ルカの谷のニーナ
「どうして?どうしておじいさんが殺されたと思うんだい?」
エトが問うと、ニーナは涙を浮かべた。
「わたしがお役人さんたちに連れて行かれる時、家の中から銃声とお父さんの泣き叫ぶ声が聞こえたわ。だからわたし一刻も早く帰って家族の無事を確認しなきゃいけないの!」
ニーナはとうとう顔を覆ってシクシクと泣き始めた。
エトはもの不思議そうにその泣いている様を見つめて、何か決心したようにおばあさんに向き直った。
「おばあさん、僕この子が故郷に着くまで着いて行くよ」
エトがそうおばあさんに言っても、おばあさんも何か考え事をしているようで、二つ返事でニーナ帰郷の許しを得られたわけではなかった。
「これはおじいさんが帰ってきてから考えましょう」
おばあさんはエトの視線を避けるようにベッド脇から立ち去った。
「ルカの谷っていうのはどこにあるんだい?」
おばあさんが部屋から出るのを見届けてすぐに、エトはニーナに向き直った。
「ラクリエより西の方にあるの。それ以外はわからないわ。部屋に閉じ込められていた時、わたしをからかいにきていた人から頑張って聞き出したのが、このことだけなの」
「それじゃあ、とりあえず西の方に行けば、君の故郷には辿り着けるんだね?」
「えぇ、そのはずよ。」
「君はその歳で大変な苦労をしたんだね。きっと僕がルカの谷まで君を送り届けてあげるよ。だから、心配しないで、ゆっくり休んで」
エトがそう言うと、ニーナはしばらく時間をかけて、眠りについた。
その日の午後遅く、2日間サウストフト島の集落に行っていたおじいさんが帰ってきた。
「おばあさん、エト、帰ったよ」
そう言いながら、室内に入ってきたおじいさんは、寝室でおばあさんのベッドで寝ていたニーナに気づき、驚いた。そのすぐ横にはずっと張り付いてニーナを看ていたエトがいた。
「エト、この子は…?」
「おじいさん、おかえりなさい。おばあさんが今食事を用意しているから、台所の方で話そうよ。ニーナは今ぐっすり寝ているから」
ふたりが台所に入ると、おばあさんは一通り終わったところのようで休憩をしていた。
「お帰りなさい、おじいさん」
おばあさんの言葉を皮切りに、おじいさん、おばあさん、エトは3人で額を寄せ合った形になって話し合いを始めた。
「ニーナはルカの谷に帰りたがってる。あの後聞いたら、ここより西の場所にあるってことしかわからないんだって。だから、僕はニーナを、ニーナの故郷まで送り届けてあげたいんだ」
「しかし、生まれてこの方14年この島を出たことのないお前が外に行くには危険があり過ぎる」と、おじいさん。そこにおばあさんは同調していた。
「わたしもそれが心配でね」
「おじいさん、おばあさん、僕はこの島の外に出てみたい。ニーナを送り届けるのは本心からの申し出だけど、あの子を無事に送り届けたら、僕は世界を見てここに帰ってくるつもりだよ」
エトが外界に出たいと思っていることは、おばあさんもおじいさんもよく知っていた。朝焼けを毎朝欠かさずに見ている時のエトの瞳は、その世界への憧れに対して向けられていたのを、いつも見ていたからだ。
「エト、お前が帰ってくるまでに何年掛かる?その、ニーナって女の子さんは、ルカの谷から来たと言ったが、そのルカの谷がどこにあるのか、私たちは知らない。ここから西の世界に何があるのかも知らないんだ」
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