第4話 花火
花火土手と呼ばれているこの土手では、毎週のように夜になると花火が打ち上がる。
まん丸い花火、しだれ花火、ハート型、スマイル型など、いろいろな形の花火。週ごとにその形は少しずつ変化し、何度見てもそのたびに新しい発見がある。
土手では何組かのカップルが手を握り肩を寄せ合い、なにか会話をしながらそれを見ている。
愛菜は一人、散歩がてら花火を見る。夜空に儚く消えてゆくさまが好きだ。
できれば完全に一人で見たい。周りのカップルや人達が邪魔に思える。なるべく人気のない少し離れた場所で見る。
ちょうどいい場所を見つけた。ちょっとした塀の隙間。座れる場所もある。真っ暗でより花火が冴える。
花火の光と、音の振動を浴びる。私の中の悪い物を吹き飛ばしてくれるかのよう。
あと少し見たら帰ろう。そう思いながらこの少しの時間をじっくり楽しむ。
「あら、こんなところで。お一人?」
横から誰かが話しかけてきた。一人の時間が壊された瞬間。嫌気が差す。
「そうです。私に構わないで。もう帰りますので・・。」
声のする方を見ると、自分より年上と思われる女性が一人立っていた。その女は髪を後ろで束ねて、メガネをしている。この土手にはとうてい似つかわしくないOLのような服装。あなたこそ、一人でいったい何しているの?と思う。
「あらごめんなさい。お邪魔だったかしら?」
「ごめんなさい。私一人でいたいの。構わないで。」
その女はそれを聞き、人を憐れむような顔をしながら首を左右に振る。変な同情を押し付けられているようで余計に気分が悪い。
「そう、ごめんなさい。私も一人で寂しくて。同じようなあなたを見てつい。」
「私は寂しくなんてありませんから・・」
「ではなぜこんなところに?」
「別にいいじゃない。」
「無理しなくていいわ。別に一人でいることは悪いことではないと思うの。でもそんなに気持ちを塞ぎ込まなくてもいいとも思うわ。」
話しかけてきたのが男じゃなくて嫌な予感しかしなかった。ものすごく鬱陶しい。
「本当に寂しくなんてないので。では・・・。」
「そんなの嘘。寂しくない人なんて居ない。そう、あなたのような子たちが集まる場所があるの。みんなあなたと同じように自信をなくして、塞ぎ込んでいて。良かったら、いかが?」
「・・・」
「私もそこを知る前は自信をなくして、そう、あなたのようだたわ。でもそこで同じような人たちと出会って『あ、私だけじゃないんだ?』って安心できた。みんなと会話して、勇気ももらえた。私もずっとずっと塞ぎ込んでたけどすこし頑張ろうって思ったの。とてもいいところよ。無理にとは言わないけど良かったら試しにどうかしら?」
そんな場所聞いたことがない。
「いかが?」
「いいえ、本当に大丈夫ですから。」
「一人で大丈夫な人なんていないわ。みんな強がっているだけ。私もそうだった。でも本当は一人って寂しくて惨めで恥ずかしい。私の何が悪いのって気分になるし、誰でもいいからそばに居てくれて私の気持ちがわかってくれたらって思う。私だってそうだったの。いいの、無理にとは言わないわ。でもきっとあなたの人生を幸せに変えてくれるわ。
場所は繁華街の集いの酒場の近く。食事するだけでも良いの。少しだけでもどうかしら?」
べらべらとよく喋る人だ。うんざりする。それに集いの酒場。あまり近寄りたくもない場所だ。
「あなたお仕事はされているの?」
「いいえ。」
「なら、なおさらだわ。そこだったらお仕事も紹介してもらえる。お金もいいの。大丈夫。みんなとてもいい人ばかり。」
話が見えてきた。
「ごめんなさい。本当に大丈夫ですから。私、あなた達とは違うの。」
「いいえ。違わなくないわ。あなたは塞ぎ込んでいるだけ。」
「いいえ。違うの。産まれて間もない頃から今までずっと一人ぼっちだし、これが当たり前なの。」
「いいえ。そんなことはないわ。・・・って、産まれて間もない頃から?」
「ええ。」
「はあ、どういうこと?」
女は考え始め、ジロジロと私の方を舐め回すように見始めた。
「げっ、ま、まさか?」
女は何かを察すると態度を急変させた。
「ちぇ、なんだよ。ざけんなよ。けっ、時間の無駄だった。じゃあな。」
そう言うと、ポケットに手を入れ、舌打ちしながら地面の石を蹴飛ばし、背を向け捨て台詞を吐く。
「こんなとこに意味深にいるんじゃねえよ。紛らわしいなあ。まったく。」
また、一人の時間が戻った。花火の光と音が私を刺激する。
今日は来なければ良かったかも。少しして一人、家へと帰ることにした。
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