破滅フラグを回避します!
慌てて乱れた髪を整えながら立ち上がると、扉の向こう側からアルフ義兄様の声が聞こえて来た。
「ベル。ちょっと、いいかな」
「アルフ義兄様! す、すぐに開けますのでお待ち下さい」
アルフ義兄様が私の部屋を訪れるなんて今までなかったのに一体何の用事かしら?
そそくさと扉の前まで移動しカチャッと扉を開けると、神妙な面持ちのアルフ義兄様が立っている。
あれ? さっきまで気付かなかったけど、先程と同じ既視感が!
肩までの黒髪を後ろに一つ纏めにし、切れ長の黒い瞳を持つアルフ義兄様。
正式名は、アルフレッド・フォン・アルノー、十二歳。
そ、そうだ! 乙女ゲームの攻略対象者にこんな顔立ちをしたキャラクターがいたわ!
そんな! アルフ義兄様が攻略対象者だなんて!?
思わず固まる私を不審に思ったのか、アルフ義兄様が声を掛けてきた。
「ベル、どうしたの? やっぱり体調が優れないんじゃ」
アルフ義兄様は私に熱があるのを確認しようとしたのか、顔に手を伸ばしてきた。
しかし、攻略対象者と分かった今、素直にアルフ義兄様の接触を受け入れる訳にはいかない。
(あっ、しまった! ついアルフ義兄様の手を払い退けてしまったわ!)
「! ベル、やっぱり君少しおかしいよ。いきなり修道院に行くって言い出したり、今だって……。僕にベッタリだったのに、一体どうしたの?」
私は今まで、お義母様が小言を言う度に優しいアルフ義兄様に泣き付いてきた。
アルフ義兄様は、アルノー家の跡取りとして厳しい教育を受けており何かと忙しいのだが、私はそんな事などお構いなしに無理矢理アルフ義兄様をお茶に付き合わせ、散々お義母様の愚痴を聞いてもらっていた。
アルフ義兄様は呆れながらも、自分の後をくっついて離れない妹の存在が可愛かったのか、邪険にする事なく接してくれた。
そんな容姿端麗で優しいアルフ義兄様の事が、自慢で大好きな存在だったのだが……。
(アルフ義兄様が攻略対象者だなんて、あんまりだわ! でも、断罪だけは何としても避けたい。どんな断罪を受けるか分からないし、下手したら処刑されるかも……!)
死の恐怖を間近に感じ、ブルッと身体が震える。
(アルフ義兄様は何も悪くないのだけど、今は接触を避けたい。ここは破滅フラグから一旦離れる意味でもしばらく修道院にいた方が良さそうね)
アルフ義兄様は、今年で十二歳。
来年には貴族の子女達と、金持ちの平民、魔力の強い者達しか通えない名門の学園で三年間の寮生活を送ることになる。
上手くいけば、しばらくは最小限の接触で済む。その間に他の破滅フラグも回避すればなんとかなるかも知れない。
うん、短時間で考えた割にはいい案かも。
「アルフ義兄様、何でもありませんわ。ちょっと考え事をしていて、手が滑ってしまいました。お、おほほほ」
「本当に? やっぱり修道院に行くのは辞めた方が良いよ。僕がお義父様に話を付けて来るから、ここで待」
「い、いえ、アルフ義兄様! 私は、反省の意味も込めて修道院に行く必要がありますわ。荷物は纏めましたので、もう出て行きます。アルフ義兄様、どうかお元気で!」
「え!? ベル、まだ話が」
アルフ義兄様が再び私に触れようとした、その時だった。
お父様とお義母様が廊下を曲がってこちらへやって来るのが見えた。
丁度良い、ここは両親へ挨拶してさっさと切り上げよう。
「お父様とお義母様にもご挨拶をして参りますね。では、ごきげんよう!」
目の前のトランクを引っ掴むと、お父様とお義母様の元へ向かった。
二人はすぐ私に気付いて近寄ってきた。
「イザベル、そんなに慌てなくてもいいんじゃないかい?」
「貴方、この子の決意を無碍にするおつもりですか? イザベル、外に馬車の用意は出来ています、決心が鈍らない内に行くといいでしょう。あちらに着いたら必ず手紙を寄越しなさい。それと、体調が優れなかったり辛い事が続く様であれば早めに連絡をするように。分りましたね?」
「はい、畏まりました。お父様、お義母様、どうかお元気で」
二人はそのまま玄関まで私を見送った。
「イザベル……う、うう……」
「ちょっと貴方、この子の前で涙を見せるなとあれほどお伝えしたばかりなのに! イザベル、道中はくれぐれも気を付けるのですよ」
「はい、そう致します。お父様、お義母様、お世話になりました」
現世のイザベルは家から出た事がないため何かと不安はあるが、今はそんな事言ってはいられない。
決心が鈍らない様に、急いで馬車に乗り込んだ。
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