不機嫌なアルバトロス
@lahai_roi
利用される女
「あ、ちょっと。これ、コピー頼むよ」
「おい。そうそう、君。コーヒー二つ淹れて第三会議室に運んどいて。」
「そこの。電話鳴ってるだろう、とったらどうかね。」
「あ。あの人…ほら、ねえ。アホウドリっていう…」
「ほら、あいつだよ。まあまあだよな。俺もお願いしよっかなー」
「あぁーら、安い女。今は一体どなたのお相手していらっしゃるのかしら?もう社内に相手はいないんじゃなくて?クスクス」
ったく。
どいつもこいつも。
私には櫻田花音(さくらだかのん)って名前があるっつーの。
おい、とか。
そこの、とか。
君、とか。
あ、とか。
……アホウドリとか。
人の名前ってものを、無視している。
いや…
彼等に取って、私はヒトですらないらしい。
短大出たあと直ぐに入社して5年目。
いわゆるOLって言われているやつで。
今もそういう風に呼ぶのかは知らない。
でもあまり聞かなくなったかな。
カツンカツンとヒールを鳴らして歩きながら、私は自分の名前すら覚えてもらえない職場に、もうそんなに長いこと居るのね、と情けなく思った。
今日も雑用ばっかり。
段々ここが何をやっている会社だったか、っていうこともわかんなくなってきた。
一応私だってやらなければならない仕事はあるんですけどー。って思うのに。
どうしてか私は暇だと思われているらしい。
いや、断らない性格だから、利用されているだけなのかもしれないけど。
一人悶々としながら、休憩所に到着。
自販機でブラックのコーヒー…
は、格好良いけど苦手だから…
私は自分で定番のホットミルクティー。
ガコンという音を立てて、でてきた缶を掴んだのだが、余りの熱さに思わず手を放してしまった。
「あっつー」
なんでこんなに熱されてんのよ。
ミルクティーは売れ筋でしょうよ。
まだ取り出し口に入ったままの缶を恨めしく眺めながら心中で文句を言う。
今日はツイてない。
いや、今日は、じゃない。
こんな会社潰れちまえ。
いつもいつも雑用残業雑用。
未だに女差別の多い部署だし。
だけど、いいもんね。
お気に入りの着信音を聞いて途端に笑みがこぼれる。
私には宏章(ヒロアキ)という素敵な彼が―
メール画面を見て頭が真っ白になった。
『ごめん、もう会わない』
櫻田花音25歳。
たった今。
ぼろぼろの心を慰めてくれる糧を失った模様。
「はは」
もう慣れっこになった出来事に、自然と乾いた笑いが漏れる。
またか。
いつも、そうだ。
私は誰かの代わり。
それか、誰でも良かったっていう暇潰しの相手。
あるいは、本命じゃない方。
「はは…はーぁ…」
ひとしきり出た笑いが、溜め息に変わる。
誰も居ない休憩所。
あったかい飲み物もなく冷たい窓硝子に近寄るのは気が退けるけど。
ここからは都会の夜景が一望できる。
のばして触れた手についた、ひやりとした感触に鳥肌が立つのがわかる。
―外にはこんなに沢山の人が居るのに。
どうして私だけを見てくれる人はいないんだろう。
誰か一人だけでいいから。
私だけを愛してくれる人に出逢えたらいいのに。
私じゃないと駄目だって、言ってくれる人が、いたらいいのに。
自分で言うのもなんだけど、顔は悪くないと思う。
とびっきり良いってわけでもないけど。
中肉中背。痩せてもないけど、太ってるって程でもない。
小学校は恋愛とは無縁だった。
人形遊びがへたくそで、女子の友人の輪に加われず、男子にまじって追いかけっこや泥遊び、木登りなんかをしていた。
中学になると周囲も色気づいて、彼氏彼女だなんだって騒がれていたせいか、私も少し目覚めて、お洒落しだしたり、放課後の最強の泥団子作りの習慣を、泣く泣く卒業した。
一回だけ隣のクラスの男子から告白されたけど、気持ち悪くて断った。
高校になったらバリバリ化粧して、先生に見つかって怒られて、それなりに勉強もして。
いっちょまえに彼氏もできて、その上イケメンだったから、満足してた。
そんな風にして出逢いと別れを繰り返していく内に、ふと気づく。
誰も『私』を見てくれてない。
いつの間にか着飾っていた自分。
作っていた私。
そうじゃなくてもっと、『私』を愛して欲しい。
好きになって欲しい。
そんな思いが強くなったけれど、自分だって相手の外見しか見てないんだからお互い様で。
次から次へと片っ端に付き合っては別れて。
自分の運命の人と逢う為に、もうどれくらいの人と付き合ったんだろう。
だけど、未だに逢えない。
どこで間違っちゃったんだろう。
いつの間にか自分のバーゲンセールになってたみたい。
この会社でも、大体知らない人は居ない。
そんなこんなでついたあだ名が『アホウドリ』。
誰にでも簡単に捕まってしまうゆえに乱獲されて、絶滅したと言われていた鳥。
私も絶滅しちゃうのかな。
このまま誰にも見向きもされなくなって。
死んだ後に大事だったとか気づいてもらえたらいいな。
私の場合、そんな価値もないのか。
でも、寂しいの。
一人は嫌なの。
誰でもいいから。
私だけを好きだと言って。
ぬるくなった缶をポケットに入れると、私はまた来た道を戻る。
私の名前すら、ない場所に。
利用されるだけの女と言われる空間に。
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