【アルフレッド視点】僕の義妹

 僕の義妹のイザベル──ベルは、我儘で高慢で、はっきり言って性格の悪い女だ。

 自分に与えられる施しは受けて当然、とばかりに感謝の言葉すら口にしない。

 その癖、相手に対しては完璧を求め、少しでも至らない点があればネチネチと詰め寄っていく『意地悪な小姑』のような性格だった。


 最初に顔を合わせた時、ベルはまだ四歳だった。

 ライトブルーの美しい髪。

 長い睫毛に縁取られた大きい瑠璃色の瞳。

 鼻筋がスッと通り、唇はピンク色をしている。

 まるで人形のような美しい容姿だが、どこか憂いのある表情。

 ……その美しさと儚げな様子に、僕は一目でベルに惚れてしまった。


 二つ上の僕もまだまだ言葉が怪しいところはあったが、ベルは四歳になっても滑舌が悪く、しっかりとした言葉が話せなかった。


 更に驚いた事に、ベルは四歳になっても夜泣きが治らず、深夜に泣きながら起きては「かあしゃま! かあしゃま!」と屋敷内を彷徨うことが度々あった。

 母を亡くした事による精神的なショックが癒えないのだろうと判断した母上は、ベルの夜泣きが治るまで寝室を一緒にし、優しく抱き締めながら子守唄を歌ったり物語を読み聞かせて一緒に眠っていた様だ。

 その甲斐あってか、ベルの話す言葉は日を追うごとに増えていき、五歳を過ぎた頃には大人顔負けの発言をするまでに成長していった。


 ……そこまでは良かったのだが、愛娘を溺愛する義父上は、ベルの今後のために厳しい躾を施そうとする母上を「そんなに厳しくしたらベルが可哀想だ」と発言するようになり、母上や使用人が苦言を呈しても頑なに態度を変えなかった。


 泣き虫で素直な性格だったベルも、生温い環境のせいでどんどん付け上がり、気付けば元の性格から大きく様変わりし、その頃から、僕は次第にベルの性格の悪さに嫌気が差すようになっていた。


 ベルの性格の変わり様に母上も使用人も手を焼き始めていた、そんなある日。

 マナー教育を受けたベルが、マナーのなっていないメイド達を注意するようになった。


 ……なぜメイド達に集中していたのかは僕の憶測だが、侍女達は主人の身の回りの世話をする関係でそれなりの教育がされているが、メイドは侍女程の厳しい教育は施されていない。

 それに、屋敷で目に付きやすい使用人は、執事や侍女の次にメイド達だ。

 そのため、マナー教育の成果を発揮しやすかったのだと思う。


 最初は軽い注意だけだったベルだが、次第にエスカレートして行き、罵声を浴びせたりわざと足を掛けて転ばせたりと嫌がらせをする様になった。


 そのため、アルノー家のメイドの離職率は異常で、次第に「アルノー家にはメイドイビリをする意地悪な令嬢がいる」と噂が立ち始めるようになった。

 やがて、その噂は義父上の耳にまで届くようになり「流石にマズい」と思った義父上は、ベルにやんわり注意をするようになった。


 しかし、ベルは態度を改めるどころか「お父様に注意されたじゃない! 全てはお前達が出来損ないだからよ!」と責任転換をして余計にメイド達に辛く当たるようになった。

 その後、何度忠告しても酷くなるベルの態度についに義父上の堪忍袋の尾が切れ「今まで散々忠告して来たが、もう許さん! お前をネスメ女子修道院送りにする! そこで今までの行いについてしっかり反省してきなさい!」と口走ってしまったようだ。


 僕は、性格の悪い義妹から距離を置ける、と内心喜んだ。


 だが、義父上の発言後、力なく倒れるベルの姿を見て「性格は最悪だけど、やっぱり義妹はか弱い女の子なんだ。僕が守ってあげなければ」と考えに変化が起きた。


 そして、意識が戻ったベルは開口一番に「修道院で自身の歪んだ性格と根性を叩き直して参ります」と言い放った。

 今までのベルからは想像も付かないような発言に驚愕した。

 こんなの、まるで別人じゃないか!!


 僕は心配になりベルの部屋を訪れると、ベルは僕からの接触を拒み、今までの行いについての謝罪を口にした。


 今まで散々僕にべったりで、接触を拒んだことなどなかったのに……。


 ベルが初めて見せた拒絶に、僕は激しく動揺した。

 そして、ベルをこのまま修道院に行かせたら、二度と戻って来ないような……そんな不安に駆られた。


 今まで疎ましいと感じていたはずの存在なのに、この時「僕の側に置いておきたい」「僕から離れない様に閉じ込めてしまいたい」--そんな狂気にも似た感情が心の奥底で燻るのを感じた。

 僕はベルが修道院に行かないように義父上に掛け合おうとしたが、ベルは僕の静止を振り切って、僕の手からすり抜けてしまった。


 僕は、来年から国立学校へ入学し、寮生活を送りながら勉学に励むことになる。

 そう考えると、ベルと一緒にいられる時間は後一年。


 ……何としても、修道院からベルを奪還しなければ。


 僕は密かに作戦を立てることにした。

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