☆ 明日の翼を生産しよう

すどう零

第1話 メイド喫茶に似た美古都でアイドル修業中 

 夢をかなえるには、どうしたらいいだろうなあ。

 悠馬は、ぼんやりと考えていた。

 初めて訪れた大阪の繁華街、ミナミの一角にあるセルフサービスのカフェ。

 私の住んでる地方にも、同じ系列の店があるのでかすかな親しみと安心感を感じさせる。

 アイス珈琲の味は同じであるが、サンドイッチの味はなんと関西特有のだし巻き卵で美味しい。


 私、河瀬 悠馬。一見、男の子みたいな名前だけど、れっきとした女性。

 でも身体も声も男っぽいので、よく男の子と間違われ、芸能人のご意見番といわれる和田アキ子タイプと言われる。

 もちろん私は和田アキ子ほど歌が上手いわけでもないが、彼女みたいになれたらとちょっぴりあこがれを抱いている。


 私、高校を卒業したばかりの十九歳。

 介護士を目指していたので、介護職員主任者認定の資格は有している。

 しかし、その前に若さを利用してチャレンジしたいことがあるんだ。

 月並みで笑われそうだけれど、タレントになりたいというよりも、一度でいいからテレビ出演を果たし、できたらお芝居をしてみたい。

 というのは、小学生の頃からそんな夢をぼんやりと抱いていたが、四十歳を過ぎてから大ブレイクした女性芸人を見てから、よし私もなんて思い始めたんだ。

 無謀な夢なので、まだ誰にも話していない。


 でもお芝居をするためには、演技力を身につけなきゃ。

 演技ーそれはその人の精神状態を理解し、あたかもその人のように振る舞うことだという。

 どちらかというと、のほほんとしたのんびりした幸福よりも、いろいろ考えあぐねるような不幸な体験の方が役にたつという。

 私は大した不幸を体験したわけでもないので、想像力で演技するしかない。


 私は親戚と同居というより、居候することになっている。

 今、中華料理店のバイトの面接まで一時間くらい時間があるので、ミナミを見学している最中だ。

 アイスコーヒーを飲んでいると、いきなりスマホがテーブルの上に飛んで来て、私のトートバックの中に入り込んだ。

「おーい、お前、何俺のスマホぱくってるんだよ。返せ」

 二十歳くらいの若者が、悠馬に詰め寄った。

「えっ、なんのことですか? もしかしてこのスマホのことですか?」

 すごむような目つき、ヤバいぞ、これ新手の恐喝屋?

「違うよ。私がこの席に座っていたら、このスマホが飛んできただけです」

 そのときだ。地味なスーツ姿の二人連れのいかつい男性が飛んで来た。

「やっと見つけたぞ。現行犯逮捕する」

 そういって、私に詰め寄った二十歳くらいの若者は、手錠をかけられ連れ去られた。

「大丈夫でしたか?」

 ちょうどそのとき優しく、私に言い寄ってきた男性がいた。

「僕は、こういう者です」

といきなり名刺を見せられた。

 なんと大手芸能プロの名前が明記されている。でも、その下にはスクールの名前が明記されている。

 なあんだ。タレント養成所のスカウトか。

「ご存じかと思いますが、吉田エンターテイメントが経営するスクールYNSです。

 一度、オーディションでも受けてみませんか」

 悠馬は、返事に詰まった。

 しかし、こういったオーディションは、年齢は十八歳以上、学歴不問で一応全員合格らしい。

 入学金を含め、授業料は一年で百万円近くかかるが、たとえ一日で辞めようと一銭たりとも返金してもらえない。一度ゲットしたものは、永久ゲットというわけか。

 タレントになれる確率は千人に一人いるかいないか。年によっては皆無という可能性もある。

 名刺だけもらって、そそくさと喫茶店を出た。

 でも、タレントになれるかもしれないなんて、ちょっぴり希望の光が差し込んでくるのを感じ、前向きな気持ちになっていた。


 面接場所である、中華料理店 美古都に着いた。

 私より、先に来たらしい五十歳くらいのおばさんが、少し緊張した面持ちで座っている。

 さっそく店長と面接が始まった。

 履歴書に目を通し、いろいろ質問された。

「週何回くらい来れる? 飲食店勤務、経験ある? 

いらっしゃいませ、有難うございましたが言える? 

