決心するような表情をしていた。
俺はワラズマを位牌箱にしまう。
「何処に行くんだ?。」
俺は首を傾げ不思議そうに問いかける。
「学校や。」
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