お客様に苦情を言われても、笑顔で対応できますか?」

 ひととおりの質問のあと、意外な質問をされた。

「将来の夢は?」

「タレントです」

 しまったと思った。身の程知らずもいい加減にしろと思われたのかもしれない。

 でも、正直に自分の夢を語るのも悪くはないな。ひょっとして、積極性のある個性的な子だなという印象をもたれるかもしれない。

 そんな子がこの店には、必要だったんだと思われたりして。

 

 一応、採用の電話があったときはほっとした。

 なんだか、自分が社会に認められたような気がした。

 最初は皿洗いからだ。それからホール、そしてラーメン調理や揚げ物調理、そして餃子場とレジを任されるようになるらしい。それに伴って、時給も上がっていく。

 しかし、この店「美古都」は低価格ということもあり、結構忙しい。

 ホール周りは、男女共に笑顔の練習から始まる。

 特にいらっしゃいませ、有難うございましたのときは、笑顔を忘れないことが第一条件だという。だから、鏡に向かって笑顔の練習をしろと言われる。

 悠馬は笑顔をつくるとき、アイドルの如く首をかしげるポーズをした。

 しかし、これもタレントの卵としての訓練だと思うと、苦にならなかった。

 もし、失敗ーたとえオーダーを間違えたり、客に水をかけてしまったらどうするのか「すみません」と言うのなら、小学生でもできる。

 いかにも申し訳なさそうに発言して、膝を拭いてあげるのが大切。

 そして人によっては、客にハグをしてもいいことになっている。といっても、指名客だけだが。

 客から〇さん、呼んで指名されると、笑顔でその人のそばに行き、軽く肩や背中をもんだりするマッサージサービスも行っている。

 本格的なマッサージでもないし、もちろん腰に手をまわしたりはしないが、ある意味、ホステスいや今風にいえばキャストに似ていないこともない。

 しかし、韓国にはハグの習慣がある。そう思えばどうってことはない。

 その代わり、値段は少し高い。餃子一皿四百円である。焼き飯八百円、ラーメン千円、安価中華料理店の二倍の価格である。

 味は保証できるほどおいしいので、今のところ繁盛している。

 メイド喫茶と大きく違うところは、男性もいるところだし、ユニフォームは、なんと男女とも同じジャージのところである。

 なぜなら、ミニスカートなどにすると、かえって女性客からは反感を買われ、男性客からはすぐ飽きられるということを、計算にいれているのだ。

 それに、酒に酔って長居されたら採算が合わないので、それを防ぐためにユニセックスな服装をしているのである。


 明日から、悠馬は美古都で働くことになった。

 できるかな。でも時給が千円とちょっぴり高めだから頑張ってみよう。


「おはようございます。今日からお世話になる河瀬と申します」

 ミーティングで紹介され、深々と頭を下げた。

 店長が声を張り上げた。

「いらっしゃいませ、有難うございます。申し訳ございません。そしてハグの練習だ。さあ、先輩から発言しろ」

「いらっしゃいませ、有難うございます」

 古参者が発言した。まるで、取扱説明書を読むような抑揚のない物言いである。

 店長が、ダメ出しを出した。

「ダメだよ。全然感情がこもっていないじゃないか。ボタン仕掛けの人形じゃないんだよ。あなたには、誰にも負けないあなただけの個性がある。それを発揮した言い方をしなければ、お客様にハートが伝わらないよ。

 お客様との心のふれあいとまではいかなくても、感情のわかちあいがこの店の特徴なんだからね」

 古参者は少々困ったような顔をしたが、店長が言葉を続けた。

「岩城さん、もうお分かりだと思うが、この店はセルフサービスのように商品だけを売る店じゃないんだ。そういう店だったら、ネット販売を利用すればいい。

 ともすれば忘れかけている人情ー人間本来がもつ暖かさ、やさしさ、サービス精神を売る店でもある。そこには、学歴も資格も無関係だ。だから、傲慢な人は困るんだ。同業他社は、キャバクラとかホストの真似事かと陰口をいう人もいる。

 事実、もうネット上でもそういう噂は広まっている。しかし、キャバクラやホストと違う点は、ここには高価な酒を置いていない。いわゆる酒に酔わせて金を使わせる店ではないということだ」

 なるほどね、そういう見方もあるのか。

 このようなスタイルの店は初めてであるが、この仕事はタレントの如く、よほどメンタルが丈夫じゃなきゃ務まらないということでもある。


 午前十一時、開店時間だ。

 いらっしゃいませの合図と共に、言葉が始まる。

 悠馬は新人だから、皿洗いからである。

 店長が耳打ちした。

「河瀬さんと一緒に皿洗いするのは、栗田というおばさんだ。少々精神がおかしいが、一応更生させるという目的で、この店に置いている。

 ただし、期間は三か月である。それ以上たって、更生の余地が見られないなら、即辞めてもらうことになっている。困ったことも多いと思うが、我慢してくれ。

 一応、河瀬さんが栗田さんを更生させることができたら、店としてもご褒美をやりるつもりである」

 えっ褒美? 昇給するという意味かな? よし頑張って金を貯めようっと。





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